ホテルに泊まりました
その日は風が随分と強く
一日中風が海の水面を叩いていたのですが
その音が激しく
ドーンドーンという物で
固いものが海めがけて
投げ込まれているようでした
そうした音を聞きなれていない僕は
海面が鳴るたびに
気になりそちらを見てしまうぐらいでした
夜もその音は続き
夜中に何度か目を覚ました僕は
激しい音のする暗い海を
窓辺から眺めていました
「夜に」
僕はもう 倒れてもいいですか と
時々 神様に向って聞いてみる
人の寝静まった 夜更け
もう僕の 脆さ
素直な 呟き
隠さなくてもいい 時間
精一杯の 強がりで
僕は僕の体 支えていますと
いつ いかなるときにか
糸の切れた マリオネットのように
力を 無くしてしまいますと
僕は 素直な弱さ
子供のような 泣き言を
そっと 夜の空にささやいて
そっと 耳を澄ましている
僕の心が こんなにも寂しくて
こんなにも 痛みやすい体質ならば
何故 僕はこうして ここに
生を与え 続けられているのですか
時折は まだ疑いたくなる
誰か見えない人の 悪戯 出来心
悪夢のある黒い雲が 月を隠してしまうと
一層に 疑いも増して
僕はまた 涙に濡れていてもいいですか
涙に 懐柔されたまま
折れそうな 頑なな心を 濡らして
その涙の轍 やがて乾く頃には
僕は 信じていてもいいですか
僕はきっと 頑張り続けなくてもいい
ここに あることだけで
受け入れられて いるのだと
新しい事務所に移転した時のこと 移転が決まってからも慌しく 引越しの実感があまり湧かなかったのですが 荷造りをはじめ 古い書類などを捨て始めた頃から だんだんと引越しの実感が出てきました そうして荷物が運び出された日 しばらく事務所の中で過ごしていたのですが ああほんとうにこの場所からお別れなんだなと思うと 少し寂しくなってきました 新しい事務所の方が 家からも近く便利になるのですが しばらく仕事をしていた場所なので 知らず知らずと愛着も湧いていたのでしょう 気持ちを入れ替えて 新たな気持ちで頑張ろうとは思いましたが
「僕の業に」
僕は 欲張り過ぎたのだろうか
光るものをたくさん ためこもうとする
悪戯な カラスよりも
蓋を開ければ いつからか がらくたな思い考えで
心は 一杯になってしまった
ためこんだ思いは 思いごとに
泣き言を繰り返し 騒がしい
屁理屈集めた 考えは
烏合の 学徒の 禅問答
僕はもう どれが要らないもので
どれが 大切なものなのか
その 見極めさえもつかずに
欲張りの 僕の業
そのなせるわざと 攻められるのならば
それは甘んじて 受け止めるしかないのだけれど
僕なりの理屈で 僕は僕なりに
真面目にやってきた そのつもりだけれど
それが悪かったのだと 言われれば
それを 甘んじて
黙って耳を 傾けるしかないのだけれど
僕は 欲張りすぎたのだろうか
その結果が 冬の夕暮れ
一人 放っておかれる
疲れきった この後姿なんて
せめて誰かが 石を持ち
お前の業だと 僕を撃てば
それなりに すっきりもできるだろうに
頭から流す 赤い血で
両手を染めて いつまでも
涙を流すことも できるだろうに
僕は 放っておかれている
冬の夕日に 一人
影さえも 僕に従うことを嫌がり
誰からも そうして僕自身からも
やり直す生もなく 余力すら無く 諦めきって
これが 業の報いだとしたら
それは それであまりにも むごい仕打ちだと
吐き出す言葉は 自分に戻る
天へ向かって 吐いた唾
もう僕は 金輪際
心の 騒がしさには
無関心になる 能天気な人の波に
せめてもは 揉まれるようにして
大切に思っていた人との別れ際は いつでもつらく悲しいものです 自分も相手も お互いのことを少しずつ 忘れていってしまうのかと思うと 一緒に過ごした時間を否定してしまうようで 未練が残ります せめて自分のことを忘れないでいて欲しい そのためには僕のことを 忘れられないような傷跡を 相手の胸の内に残したいと 身勝手なことを思ったりもしますが そんな術は知らずに ただ静かに力なく手を振るばかりです
「雪の駅で」
あなたの横顔に
雪は静かに降った
遠い街の街灯にも
そのおすそ分けが舞った
思慮深いその横顔に惹かれ
触りに来る雪
僕がそばにありたいと
思うことが不思議ではない
その証明
二人の間に割り込む
雪の意地悪の一つ一つは
あなたを隔てようとする
戸惑いに似ている
汚れた僕の手で
あなたに触れれば
雪の結晶のような
あなたが壊れて
しまわないかと
雪のくれた幕間
あなたの横顔を見る
その静けさを破り
話しかけてくるあなた
白い息を吐き
いつの間にか
色を失った唇も愛しい
突然 向かい合う戸惑い
愛しさに止めた息を
走りこんだ電車に救われて
それを合図に言葉を口にした
電車が舞い上げる
雪の向こうのあなたに
平静さを装いながら
胸の内を隠すように
雪は降っている
子供と一緒に外に遊びに行った時のこと 体にエネルギーがありあまり 走り回らないと気がすまないので 寒いなと思いながら お付き合いすることにしました 最初は寒かったのですが 子供と一緒になって 走ったりしているうちに 体が温まり外にいることも 苦にならなくなりました やがて子供の一人が しゃがんで大地に手をつけました 何の遊びのつもりかは 分からなかったのですが その姿がまるで 大地を暖めているように見えて 春の目覚めを誘っている姿に思えました