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第32回 取消訴訟の対象 処分性の問題

2021年02月18日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.取消訴訟の対象は「処分」である

 行政事件訴訟法第3条第2項は、取消訴訟などの抗告訴訟の対象が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であることを規定する。ここにいう「処分」としての性格を処分性という。

 処分性を有する行為の効力を争うためには、原則として取消訴訟によらなければならない。このような行為の効力を民事訴訟や当事者訴訟で争うことはできないのである。

 逆に、処分性のない行為の効力を争うために取消訴訟を利用することは許されないので、取消訴訟を提起しても裁判所によって却下判決が下されることとなる。

 しかし、行政手続法、行政不服審査法と同様に、行政事件訴訟法第3条第2項は「処分」を正面から定義している訳ではない。「処分」の典型例は行政行為であるから、行政行為が「処分」に該当することに争いはないが、「公権力の行使に当たる行為」は行政行為に限られないので、「処分」のほうが行政行為より広い概念である。そこで、いかなる行為が「処分」であるかが問題となるのである。

 行政行為の他に、判例や学説において「処分」としての性格が認められるものとされるのは、行政行為に準ずる権力的な行為であり、身柄の拘束などの権力的な事実行為、私人の権利を直接かつ具体的に決定づける法令や条例が例とされる。問題は、他にどのような行為が「処分」として取消訴訟の対象となるのかということである。

 

 2.処分性の構成要素

 取消訴訟の対象となる「処分」はいかなるものであるか。まずは最一小判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁(Ⅱ-148)を取り上げておこう。

 事案は次の通りである。東京都は、既に所有していた土地にごみ焼却場を設置するという計画案を都議会に提出した。都議会は昭和32年5月30日にこの計画案を可決した。これを受けて、東京都は、同年6月8日に議会の可決を公報に掲載した上で、建設会社と建築契約を締結した。これに対し、近隣住民は、このごみ焼却場の設置場所が環境衛生上最も不都合な土地であって清掃法第6条に違反する、煤煙や悪臭などによって保健衛生上の損害を受けるおそれがある、などとして、東京都による一連のごみ焼却場設置のための行為の無効確認を求める訴訟を提起した。一審判決(東京地判昭和36年2月23日行集12巻2号305頁)は訴えを却下し、二審判決(東京高判昭和36年12月14日行集12巻12号2579頁)も控訴を棄却した。

 最高裁判所第一小法廷は、「行政事件訴訟特例法1条にいう行政庁の処分とは、所論のごとく行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」(最一小判昭和30年2月24日民集9巻2号217頁を参照)と述べた。

 この判決によると、処分性が認められる行為は、公権力性を有すること、外部性を有すること、個別性および具体性を有すること、ならびに法的効果を有することである。公権力性については「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為」として表現されており、外部性、個別性、具体性および法的効果については「直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する」として表現されている。

 そのため、まずは公権力性のない契約には処分性が認められない。これに対し、行政行為は公権力性を有する行為の典型である。

 次に、行政主体の内部に留まる行為には処分性が認められない。例として、行政規則(通達など)は行政内部において効力を有するに留まるので、処分性はないものとされる。また、行政行為の前提として行われる行政内部の手続的行為も処分性が認められない。例として、許可権限を有する都道府県知事に対する市町村の消防長の同意があげられる。

 続いて、外部性を有するとしても、個別的・具体的な私人(国民)に対する行為でなければ処分性は認められない。政令や省令などの法規命令、条例、地方公共団体の長による規則の制定は、多くの場合、不特定多数の私人(国民)に対する行為であり、特定の私人(国民)を対象とするものではないので、処分性が認められない。また、法的拘束力を有する行政計画であっても、特定の私人(国民)に対して直接何らかの効果を及ぼすものではないものについては個別性や具体性は認められないことから、処分性が認められない。

 そして、法的効果のない行為には処分性が認められない。このような行為が私人(国民)の権利義務の発生、変更または消滅をもたらすものではないからである。従って、事実行為は処分性を有しない。行政指導も、やはり私人(国民)の権利義務の発生、変更または消滅をもたらすものではないので処分性が認められない。但し、事実行為であっても権力的なものであれば権利義務の発生、変更または消滅に影響があるので処分性を認める。また、行政指導を含め、非権力的な事実行為であっても、法律の構造などによっては処分性を認める場合があるので注意を要する。

 以下、判例を概観しつつ、処分性の有無について考える題材を提供したい。

 

 3.処分性の有無に関する判例

 (1)行政契約に関する判例

 既に述べたように、一般的には行政契約に処分性が認められない。但し、本質は契約であっても、とくに法律が行政上の不服申立ての規定を含む場合には処分性が認められることになる。

 ●最三小判昭和35年7月12日民集14巻9号1744頁(Ⅱ―146)

 事案:Aは渋谷区内に本件土地を所有していたが、昭和23年2月27日に物納の許可を得て(戦時補償特別措置法、財産税法、相続税法のいずれによるかは不明であるが)物納を行った。これにより、本件土地は国有財産となり、Y1(大蔵大臣)が管理していたが、Y1はY2に払い下げており、昭和26年6月21日付で所有権移転登記も行われている。なお、Y2に払い下げられた経緯は、Bが本件土地に関する借地権譲渡代金の領収書を錯誤によってY2宛てに作成して交付し、Y2は昭和25年1月に、Y2が本件土地の借地権の譲渡を受けたかのように装ってY1に領収書を提示したことによる。一方、Aは本件土地をBに賃貸していたが、昭和23年6月にBが借地権をCに譲渡しており、昭和25年3月にはCがDに、昭和26年2月にはDがXに、借地権を譲渡している。

 Xは、Y1に対してはY1からY2に行われた本件土地の払い下げを取り消すことを、Y2に対しては所有権移転登記の抹消登記手続を行うことを請求する訴訟を提起した。東京地判昭和32年2月28日行集8巻2号331頁はY1に対する請求を却下し、Y2に対する請求を棄却した。Xは控訴したが、東京高判昭和33年6月14日民集14巻9号1752頁(原判決)は控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「国有普通財産の払下を私法上の売買と解すべきことは原判決の説明するとおりであつて、右払下が売渡申請書の提出、これに対する払下許可の形式をとつているからといつて、右払下行為の法律上の性質に影響を及ぼすものではない。」

 ●最大判昭和45年7月15日民集24巻7号771頁(Ⅱ−147)

 事案:XはAに地代を提供したが、受領を拒絶された。そのため、弁済供託を続けてきた。XとAとの間で裁判上の和解が成立し、Xは法務局供託官のYに供託金の取戻しを請求したが、時効消滅を理由として却下された。そこでXは、Yを被告として却下処分の取消訴訟を提起した。東京地判昭和39年5月28日民集24巻7号800頁はXの請求を認容した。Yは控訴したが東京高判昭和40年9月15日高民集18巻6号432頁は控訴を棄却した。最高裁判所大法廷はYの上告を棄却した。

 判旨:「供託事務を取り扱うのは国家機関である供託官であり(供託法1条、同条ノ2)、供託官が弁済者から供託物取戻の請求を受けた場合において、その請求を理由がないと認めるときは、これを却下しなければならず(供託規則38条)、右却下処分を不当とする者は監督法務局または地方法務局の長に審査請求をすることができ、右の長は、審査請求を理由ありとするときは供託官に相当の処分を命ずることを要する(供託法1条ノ3ないし6)と定められており、実定法は、供託官の右行為につき、とくに、「却下」および「処分」という字句を用い、さらに、供託官の却下処分に対しては特別の不服審査手続をもうけている」。従って、「供託官が供託物取戻請求を理由がないと認めて却下した行為は行政処分であり、弁済者は右却下行為が権限のある機関によつて取り消されるまでは供託物を取り戻すことができないものといわなければなら」ない。

 なお、この判決の多数意見が却下処分の取消訴訟の提起を認めたのに対し、入江裁判官など4裁判官の反対意見は民事訴訟説を採り、松田裁判官など2裁判官の反対意見は形式面の不服について抗告訴訟、実質面の不服について民事訴訟という説を採っている。

 (2)内部行為に関する判例

 典型例は通達であるが、その他、注意を要する判決がある。

 ●最三小判昭和43年12月24日民集22巻13号3147頁(Ⅰ-55)

 事案:墓地、埋葬等に関する法律第13条に定められた「正当な理由」(埋葬の拒否に関する)について厚生省環境衛生課長が通達を発していたが、宗教団体間の対立から埋葬拒否事件が多発するに至り、同省公衆衛生局環境衛生部長が新たに通達を発した。これに対し、原告寺院が異宗徒の埋葬の受忍が刑罰によって強制されるなどとして、新たな通達の取消しを求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和37年12月21日行集13巻12号2371頁)は原告寺院の請求を却下し、二審判決(東京高判昭和39年7月31日行集15巻7号1452頁)も原告寺院の控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は右機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあつても、一般の国民は直接これに拘束されるものではな」いから、「行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではない。また、裁判所がこれらの通達に拘束されることのないことはもちろんで、裁判所は、法令の解釈適用にあたつては、通達に示された法令の解釈とは異なる独自の解釈をすることができ、通達に定める取扱いが法の趣旨に反するときは独自にその違法を判定することもできる」。また、「現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないのであるから、本件通達中所論の趣旨部分の取消を求める本件訴は許されない」。

 ●最一小判昭和34年1月29日民集13巻1号32頁(Ⅰ−20)

 事案:Xは煙火工場を設け、始発筒の製造販売を営んでいたが、火薬の爆発で工場のうちの3棟を失い、臨時建築制限規則に基づいて県知事に建築許可を申請した。この許可には消防法第7条により消防長の職務を行うY村長の同意が必要であった。Y村長は、一度は同意してXに同意書を福岡県柳河土木事務所(当時)に提出させたが、翌日、住民の反対などもあったため、Y村長は同土木事務所長に対して同意の取消を通告した。Xは、Yによる同意の取消を取り消すことを求めて出訴したが、福岡地判昭和26年2月28日行集2巻2号305頁はXの請求を却下し、福岡高判昭和29年2月26日行集5巻2号403頁も控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した。

 判旨:行政事件訴訟特例法(当時)が「行政処分の取消変更を求める訴を規定しているのは、公権力の主体たる国又は公共団体がその行為によつて、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている場合に、行政庁によつてなされる具体的行為によつて、権利を侵害された者のために、その違法を主張せしめ、その効力を失わしめるためである」(最一小判昭和30年2月24日民集9巻2号217頁を参照)から、「かかる抗告訴訟の対象となるべき行政庁の行為は、対国民との直接の関係において、その権利義務に関係あるものたることを必要とし、行政機関相互間における行為は、その行為が、国民に対する直接の関係において、その権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものでない限りは、抗告訴訟の対象とならない」(最二小判昭和27年1月25日民集6巻1号33頁、最一小判昭和27年3月6日民集6巻3号313頁を参照)。本件におけるYの「同意は、知事に対する行政機関相互間の行為であつて、これにより対国民との直接の関係においてその権利義務を形成し又はその範囲を確定する行為とは認められないから、前記法律の適用については、これを訴訟の対象となる行政処分ということはできない」。

 この判決は、行政組織法における組織間関係(内部関係)についての代表的な判決でもある。行政行為の定義からすれば、行政の内部関係の行為は、法律において行政行為と同種の用語が使用されていたとしても行政行為に該当しないことになる。しかし、行政行為であるか否かと、行政事件訴訟法にいう処分であるか否かとは、一応は別次元の問題であるとも言えるのであり、問題を残す。

 ●最二小判昭和53年12月8日民集32巻9号1617頁(成田新幹線訴訟。Ⅰ-2)

 事案:当時の運輸大臣は成田新幹線の基本計画などを全国新幹線鉄道整備法に基づき決定し、公示した上で、昭和46年、日本鉄道建設公団に建設を指示した。同公団は昭和47年に運輸大臣に工事実施計画の認可を申請し、同年に認可を受けた。この計画の予定地域内とされる東京都江戸川区などは、新幹線計画の確定により土地を買収または収用される蓋然性が高く、所有権を侵害されるおそれがあること、騒音や振動などにより良好な環境を享受する利益が侵害されるなどとして出訴した。東京地判昭和47年12月23日行集23巻12号934頁は訴えを却下し、東京高判昭和48年10月24日行集24巻10号1117頁は控訴も棄却した。最高裁判所第二小法廷も上告を棄却した。

 判旨:「本件の認可は、いわば上級行政機関としての運輸大臣が下級行政機関としての日本鉄道建設公団に対しその作成した本件工事実施計画との整合性等を審査してなす監督手段としての承認の性質を有するもので、行政機関相互の行為と同視すべきであり、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、また、これによって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うわけではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらない」。

 この判決に登場する日本鉄道建設公団は特殊法人であり、独立した法人格を有しているが、行政と特殊法人などとの関係を行政組織内部の関係と捉えている。同様の趣旨を述べた判決として、最一小判昭和49年5月30日民集28巻4号594頁(Ⅰ-1。大阪市と大阪府国民健康保険審査会)、広島地判昭和51年5月27日行裁例集27巻5号802頁/広島高判昭和53年4月12日行裁例集29巻4号532頁(建設大臣が日本道路公団に対して行った山陽自動車道の工事実施計画書の認可)、福岡地判昭和53年7月7日行裁例集29巻7号1264頁(国営土地改良事業施行に際しての市町村の事業計画等の申請に対して都道府県が行う同意)がある。

 (3)法規命令、条例、地方公共団体の長による規則

 これらは通常、処分性が否定される。但し、処分性が認められることもある。次の3つの判決を読み比べていただきたい。

 ●最二小判平成18年7月14日民集60巻6号2369頁(Ⅱ−155)

 事案:山梨県高根町(係争中に合併し、北杜市が承継)は、昭和63年に高根町簡易水道事業給水条例を制定したが、平成10年に同条例を改正し、水道料金を改定(増額)した。その内容は、同町の住民基本台帳に記録されていない別荘に係る給水契約者については基本料金(水道メーターの口径が13mmの場合)を3000円から5000円に引き上げるのに対し、その他の給水契約者については1300円から1400円に引き上げるに留まるというように、基本料金に大きな格差を生じさせるものであり、また、別荘について水道の一時的な休止を認めず、仮に休止した後に再開する場合には再度加入金を課すというものであった。同町に別荘を所有するXらは、改正条例による水道料金の定めが別荘所有者に対して不合理な差別措置を採っており、憲法第14条第1項などに違反するとして、高根町簡易水道事業給水条例の別表第一並びに高根町簡易水道事業給水条例及び施行規則に関する内規の無効確認請求を求め、さらに損害賠償等を求めて出訴した。甲府地判平成13年11月27日民集60巻6号2416頁はXらの無効確認請求を却下、その他の請求を棄却した。これに対し、東京高判平成14年10月22日民集60巻6号2438頁は、高根町簡易水道事業給水条例の別表第一が無効であるとした上で、Xらのその他の請求の一部を認容した。同町が上告し、最高裁判所第二小法廷は、前記東京高裁判決のうち、高根町簡易水道事業給水条例の別表第一が無効であるとした部分を破棄したが、その他の部分については上告を棄却し、上記に示した基本料金の改定が地方自治法第244条第3項にいう不当な差別的取扱いに当たるとした。

 判旨:「抗告訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいうものである。本件改正条例は、旧高根町が営む簡易水道事業の水道料金を一般的に改定するものであって、そもそも限られた特定の者に対してのみ適用されるものではなく、本件改正条例の制定行為をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することはできないから、本件改正条例の制定行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである」。

 ●最一小判平成21年11月26日民集63巻9号2124頁(Ⅱ−204)

 事案:横浜市は、保育所の民営化を図るため、横浜市保育所条例の一部を改正する条例(平成15年横浜市条例第62号)を制定した。この条例は、市立保育所のうちの4つを平成16年3月31日に廃止するという内容である。これに対し、廃止された保育所に入所していた児童およびその保護者である原告らが、廃止の取消しおよび国家賠償を請求して訴訟を提起した。横浜地方裁判所は原告らの請求を一部認容したが、東京高等裁判所は原告らの請求を全て却下または棄却した。最高裁判所第一小法廷は原告らの上告を棄却したが、次のように述べて条例の制定行為に処分性を認めた。

 判旨:「条例の制定は、普通地方公共団体の議会が行う立法作用に属するから、一般的には、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものでない」が、「本件改正条例は、本件各保育所の廃止のみを内容とするものであって、他に行政庁の処分を待つことなく、その施行により各保育所廃止の効果を発生させ、当該保育所に現に入所中の児童及びその保護者という限られた特定の者らに対して、直接、当該保育所において保育を受けることを期待し得る上記の法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから、その制定行為は、行政庁の処分と実質的に同視し得る」。また「市町村の設置する保育所で保育を受けている児童又はその保護者が、当該保育所を廃止する条例の効力を争って、当該市町村を相手に当事者訴訟ないし民事訴訟を提起し、勝訴判決や保全命令を得たとしても、これらは訴訟の当事者である当該児童又はその保護者と当該市町村との間でのみ効力を生ずるにすぎないから、これらを受けた市町村としては当該保育所を存続させるかどうかについての実際の対応に困難を来すことにもなり、処分の取消判決や執行停止の決定に第三者効(行政事件訴訟法32条)が認められている取消訴訟において当該条例の制定行為の適法性を争い得るとすることには合理性がある」。

 ●最一小判平成14年1月17日民集56巻1号1頁(Ⅱ-154)

 事案:奈良県知事Yは、昭和37年、告示によって幅員4m未満(1.8m以上)の道路を建築基準法第42条第2項のみなし道路として一括指定した。Xは、御所町(現在は御所市)にある自己所有地に建物を新築する際に、通路部分がみなし道路に該当するか否かを県の土木事務所に照会した。建築主事は、本件通路部分がみなし道路であると回答したため、Xが不満を抱き、Yを被告として本件通路部分について指定処分が存在しないことの確認を求める訴訟を提起した。奈良地判平成9年10月29日訟月44巻9号1624頁は本件指定の処分性を肯定してXの請求を認容したが、大阪高判平成10年6月17日訟月45巻6号1072頁が訴えを却下したため、Xが上告した。最高裁判所第一小法廷は、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:本件の告示は「幅員4m未満1.8m以上の道を一括して2項道路として指定するものであるが、これによって、法第3章の規定が適用されるに至った時点において現に建築物が立ち並んでいる幅員4m未満の道のうち、本件告示の定める幅員1.8m以上の条件に合致するものすべてについて2項道路としての指定がされたこととなり、当該道につき指定の効果が生じるものと解される」から「このような指定の効果が及ぶ個々の道は2項道路とされ、その敷地所有者は当該道路につき道路内の建築等が制限され(法44条)、私道の変更又は廃止が制限される(法45条)等の具体的な私権の制限を受けることになる」。そのため、「特定行政庁による2項道路の指定は、それが一括指定の方法でされた場合であっても、個別の土地についてその本来的な効果として具体的な私権制限を発生させるものであり、個人の権利義務に対して直接影響を与えるものということができる」から「本件告示のような一括指定の方法による2項道路の指定も、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」。

 (4)行政計画

 「第8回 行政計画」において述べたように、法的拘束力を有する行政計画に処分性が認められるか否かは、計画の策定・公表により、特定の私人(国民)の権利を直接的に制約する効果を有するか否かによって判断されることとなる。次の二つの判決を読み比べていただきたい。

 ●最一小判昭和57年4月22日民集36巻4号705頁(Ⅱ-153)

 事案:岩手県知事(被告)は、昭和48年5月1日、同県告示第591号により、盛岡広域都市計画用途地域のうち、当時の紫波郡都南村(現在は盛岡市の一部)の某地域を工業地域に指定した。これに対し、当該地域内で精神病院を経営するXらは、この指定によって病院等の建築物を建築することができなくなる(現行の都市計画法第9条第11項および建築基準法第48条第11項を参照)などとして、工業地域の指定の無効確認などを求める訴訟を提起した。盛岡地判昭和52年3月10日行集28巻3号194頁はXらの請求を却下し、仙台高判昭和53年2月28日行集29巻2号191頁もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法8条1項1号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法48条7項、52条1項3号、53条1項2号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法6条4項、5項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。

 ●最大判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁(Ⅱ−152)

 事案:Y1(浜松市。被告・被控訴人・被上告人)は、市内を通る遠州鉄道西鹿島線(通称。新浜松駅〜西鹿島駅)の連続立体交差事業の一環として、同線の上島駅の高架化および同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(本件土地区画整理事業)を計画した。平成15年11月7日、Y1は土地区画整理法第52条第1項の規定に基づき、Y2(静岡県知事、被告・被控訴人)に対して本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要に関して認可を申請した。同月17日、Y2はY1に対して認可を行った。これを受けて、Y1は同月25日に本件土地区画整理事業の決定を行い、公告を行った。これに対し、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有するXらは、本件土地区画整理事業が法律に定められる事業目的を欠いているなどと主張し、取消を求めて出訴した。

 静岡地判平成17年4月14日民集62巻8号2061頁はXらの請求を却下し、東京高判平成17年9月28日民集62巻8号2087頁も控訴を棄却したが、最高裁判所大法廷は東京高等裁判所判決を破棄し、事件を静岡地方裁判所に差し戻した(以下、「法」は土地区画整理法のこと)。

 判旨:①市町村が土地区画整理事業を公告すると、「換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)」。そして、「事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能にな」り、事業計画が決定されると「特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続ける」。従って、「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない」。

 ②「換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかね」ず、「換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきであ」り、「市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」。

 (5)行政指導

 行政指導は非権力的な事実行為とされるので、一般的には処分性が認められない。しかし、次の判決は、法律の構造などにより、行政指導に処分性を認めている。

 ●最二小判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁(Ⅱ−160)

