毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「中国山東省からビックリ仰天の知らせ!」No.2622

2018-08-22 22:50:19 | 中国事情

今月末には中国山東省に戻るとあって、

パスポートの更新、持っていく薬・本・文具等の準備、旧友との交友など、

日々駆け回っていますが、

今夜8時過ぎに家に戻ってパソコンを開くと、

山東省菏澤学院1年生(9月から新2年生)からメールが届いていました。

7月初めに受けた日本語能力試験(N2)に合格したとのこと。

菏澤学院で1年生がN2試験に合格したのは韋彤さんに続き2人目です。

驚いたことには、満点180点のうち177点という高得点。

菏澤学院始まって以来の点数であることはまちがいありません。

 実は、このZHAOさん、

小学校では伸び伸びやんちゃな子でしたが、

中学校で勉強に目覚めると同時にめきめき成績が上がり、

高校入試では県で10位以内に入るトップクラスの成績を収めた学生です。

しかし、あまりに周囲の期待に応えようと頑張り続けているうちに

重圧に押し潰され、2年生から不登校になってしまいました。

彼が再び登校したのは大学入試の日だったそうです。

それで菏澤学院に入学してきました。

ZHAOさんの校内スピーチ大会での発表は次のようなものでした。

 

ーーー「自分の幸せも大切にね」 趙祖琛 ーーー

「あなたは本当に面白い人だね。」

「いつも頑張っていますね。」

 私は高校時代によく先生に褒められました。

その頃私のイメージは、百%ポジティブ、

明るく、元気で頑張り屋というものでした。

でも、実は、その時の私はそんなに楽ではなかったんです。

眠れない日々が続いて、死んだほうが楽だと思ったことすらあります。

 

「他人に幸せをあげるだけじゃなくて、自分の幸せも大切にしてね」

大学に入ってから、母校の朱先生を訪問したとき、そう言われました。

朱先生は癌という難しい病気を抱えています。

命がどれほど大切か、その先生はきっと分かるのでしょう。

私の心の中を見透かす言葉でした。

「完璧な人になろう、周りの人を楽しませよう。」と考えながら生きていた私は

確かにたくさんの友だちを作りました。

そして、いい成績も取りました。

でも、他人の期待に応えることばかり気にしてきた私は、

自分のためにどのように暮らせばいいのか、全然分かりませんでした。

人間という生き物は複雑です。複雑で豊かな感情を持ってこそ、

人間だと言えるのでしょう。

しかし、私は、その「感情」という最も大切なものを

どこかに落としてしまいました。

小説を読んでも、登場人物の気持ちが深く味わえません。

周りの人が笑えば、私も笑います。

でも、なぜ笑うかよく分かりません。


しかし、生きることが一番苦しかったとき、私は、ある歌に出会いました。

歌詞の中で、女の子は死を選びます。

でも、死ぬ前に、彼女はまだ生きることを求めていたんです。

「精一杯勇気を振り絞って 彼女は空を飛んだ

鳥になって雲を掴んで

風になって遥か遠くへ

希望を抱いて飛んだ~

生きて 生きて 生きていたんだよな ♪」(註)

気がつくと涙が勝手に溢れ出ていました。

(私は、涙を流すことができる。まだ、自分の感情を心に持っているんだ!

私には、まだ、生きる力がある。)

そう思って、未来を信じて、生き続けることを選びました。

 

「他人に幸せをあげるだけじゃなくて、自分の幸せも大切にしてね。」

と言ってくださった朱先生。

私は今、大学で、自分の暮らしを始めました。

自分の目でこの世界をよく見て、人々の声を聴いて、体験して、

自分のための生活を楽しみます。

先生、また、先生のところに行きます。

先生も、どうかお元気で

ーーーーーーーーーーーー

中国の受験勉強の過酷さは日本の比ではありません。

高校生の中にはあまりのストレスに耐えかねて

大学進学を諦める者も少なくないし、

受験の半年前ほどから鬱病になる子もいるそうです。

不登校になった趙さんが菏澤学院に来たのは

(なんだ、こんなにのんびりしていてもいいのか)

と気がつくことができて、

彼自身にとってかなり良かったのでは、と

内心私はほくそ笑んでいたのですが、

持ち前の完璧主義でこんな高得点を出してしまった趙さんが、

周囲とのギャップに苦しまないことを願ってやみません。

もうすぐ、新学期。

さあ、ぼちぼち心のエンジンをかけないと。

(註)「生きていたんだよな」(あいみょん)

コメント (4)
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