能楽笛方の藤田六郎兵衛氏は、「無音の音」と題したエッセイの中でこんなことを言っている。
「たとえば鹿威しの音。音に気付いた瞬間、音のない間を数えてしまう。耳を澄まして二度目の音を待ち、同じ数を数え、鳴ったその音にホッと息を吐く。なにげなく聞いていた時は、ただの音のない空間であったものが、心をそこに向けた時から、それは重く大きな宇宙のような空間として存在を増す。このことに気付くのに、笛を手にして55年という時間が必要だったのである」
同時に能楽論の「花鏡」にある「せぬ隙(ひま)」つまり何もしない間についての世阿弥の言葉も引用されていた。
「隙々に 心を捨てずして 用心を持つ内心なり この内心の感 外に匂ひて面白きなり」