 事案:医師であるXは、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、Y(富山県知事)に対し、病床数を400床として病院開設に係る医療法第7条第1項の許可の申請をした。これに対し、Yは、医療法第30条の7の規定に基づいて「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、Xに対し、病院の開設を中止するよう勧告した。Xはこの勧告を拒否し、速やかに許可をするように求めたので、Yは病院開設の許可を出したが、同日に、富山県厚生部長名により、中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には昭和62年9月21日付厚生省保健局長通知において保健医療機関の指定の拒否をすることとされている旨の通知も行った。Xは、病院開設中止の勧告が医療法第30条の7に反するから違法であるなどとして、勧告の取消および保健医療機関指定拒否の旨の通知の取消を求めて出訴した。富山地判平成13年10月31日訟月50巻7号2028頁はXの請求を却下し、名古屋高金沢支判平成14年5月20日訟月50巻7号2014頁も控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、以下のように述べて病院開設中止勧告が行政事件訴訟法第3条第2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると判断し、本件を富山地方裁判所に差し戻した。

 判旨:①「医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。」

 ②「他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、『保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、『医療法第30条の7の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法43条ノ3第2項に規定する「著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと』とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。」

 ③「上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない」。

 (6)通知

 通知の多くは単に事実などを知らせるだけであり、私人(国民)の権利や義務に直接的な影響を与えないため、処分性を持たない。このような通知を「観念の通知」ともいう。

 しかし、通知の中には何らかの形で私人(国民)の権利や義務に直接的な影響を与えるものもあり、このようなものについては処分性を認めるべき場合がある。

 ●最一小判平成11年1月21日判時1675号48頁

 事案:甲は乙を母とし、丙を父とする。乙と丙は婚姻の届出をしていない。甲の出生届の通知を受けた市長は、職権により、乙の世帯票に甲を記載し、住民票の記載を行った。その際、甲の世帯主である乙との続柄が「子」と記載された。当時、住民基本台帳事務処理要領(国が制定)によると、嫡出子については長男、長女などと記載し、非嫡出子については一律に子とのみ記載されることとなっていた。乙と丙は市長に対して住民票の記載処分の取消しなどを求め、甲、乙、丙は市に対して損害賠償を請求した。東京地判平成3年5月23日行集42巻5号688頁は記載処分の取消しについて訴えを却下し、損害賠償請求を棄却した。東京高判平成7年3月22日判時1529号29頁も甲、乙および丙の控訴を棄却し、最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した。

 判旨:「市町村長が住民基本台帳法7条に基づき住民票に同条各号に掲げる事項を記載する行為は、元来、公の権威をもって住民の居住関係に関するこれらの事項を証明し、それに公の証拠力を与えるいわゆる公証行為であり、それ自体によって新たに国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する法的効果を有するものではない」。「住民票に特定の住民と世帯主との続柄がどのように記載されるかは、その者が選挙人名簿に登録されるか否かには何らの影響も及ぼさないことが明らかであり、住民票に右続柄を記載する行為が何らかの法的効果を有すると解すべき根拠はない。したがって、住民票に世帯主との続柄を記載する行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分にはあたらない」。

 この判決は、準法律行為的行政行為の公証行為について処分性を否定したものである。この他、最二小判昭和39年1月24日民集18巻1号113頁(家賃台帳の作成と登載行為)を参照。

 ●最一小判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁(Ⅰ―61)

 事案:X社(原告・被控訴人・被上告人)は、昭和35年度分の所得について所轄税務署による税務調査を受けた。その結果、所轄税務署は、昭和39年2月10日、X社の元代表取締役Y1(被告・控訴人・上告人)および元取締役Y2(同)に対する簿外定期預金の払い出しおよび土地の定額譲渡を賞与と認定し(認定賞与という)、この認定賞与の所得税について源泉徴収および政府への納付を行わなかったとして、X社に対し、源泉所得税および不納付加算税の支払を請求した(後日、利子税も請求した)。X社は同年中にこれら全てを政府に納入した。そこで、X社は、旧所得税法第43条第2項に基づき、Y1およびY2に対して源泉所得税、不納付加算税等の合計金額を支払うよう請求する旨の訴訟を提起した。一審判決(名古屋地判昭和41年12月22日民集24巻13号2260頁)はXの請求を認容し、二審判決(名古屋高判昭和42年12月18日民集24巻13号2209頁)はY1およびY2の控訴を棄却した。Y1およびY2が上告し、最高裁判所第一小法廷は二審判決の一部を破棄したが、その余の請求(Y1およびY2による)を棄却した。

 判旨:(本件は納税の告知そのものが争われたものではないが、上告論旨の検討に先立つものとして源泉徴収の法律関係が考察されているので、その部分から抜粋して引用する。)

 ①「源泉徴収による所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従つて当然に、いわば自働的に確定するものとされるのである。そして、右にいわゆる確定とは、もとより行政上または司法上争うことを許さない趣旨ではないが、支払われた所得の額と法令の定める税率等から、支払者の徴収すべき税額が法律上当然に決定されることをいうのであつて、たとえば、申告納税方式において、税額が納税者の申告により確定し、あるいは税務署長の処分により確定するのと、趣きを異にする」。

 ②「税務署長が、支払者の納付額を過少とし、またはその不納付を非とする意見を有するときに、これが納税者たる支払者に通知されるのは、前記の納税の告知によるものであり、この点において、納税の告知は、あたかも申告納税方式による場合の更正または決定に類似するかの観を呈するのであるが、源泉徴収による所得税の税額は、前述のとおり、いわば自働的に確定するのであつて、右の納税の告知により確定されるものではない。すなわち、この納税の告知は、更正または決定のごとき課税処分たる性質を有しないものというべきである。」

 ③「一般に、納税の告知は」、国税通則法第36条によって「国税徴収手続の第一段階をなすものとして要求され、滞納処分の不可欠の前提となるものであり、また、その性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者等に履行を請求する行為、すなわち徴収処分であ」り、「それ自体独立して国税徴収権の消滅時効の中断事由となる」が、「源泉徴収による所得税についての納税の告知は、前記により確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため、異議申立てまたは審査請求……のほか、抗告訴訟をもなしうるものと解すべきであり、この場合、支払者は、納税の告知の前提となる納税義務の存否または範囲を争つて、納税の告知の違法を主張することができるものと解される。けだし、右の納税の告知に先だつて、税額の確定(およびその前提となる納税義務の成立の確認)が、納税者の申告または税務署長の処分によつてなされるわけではなく、支払者が納税義務の存否または範囲を争ううえで、障害となるべきものは存しないからである。

 ●最三小判昭和54年12月25日民集33巻7号753頁

 事案:Xは写真集を輸入しようとして税関長Yに輸入申請をしたが、Yはこの写真集が輸入禁制品であるという趣旨の通知を行った。Xは異議を申し出たが棄却され、出訴した。一審判決(横浜地判昭和47年10月23日行集23巻10・11号764頁)はXの請求を棄却し、二審判決(東京高判昭和48年4月26日行集24巻4・5号334頁)はXの訴えを却下したのでXが上告した。最高裁判所第三小法廷は二審判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:税関長による、関税定率法第21条第3項に基づく通知は、「当該輸入申告にかかる貨物が輸入禁制品である『公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品』に該当すると認めるのに相当の理由があるとする旨の税関長の判断の結果を表明するものであり、かつ、同条2項の規定と同条3項ないし5項の規定とを対比して考察すれば、右のような判断の結果を輸入申告者に知らせ当該貨物についての輸入申告者自身の自主的な善処を期待してされるものであると解される」から、法的性質としては観念の通知に該当するが、「もともと法律の規定に準拠してされたものであり、かつ、これにより上告人に対し申告にかかる本件貨物を適法に輸入することができなくなるという法律上の効果を及ぼすものというべきであるから、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に該当するもの、と解するのが相当である」。

 ●最一小判平成15年9月4日判時1841号89頁(Ⅱ−157)

 事案:XはA(外国人労働者)の妻であり、Aが死去したことにより、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の受給権者となった。Xは、その子Bが都立高校に通っていた時に同法第23条第1項第2号(当時)および「労災就学援護費の支給について」(通達)に基づいて労災就学援護費支給申請書を提出したところ、Y(中央労働基準監督署長)は労災就学援護費の支給を行う旨の決定を行った。その後、同援護費の支給が続いたが、BがAの母国の大学に入学したことにより、Yは労災就学援護費を支給しない旨の決定を行い、Xに対して平成8年8月9日付で通知した。Xは、この通知の取消を求めたが、東京地判平成10年3月4日訟月45巻3号475頁は訴えを却下し、東京高判平成11年3月9日労働判例858号55頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、本件を東京地方裁判所に差し戻した。

