風のささやき 俳句のblog

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海辺にて 【詩】

2021年07月01日 | 

「海辺にて」

波でつま先を洗う背中に
天使の羽が生えたとしたなら
その羽を広げて空に駆け上がるだろう
羽は太陽を受けて銀色に輝く

その羽の落ちるところには
幸いが訪れるとしたのなら
請われるがままに
どんな場所にでも飛んでゆく

僕を呼ぶ声が聞こえない幸いの日には
波の照り返しを面に受けて
瞑想に浜辺を歩くだろう

けれどこの背中には羽がない
貧相な背中を恥ずかしさに丸め
羽ばたきのために集まった
風に晒されるばかりだ

  ○

潮風にいつまでも
吹かれようと思った

あの白い雲のように跡形も無く
顔が引きちぎられるまでを
それほどの長い時間

波がきっと
真っ白な珊瑚になる僕を
さらってくれる

それだけが
羽のない自分にできる
唯一のことだと思った

けれど微塵も顧みない風は
自分の仕事のままに吹きすぎる

ここに残された僕の耳に
せめて歩み出す方角を
教えてくれたらいいのに

  ○

砂の上に指で文字を書く
その文字を海に持ち去る波の群れ
まるで小さな蟹が抵抗する獲物を
挟んで引っ張ってゆくみたいだ
ごぼごぼと白い泡を吹いて

綺麗になった砂の黒板に
また文字を描く指先
波とのひそやかな文通
あるいはまるで気に留めない
海への片思い

連れ去られた文字は
どこへゆく
美しい心を指になぞっても
海の藻屑となるのか

海のしょっぱさは
数知れぬ後悔の言葉 その涙
乱れ重なり縺れ合い

僕の言葉もそこから生まれ
そこに帰ってゆくものに
他ならない

  ○

背中から優しく
抱きとめてくれる人がいれば
羽など望まなかったのかも知れない

あなたは羽を持たない人
飛んでゆけずにこの浜辺に佇む人と
諭してくれるその言葉にすがって
夢を見ることもなかったのだろう

けれど優しい人はいない
空と砂浜との狭間に置き去りに
羽を広げようと
張り裂けそうな心を葬る術を捜している

  ○

尻尾までもが黒い
一匹の猫だったのなら
時間を気にもせずに
白い雲が流れるさまを
楽しんで眺めていただろう

温かな砂上は極上の布団
ごろごろと喉を鳴らしながら

ときおり空から降りてくる
鴎だけを気にして
その度に小さな足跡を砂浜に残して
尻尾をたてて 鴎を狙う

  ○

穴を開けた白い巻貝は
きっと波に鋭い牙を立てられた

その瞬間に命までも
持っていかれてしまったのだ
生を思い返す間もなく一気に

その魂は その後
水平線のむこうから
帰って来る気配はない

白い抜け殻に
いくら熱心に
呼びかけようとも

  ○

魂が憩うことのできる
まだ見ぬ島があるとしたなら
僕はそこを目指したのだろう

けれどこの何も映さないこの目
水平線に島の姿はない

だから来る日も来る日も
ここに座っていた

時折 風が舞い上げる
白い砂にまみれて
魂はジャリジャリと苦く
噛み締めることも厳しくなった

目を凝らしたこともあったさ
それは
僕だけの島が
見えたような気がして

  ○

海は大きなオルゴール
低い音 高い音 
優しい音もおおらかな音も
消え入りそうな最弱音
すべての音色をそろえている

この星が生まれてからの
たくさんの音を詰め込んだ
誰の耳にも心地よく響く
心に住んでいる子守歌

生きられた時間しか知らない
その経験にすがるだけの
僕は無力だ

  ○

手を広げて十字の身を
海深く 放り込もう
怖くはない 海は
抱きとめてくれる
苦しさの奥のやり終えた呼吸

海の人柱は波に弄ばれて
風のオルガンは波を奏でる
そのフーガに心を高めながら

けれど耐えることが出来るだろうか
心に浮かぶ人の面影もなく沈む
暗い海底は身も心も闇にとかす

  ○

高く 高く 風よ
砂を巻き上げろ
埋め尽くしてしまえ
空を 白く 白く

その激しい砂嵐の先に
誘われて向けるだろう 足を
魂を探す キャラバンを真似る

羽を持たない生は
それでもまだ
遠い彼の地の渇きを覚える



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