昨日、シアトル在住のチエコさんからフェイスブックにメッセージが届いていた。
「Kris Kristofferson died 。Sunday Mornin’ Coming Down を聞きながら感じたのはアメリカにはもうこういうふいんきは無いとう寂しさです。」
私の知っているクリス・クリストファーソンの歌は
「Me and Bobby Mcgee」だけだ。
それも、彼自身ではなく、ジャニス=ジョプリンの歌ったものが
心の奥底まで沁み込んでいる。
1936年テキサス州生まれのクリス・K(名字が長いので省略)は
アメリカの大学を出た後、
セシル・ローズ奨学金を得てイギリスのオクスフォード大学に留学し、
その後、アメリカに帰ってなんと米軍に入隊したのは、
お父さんが空軍の将軍だったからか。
ベトナム戦争に志願したが、学歴がすごいので陸軍士官学校の教官になったという。
私の記憶するクリス・Kは、戦争に志願した人と同じとは思えない。
私にとって彼の印象は、
1992年、ボブ・ディラン30周年トリビュートコンサートで、
アイルランド出身のシネイド・オコナーがブーイングと拍手の鳴りやまない中、
アカペラで「WAR」を叫ぶように歌ったあと、
クリス・Kが舞台に出てきて
彼女をしっかり抱きかかえて舞台を去ったあの姿だ。
↓ ↓ ↓
シネイド・オコナーがブーイングの嵐に遭ったのは
アメリカではコンサート前の習慣となっているアメリカ国歌を拒否したり、
カソリック教の最高聖職者ヨハネ・パウロ2世の写真を破るなどした行為が
原因のようだが、
観客に彼女を力強く紹介したのもクリス・Kだった。
1936年にテキサスで生まれ、米国軍人としてベトナム戦争に志願した彼が、
その後、経験と思索の蛇行を重ね、1992年には
もはや「星条旗よ永遠なれ」的な発想の人でなくなっていたのが
とても興味深い。
クリス・クリストファーソンはハワイのマウイ島で、3日前の9月28日
88年の生涯を閉じた。
シネイド・オコナーはすでに昨年2023年7月に56歳で没している。
Rest in Peace... Sinead and Kris...
↓「Me and Bobby Mcgee」(クリス・クリストファーソン作詞・作曲)↓
歌っているジャニス・ジョプリンも1970年、27歳で他界。
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