 判旨:労働者災害補償保険法は「労働者が業務災害等を被った場合に、政府が、法第3章の規定に基づいて行う保険給付を補完するために、労働福祉事業として、保険給付と同様の手続により、被災労働者又はその遺族に対して労災就学援護費を支給することができる旨を規定しているものと解するのが相当である。そして、被災労働者又はその遺族は、上記のとおり、所定の支給要件を具備するときは所定額の労災就学援護費の支給を受けることができるという抽象的な地位を与えられているが、具体的に支給を受けるためには、労働基準監督署長に申請し、所定の支給要件を具備していることの確認を受けなければならず、労働基準監督署長の支給決定によって初めて具体的な労災就学援護費の支給請求権を取得するものといわなければならない」から「労働基準監督署長の行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は、法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり、被災労働者又はその遺族の上記権利に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である」。

 ●最一小判平成7年3月23日民集49巻3号1006頁(Ⅱ―156)

 事案:Xは盛岡市の市街化調整区域の開発を計画した。そして、都市計画法第32条に基づき、公共施設管理者である盛岡市長Yに同意を求めるとともに、開発によって新設される道路などについて協議を求めた。しかし、Yは同意できないとする回答を行った。そこで、XはYを被告として出訴した。一審判決(盛岡地判平成3年10月28日行集42巻10号1686頁)はYの同意と協議の処分性を否定したが、二審判決(仙台高判平成5年9月13日行集44巻8・9号771頁)が処分性を肯定したため、Yが上告した。最高裁判所第一小法廷は二審判決を破棄し、Xの控訴を棄却した。

 判旨:都市計画法第32条の定めは「事前に、開発行為による影響を受けるこれらの公共施設の管理者の同意を得ることを開発許可申請の要件とすることによって、開発行為の円滑な施行と公共施設の適正な管理の実現を図ったものと解される」。そして、行政機関等がこの同意を拒否する行為は「公共施設の適正な管理上当該開発行為を行うことは相当でない旨の公法上の判断を表示する行為」である。「この同意が得られなければ、公共施設に影響を与える開発行為を適法に行うことができないが、これは、法が前記のような要件を満たす場合に限ってこのような開発行為を行うことを認めた結果にほかならないのであって、右の同意を拒否する行為それ自体は、開発行為を禁止又は制限する効果をもつものとはいえない」ので「国民の権利ないし法律上の地位に直接影響を及ぼすもので」はない。

 ⑪処分性を拡張しようとする考え方

 判例が示す以上の立場に対しては、処分性を拡張し、取消訴訟の対象を拡大しようとする考え方がある。これは、通達など、民事訴訟においても争いえないものや、民事訴訟において争いうるもの、例えば、議会に対するごみ焼却場設置計画案の提出など一連の行為についても、実質的に国民生活を一方的に規律する行為であれば取消訴訟の対象とすべきである、と論じるこの考え方については、さしあたり、原田尚彦・行政法要論〔全訂第七版補訂二版〕(2012年、学陽書房)386頁を参照。東京地決昭和45年10月14日行裁例集21巻10号1187頁は、この立場を採る数少ない実例である

 ちなみに、「不快施設」(前掲最一小判昭和39年10月29日を参照)の設置を争う場合、民事訴訟などの差止請求が認められていた。しかし、最大判昭和56年12月16日民集35巻10号1369頁(Ⅱ―149、241)は、国営空港の管理における「航空行政権」(「空港管理権」と区別されている)を理由に、このような場合における民事訴訟による請求を却下した。その後、最二小判平成元年2月17日民集43巻2号56頁(Ⅱ―192)においては、周辺住民の原告適格を認めている。

 前掲最大判昭和56年12月16日は、大阪空港周辺に住み、航空機騒音などに苦しむ住民が、夜間の空港使用差し止め(民事訴訟による)、および過去および将来に係る損害賠償の支払い(国家賠償法に基づくものであり、これも民事訴訟による)を求めて出訴したものである。これに対し、前掲最二小判平成元年2月17日は、新潟空港周辺の住民が、やはり騒音によって健康や生活における利益を侵害されたと主張してはいるが、運輸大臣が某航空会社に対して与えた定期航空運送事業免許の取消を求めたものである。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 取消訴訟の対象 処分性の問題」として2020年11月に掲載。修正の上で2021年2月19日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第23回 取消訴訟の訴訟要件その1−処分性を中心に−」として。以下同じ)。

            2017年12月20日修正。


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