以前より病を患っていた我が長姉が昨夕あの世に旅立ちました。
まだ68歳なのに、いつものように先頭切って突っ走って行ってしまいました。
一時、東京に出て暮らしたこともありますが、
その後、故郷の北海道斜里に戻り、斜里の住人として人生を終えました。
イノシシ年生まれのせいか、猪突猛進的言動が常でした。
大喧嘩もしました。
もう、滅多に会われへんと言うか、生きては二度と会えません。
O.K.……、
そのうち、私も行くからさ。
ほんとに、そんなに慌てて逝かなくたって、よかったのにさ。
以前より病を患っていた我が長姉が昨夕あの世に旅立ちました。
まだ68歳なのに、いつものように先頭切って突っ走って行ってしまいました。
一時、東京に出て暮らしたこともありますが、
その後、故郷の北海道斜里に戻り、斜里の住人として人生を終えました。
イノシシ年生まれのせいか、猪突猛進的言動が常でした。
大喧嘩もしました。
もう、滅多に会われへんと言うか、生きては二度と会えません。
O.K.……、
そのうち、私も行くからさ。
ほんとに、そんなに慌てて逝かなくたって、よかったのにさ。
5年間という月日は、原発事故のきちんとした後始末のために使われたのか、
責任も何も曖昧・うやむやにして、
ひたすら再稼働させるためのほとぼり冷ましとして使ったのか、
と問えば、もちろん100%後者ですよね。
被害者、被災者への生活保障も縮小される一方です。
こういう日本の状態に神経が持たない人も多いと思います。
腹が立って、腹が立って、病気になる人もいるでしょう。
私も、毎日、ニュースを見て、暗い気持ちにならない日はありません。
そういう時、私は、
矛盾の原因と対峙している人の姿勢を見、言葉を聞きます。
こんな酷い国で、一人分の力を全開して踏ん張っている人たちが、たくさん、います。
下に文を転載しましたが、
福島から大阪に母子避難してきた森松明希子さんの話は、
何回かお聞きしたことがあります。
森松さんはいつも心を開いて、落ち着いて話されています。
家族が引き裂かれた避難生活、辛すぎることの数々も静かに話す、
彼女の精神力の強さに頭が下がるのですが、
いつも明希子さんの後ろには、一生懸命いつくしんで育ててきた幼い命があって、
その命がお母さんを支えているのもヒシヒシと感じます。
5年後、ついに、裁判に訴えたのも、全ては子どもたちのためだと思います。
私も、子どももいるし、孫もいます。
孫なんてまだ2歳です。
守ってあげなければ簡単に餌食にされる幼い命です。
参院選まで一か月ちょっとですね。
原発再稼働しなくても、もちろん日本はやっていけるし、
再稼働したら、永遠に放射能のゴミを生産し続けていく
無責任なことになります(なっています)。
(ツケは、自分が生きている時には払わなくてもいいだろう)とか、
(あとは野となれ、山となれ)では、日本民族は滅びるでしょう。
未来への希望が持てる国・社会を、子や孫にパスしたい。
今は、そんな気持ちだけです。
私の子も孫も、当然、庶民の子です。
庶民が切り捨てられない政策を実行する代表者を国会に送り込みたい、
と心から願っています。
まるで果樹園のようなキャンパス。この木は3月末から4月にびっしりと紅い花を咲かせていた
紅梅だったような気がするんですけど、
今はゴロゴロと実をつけています。ブチブチもいで、梅干しとか作りたいです。
しかし、今そんなことしている場合ではありません。
5月末まで、ほぼ1か月半、全ての休日を返上して作文添削に身を投じてきましたが、
今度はテスト作成です。
今月末から7月第一週にテストを実施します。本当は第二週目もテスト週間ですが、
日本で国政選挙があり、今回の選挙は日本が憲法を悪く変えるかどうかの瀬戸際だから、
わたしゃ、7月9日までにはどうしても日本に戻りますよ、とあちこちに訴えていたところ、
日本語学科のボス代理(ボスは育休中)の若きホープ、李海鵬先生が、
「そう言うことでしたら私も全力で応援します。
先生の試験は7月第一週にするように調整します。」
と、胸を叩いて引き受けてくれました。
30歳になったばかりなのに、とてもしっかりして、しかも心が熱い人です。
いやあ、私は行くとこ、行くとこ、いい人に出会えてホンマ、ラッキーだわい。
下は、昨日の朝8時前の1年生クラス。
授業前の5分ぐらい、日本語ペア会話練習をしています。
教室は曇りで、やや暗いのに中国の学生たちは平気です。
て言うか、日本の屋内はどこもここも異様に明るいし。
アメリカもかなり暗くて、私は鳥目になったのかと悲しく思ったものでしたが、
日本の眩いばかりの照明に慣れていただけでした。
南昌の江西財経大学のネットワークは酷いもので、しょっちゅう断絶されていました。
それを彷彿とさせる状態がここ菏澤学院でも午後からずっと続き、
夜中の今も5分置きぐらいにブチッと切れます。
久しぶりのこの不便さに、
やはり山東省のインフラは基本的に江西省よりずっといいことを改めて実感しました。
電気も、水も、江財大では実によく途切れていましたが、
ここ菏澤ではそういうことはほとんどありません。
あっても、すぐに復旧します。
恐らく、このインターネットの状態も明日にはきっと良くなっているでしょう。
キャンパス内のスーパーには、グリコのポッキーが置いてあります。
6.5元だったかな。日本円に換算すると130円ぐらいで、
卵や野菜、果物のとんでもない安さに比べると、かなり高いです。
上海江崎格力高食品有限公司の商品なので、輸入品じゃないのに。
下の果物、全部で5元(100円)もしません。サクランボはこちらで散々食べて、
日本では食べないことにします。だって、日本のサクランボ、高過ぎるし~。
教室に電気ラケットが?と思って聞いたら、何と電気蚊取りだったんですねえ、これ。
ここの大学生たちは、蚊取り線香をいたく毛嫌いしています。
「毒があるから」とか。
そりゃま、そうですけど、私は毎晩蚊取り線香を使っていますよ。
宿舎のそばの道にいい香りの木があります。
これは何でしょうね。
菏澤学院はカップルの宝庫と言われています。
旧グラウンドそばの道は、故郷北海道の土に似ています。
昨年、ここに来たばかりの頃、このしっとりと黒い土を見て、懐かしかったです。