遠州の遺跡・寺社28 中区鴨江の須佐之男神社
やっと昼間でも外出できる気温になってきたので「遠州の遺跡・寺社」探訪を再開します。
中区鴨江2丁目12-16で、位置的には浜松市保健所の南にあります。
むかし合唱団美樹にいたころに通った尾高ビルから西へ入っていきます(ローカルな話題でごめんなさい、美樹のみなさん、スサノオ神社なんて知ってました?)。
何気なしに行って、まずびっくりしたのは「御祭神」が「須佐之男神命」と「木花咲耶姫命」となっていることです。
記紀の日本古代伝承(ぼくは「日本神話」という用語はやめました)では、コノハナサクヤ姫は、出雲に下ったスサノオさんとは別系統の、九州に行ったニニギの妻となった女神です。
ところが同じコノハナノサクヤ姫伝承は、この地域では富士山伝承とからんで名前が出てきます。
つまり、この須佐之男神社でいうコノハナサクヤ姫は、日本列島の土着神のオオヤマツミ神の娘としては同じ名前でも、同性同名の違う信仰圏の姫神と解釈すべきではないでしょうか。
このことは別途、詳しく考えたいと思います。火山信仰の浅間信仰ともからんできますので。
境内は、浜松市の「保存樹林」になっていました。
神社が「パワースポット」という新たな現代信仰がおきているようですが、神社の自然の森の凄烈さを感じるぼくとしては、唯物論者として同感します。
おもしろいのは保健所の北を通っている広い道路から、須佐之男神社に上っていく坂が「地獄坂」ということです。
これは、単に、急角度なので登るのに「地獄」のようにきつい、という意味なのか、それともスサノオさんがいた「根の国」と関係有ることなのか、どっちでしょうか?
スサノオさん(気安く「さん」ずけにするな!といわれそうですが)のすごいところは、やはり、日本列島に(たぶん朝鮮から)やってきて、「朝鮮には金銀があるが、日本にそういう宝がないのはよくない」と言って、自分のヒゲを抜いて杉にして、胸毛を抜いてヒノキにして(あの方ですよ「胸毛ふさふさ!」)、お尻の毛をマキの木にして、眉毛を楠の木にしました。
そして、杉とヒノキは船に使え、マキの木はお墓の棺ををつくれ、楠の木は宮殿につかえと教えました。
古代の用材を調べていくと、実際、そのとおりなのですね。なぜ、どうして、そうなのか、別途考えたいと思います。
(志村史夫さん『古代日本の超技術』ブルーバックス、講談社、1997年)
やっと昼間でも外出できる気温になってきたので「遠州の遺跡・寺社」探訪を再開します。
中区鴨江2丁目12-16で、位置的には浜松市保健所の南にあります。
むかし合唱団美樹にいたころに通った尾高ビルから西へ入っていきます(ローカルな話題でごめんなさい、美樹のみなさん、スサノオ神社なんて知ってました?)。
何気なしに行って、まずびっくりしたのは「御祭神」が「須佐之男神命」と「木花咲耶姫命」となっていることです。
記紀の日本古代伝承(ぼくは「日本神話」という用語はやめました)では、コノハナサクヤ姫は、出雲に下ったスサノオさんとは別系統の、九州に行ったニニギの妻となった女神です。
ところが同じコノハナノサクヤ姫伝承は、この地域では富士山伝承とからんで名前が出てきます。
つまり、この須佐之男神社でいうコノハナサクヤ姫は、日本列島の土着神のオオヤマツミ神の娘としては同じ名前でも、同性同名の違う信仰圏の姫神と解釈すべきではないでしょうか。
このことは別途、詳しく考えたいと思います。火山信仰の浅間信仰ともからんできますので。
境内は、浜松市の「保存樹林」になっていました。
神社が「パワースポット」という新たな現代信仰がおきているようですが、神社の自然の森の凄烈さを感じるぼくとしては、唯物論者として同感します。
おもしろいのは保健所の北を通っている広い道路から、須佐之男神社に上っていく坂が「地獄坂」ということです。
これは、単に、急角度なので登るのに「地獄」のようにきつい、という意味なのか、それともスサノオさんがいた「根の国」と関係有ることなのか、どっちでしょうか?
スサノオさん(気安く「さん」ずけにするな!といわれそうですが)のすごいところは、やはり、日本列島に(たぶん朝鮮から)やってきて、「朝鮮には金銀があるが、日本にそういう宝がないのはよくない」と言って、自分のヒゲを抜いて杉にして、胸毛を抜いてヒノキにして(あの方ですよ「胸毛ふさふさ!」)、お尻の毛をマキの木にして、眉毛を楠の木にしました。
そして、杉とヒノキは船に使え、マキの木はお墓の棺ををつくれ、楠の木は宮殿につかえと教えました。
古代の用材を調べていくと、実際、そのとおりなのですね。なぜ、どうして、そうなのか、別途考えたいと思います。
(志村史夫さん『古代日本の超技術』ブルーバックス、講談社、1997年)