南無煩悩大菩薩

今日是好日也

舞うも舞わずも舞なれば。

2011-07-20 | 意匠芸術美術音楽
(source)

「・・人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり 一度生を得て滅せぬ者のあるべきや・・」

信長公もこのんで舞ったといわれる、有名な幸若舞「敦盛」の一節です。

いみじくも、光秀公に討たれたのは、五十歳の一日前。

出典は失念しましたが、五十という生を次のように祝言した人がいます。

「わたしたちは、50年間の長きに渡る経験により、もっと大きな翼を賜るだろう。 
そして わたしたちは表層的な生から身を引き わたしたちが持つ すべての 感情 想像力 才能と、わたしたちに探求され 求められることを 待ち受けている 大きく広がる世界とが 調和しながら一つに溶け合うところへと むかう。」

儒教の祖師は、齢五十にして知命、すなわち天命を知ると申された。

同様に、「私は未だ生というものを知りません。しかるになぜ死ということを知りましょうや」とも申された。

もっと大きな翼を賜れるかどうかは分かりませんが、舞を舞う信長公の胸のうちが多少は理解できるかもしれないとも思う今日この頃です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする