毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

楼さん&郭さん   2011年5月7日(土)   No.127

2011-05-07 22:17:01 | 中国事情
 いつでも財経大日本語学科の学生たちは忙しい。月~金までは日本語のあれこれ(日本語会話、文法、聴解、読解、日本概況、商務日語、ビジネス作文…)がメインの授業だが、2年生から副専攻というのが選択できる。金融とか会計とか財経大学ならではのコースだ。ほとんどの子たちが1000元以上払ってその副専攻の諸科目を受けている。
それは土日と平日の夜が多い。さらに学生会の役員や共産党に入っている学生は目が回るほど
忙しいはずだ。それでもキャンパス内でもちろん授業も受けられ、食堂や寮もあるという便利?な生活なので、何とかまわっているのだろう。

 今日の午後はそうした大変忙しい学生の楼さんと郭さんが家に来た。というか、来てもらった。朝、7時過ぎまではインターネット接続できていたのに、8時前にメールを送ろうと思ったらあらま、どういう訳かできないではないか。昼までは何とかなるかと回復に望みをかけたが、一向につながらない。困ったときの郭さん頼みで、電話して来てもらったのだった。

 なぜ楼さんまで来るのかと言うと、私の宿舎のある本部の体育館で午後、楼さんは学生会の役員の一人として外国語学院バスケットボールの試合に参加し、ボーイフレンドの郭さんはその応援で本部に来ていたのだ。その試合後二人は仲良くやって来た。試合は一生懸命頑張ったが負けたそうだ。
今日は多分30℃前後の気温だったと思う。汗だくでやって来た楼さんは洗面所で顔を洗い、その後すぐに私と郭さんの前でコンパクトを出して眉毛を描き始めた。楼さんの化粧法は眉毛を細く剃り、丹念に書き込む和風タイプだ。3年生で楼さん以外にそこまで化粧をしている子はいない。冬休みにお土産として大阪で買ってきた「泣き顔が似合うアイライナー」とかいうのをプレゼントしたら、本気で喜んでくれた。

 私と楼さんが夕食の支度をし、郭さんがパソコンを直すという分担で、台所で豚肉の生姜焼きとポテトサラダ、キュウリの酢の物の準備に取りかかった。数分後、郭さんは「もう大丈夫です。」と台所にやって来た。原因は、この102号の部屋部屋の配線がメチャクチャで、それをあちこちいじったら、つながったという。私にはできないことだ。本当に郭さんはすごいな~。パソコンは子どもの頃からの趣味で自分勝手にいじっていただけというが、いじっていてこんなに何でもさっさとできるのが驚異的だ。パソコン関係の勉強をしに、日本留学を望んでいたが、この原発事故で、やはり家族がジワ~っと反対のオーラを発しているのだそうだ。親孝行な中国の子たちは、親の考えをとても尊重する。郭さんは、今日本留学をどうするか悩んでいるところだと言う。

 夕食は、豚肉の生姜焼き、ポークピカタ、ポテトサラダ、胡瓜の酢の物と2月に船便で送ったコシヒカリのご飯だ。豚肉でも鶏肉でも、日本のスーパーのようにスライスしてパック詰めされたものは買えない。塊を自分で選び、袋に入れて量ってもらう。その日その日で、売られている肉の部分が変わる。薄くスライスしようとしたら、包丁が切れないのと、豚肉の塊がモモ肉部分じゃないところまでくっついていたので、とても不揃いで厚さも薄かったり分厚かったり、ずたずたになってしまった。しかし、生姜焼きとポークピカタの両方とも、美味しくできた。醤油とお酒、酢は全部中国のものなので、少し味は強く感じたが、肉好きな二人はパクパク食べてくれた。若者がしっかり食べるのを見るのは気持ちがいい。

 その後、差し迫るスピーチコンテストや作文コンクールの話をしていたら、9時半になっていた。二人は慌てて帰って行った。今日は商務日語のテスト3種類を作り上げる目標があったが、明日あした。もう眠くてたまらない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする