スキー場編はこちら。
今日の宿は以前から一度入ってみたかった「鉛温泉」。
スキー場からは住宅を抜けて徒歩五分ほどの淵沢川沿いに建つ一軒宿。
この総檜造りの古めかしい風情の玄関。ふっとあのフレーズが浮かんでくる。
「鉛の湯の入口になめとこ山の熊の胆あり」
でも私たちが宿泊するのは「湯治部」です。
中では繋がっているのですが、玄関が違います。先ほどの玄関は「旅館部」
「旅館部」と「湯治部」では宿泊料金も違いますが、
「なにもそこまで・・・」と思うくらい差別化されています(笑)
旅館部の宿泊者のための配慮となれば仕方ないのかもしれません。
さて、一回坂を上りなおしてこちらが「湯治部」の玄関。ガラス扉に描かれた文字がステキ。
玄関に入ると「ささ、寒かったでしょう。こっちで温まって」と、
宿の方が温かく迎えてくれます。
昔懐かしい「帳場」 中には神棚も手提げ金庫もあってホントに昔のままなのです。
館内の案内を丁寧にしてくれる男性達は、この湯と宿を守り続けてきている、
という誇りを持っているのでしょう。
来る人来る人、こんなに丁寧に説明してたら疲れるでしょう、と思うほどです。
案内された部屋は4畳半、自分が子供の頃見たような昭和スタイルの家そのもの。
障子の向こうは木枠の窓だけ、下には淵沢川が流れている。
部屋の中でもとても寒いので、小さなコタツがうれしい。
ストーブは別料金で貸してくれます(ストーブナシでは無理でした)
薄暗い廊下、部屋の番号は手書きのもの。
なんともしみじみと、湯治場、を感じさせてくれる造りです。
廊下には暖房器具は一切ないので、部屋を出るとそこは真冬。
それでもこの「ピーン」とした冷たさが、山あいの秘湯気分を高めてくれる。
そう、これを味わいに来たんだよね。そう思うと寒さもまた味わい深い。
建物は二階建て。自炊場が1階2階にそれぞれにあり、鍋や食器も自由に使えるようになっていた。
ガスは10円を入れてまわすと5分?使えるというもの。
実際始めて使ったのだけれど、遠い昔にタイムスリップしたようだ。
館内には自炊のための売店が二つある。
地元のおかあさんが座っていて、他愛のない話などしながら買い物が出来る。
日用品、乾燥ラーメンや簡単な野菜、レトルト食品、お酒・お菓子などを置いている。
この日はお正月前だからか?お刺身やなます、昆布巻きなどもあった。
広い館内、湯上りにぷらぷら立ち寄れるのが楽しい。
朝は7:00頃から、夜は7時までと結構長く開いてくれている。
温泉は5箇所(うち1つは貸切風呂)あり、湯治部の宿泊客も旅館部の温泉を自由に利用できる。
スキー場で冷えた身体を温めたくて、すぐに1回目の温泉へ。
このガラス窓の内側が一度入ってみたかった、深さ1.25mの立ち湯「白猿の湯」
「その昔、岩窟から出てきた一匹の白猿が、
カツラの木の根元から湧き出す泉で手足の傷を癒しているのを見た。
これが温泉の湧出であることを知り、一族が天然風呂として用いるようになった」
といういわれだそうだ。
ガラガラ、と引き戸をひくと階段、楕円形の湯船が目に飛び込んでくる。
ここは基本的に混浴だが、女性専用時間も設けられている。
熱めのお湯に静かに身を沈めると、圧力がかかって不思議と心地よい。
天井を見上げると建物3階分が吹き抜けになっていてとても広く、
身も心ものびやかになる空間だ。
足元からお湯がこんこんと沸いてくるのが、大地の恵みを感じる。
お湯は全て沸かしもせず、加水もしない源泉そのままの賭け流し、
ちょっと熱めのお湯。
部屋も廊下も寒く、すぐ身体が冷えるので、1日に何度でも入れる。
そこがまた、いい。
温泉ってお湯の質だけじゃなく、その土地の空気感や環境や気温、
景色や湿度も含め、全てを総合して五感で感じるもの。
東京近郊の温泉では絶対に味わえない自然の力を、ここでは感じるのでした。
(左:夕食 右:朝食)
食事は「食事なし」から「豪華版」まで色々選べる。
私たちのは標準タイプ。
こちらのお料理は地元岩手や秋田のものしか使用しない、というこだわりよう。
ご飯も地元農家の方が丹誠込めて作ったお米を使用している。
だから、というかどれをとっても美味しい!きちんと素材が生きた手作りの味なのだ。
量は少な目(私達には)でも内容は大満足。
旅館部は施設や部屋がきれいで、暖房設備も整っています。
その分料金も高いですが、秘湯気分を味わうなら断然「湯治部」お勧めです。
負け惜しみのようですが、キレイな宿ならどこにでもあるのです。
この自然の恵みを丸ごと感じるには、やはりこの「湯治部」でしょう。(旅館部特別室以外)
近代的、利便性・・・今の時代に当然のものがここには、ない。
でもその全てに執着しなかった結果、人の心を揺さぶるものだけが残った宿、
と言われる所以を、この湯治部から感じとることができました。
「鉛温泉 藤三旅館」
「なめとこ山は大きな山だ。淵沢川はなめとこ山から出て来る。
なめとこ山は一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲を吸ったり吐いたりしている。
まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。」宮沢賢治
”モサゲネェ オ静カニナッス”
階段の踊場に置いてあった一枚のメッセージ。
秋の「裏岩手縦走」から私の頭の中に強く焼きついていた、
宮沢賢治の童話のイメージと共に歩いた岩手県の旅の記憶が蘇る。
賢治も幼少の頃、幾度か訪れたと言うこの宿で、
2009年、すべての旅が幕を降ろした。いい旅をさせてもらった一年だったな。
--------------------------
翌朝、またバスに揺られ花巻へ。義母さんが待ってるから早く帰らなきゃ。
花巻では行きたかった「林風舎」に寄ってみたものの、年末で閉館中だった。
駅前にあった「どんぐりと山猫」のオブジェに見送られながら、
また新しい年も岩手の魅力、探しにくるからね、と手を振った。
「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、
ばかで、めちゃくちゃで、てんでなってなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」
宮沢賢治
やっぱり岩手は素敵なところです。
おしまい。