毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「『火垂るの墓』は反戦アニメではないー高畠監督の言葉」No.2166

2018-08-15 22:23:41 | 反戦平和

 また『火垂るの墓』のDVDを買いました。

4月に高畠監督が亡くなった時、

このアニメは必ず見ようと菏澤学院のの3年生達と約束したのです。

実は、中国ではわざわざDVDを買わなくても

ネットでダウンロードし、いつでも無料で見られるのですが、

私は大切な作品はお金を払って買います。

著作権の問題もさることながら、

そういう姿勢を学生達に示したいのです。

作品に最大の敬意を払うため、

あるいは、貴重な文化を遺すために費やすお金は

決して無駄遣いではないでしょう。

このアニメ映画『火垂るの墓』については、

戦時中、岡山でアメリカ軍の空襲に遭遇した高畠監督自身が語った

「この映画で次の戦争は止められるかと言えば、それはできないだろう。」

という言葉があります。

それを見たら戦争の抑止力となる映画が反戦映画であるとすれば、

『火垂るの墓』はそうではない、ということです。

それは今の日本で、とりわけ留意すべき言葉のように思えます。

「為政者が次なる戦争を始める時は『そういう目に遭わないために戦争をするのだ』と言うに決まっているからです。自衛のための戦争だ、と。惨禍を繰り返したくないという切実な思いを利用し、感情に訴えかけてくる。

『戦争をしたとしても、あのような失敗はしない。われわれはもっと賢くやる。70年前とは時代が違う』とも言うでしょう。」

「再び戦争をしないためには、あの戦争がどのように進んでいったかを学ばなければならないと思うのです。
私が戦争中のことをどれだけ知っているかと聞かれれば、大したことはない。でも、安倍晋三首相よりは知っています。」

「こんな戦争やったって無駄だし、ダメだし、やるべきじゃない、あるいは、負ける、と思っている人でも、いったん国が戦争に踏み切ってしまったら、日本人は日本人で団結したいためにそれまでの主張は無になるんですよ。」

「『和を持って貴しとなす』というのはすばらしいし、うまく機能する場合もあります。僕も、一日本人として大好きです。だけど、ものすごく危険なんです。西洋流の、あの個人主義的な、一人ひとりが自立して自分の意見を、周りが反対だろうがちゃんと述べて、議論をして深めて、なんていう体質は全然できていない。これだけやっても、民主主義は身についていない……。」

「いざ、大きな事を為すときには、やっぱり自分になって、自分が戦争に行きたくなかったら『行きたくない』と言うべきだし…。そういうことは空気を読んじゃいけないと思う。」

 

では、いったい何が、私たちの平和希求にとって力になり、

戦争の抑止力になるのでしょうか。

それは日本国憲法の平和主義宣言です。

また、高畠監督の言葉を引用します。

「憲法第9条というものすごい歯止め、確かに世界的に見てこんな憲法を持っている国はないのであって、戦争を出来ないようにしているというのは、すばらしい智恵です。これは世界的に見て最先端の智恵ですよね。」

「今、戦争やってて、成功している戦争はありますか。勝ってその後うまく行ったと。一つもないですよね。」

「だから戦争は、もう上手く行かないんですよ。それがこんなに分かってんのに……。

みんなが、日本の私たち全体が共有したいですよね。」

*高畠勲さんの言葉(茶色部分)は、岡山での平和講演会(2015年)、カナロコ by 神奈川新聞 などからの引用。

 

コメント (2)
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