10月は異称として「神無月」と呼びます。
語源の説はいろいろあるようだが、
それは村々の神々が年に一度出雲に集合されるから、
村々の神は留守になり、
出雲のみが神在月になるからという説は興味深い。
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稲作を主とした農耕と深く結びついた日本の祭りなのだが、
いつからか我が地区の秋祭りは10月の第一日曜日に行っている。
かっては獅子舞いなども行って豊作を喜び合ったとあるから、
も少し遅い時期に行っていたかもしれない。
今年の私は氏神様のお守り役を担っており、
秋祭りの昨日は地区民の平安を祈願する神事のみを執り行った。
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村人たちは春、
山の神を里に迎えて田の神としてお祭りし豊作を祈願する。
幸いにして秋に豊かな収穫をもたらしてもらった神に感謝し、
山へ送り出す儀式が秋祭りである。
ただ山へお帰りという訳にはいかず出雲へとなったようだ。
大きく変わってしまった現代において形態は変われど、
先人たちの思いを受け継ぐ行事は、
ささやかな神事のみなれど続けていく価値ありかも。
これが地域の文化なのだろう。
余談ですが出雲大社に集まった神様たちは、
人の運命や縁(誰と誰を結婚させようか)などを話し合います。
そのため出雲大社は縁結びの総本山でもあります。
また来年の天候や農作物の出来なども話し合われているそうです。
また来年の天候や農作物の出来なども話し合われているそうです。
「稲作の豊作」の次は「人の豊作」とはなるほどですね。
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