世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

巨木逝く

2019年07月16日 | 100の力
「阿蘇瞑想の森」と名付けている裏の森には

以前から10本ほどの椎の木の巨木がある。


おとといべトナムから帰ると

そのうちの一本の木が倒れていた。



根元から折れたというか、裂けた無残な姿をさらしていた。

まるで雷に打たれたかのようだ。




昨年も別の一本が自然倒木した。


いずれも、曲がって、しかも偏って伸びるために、

自らの重みに耐えかねて折れたものだ。


樹齢数百年はしているだろう。

他の木もいずれそうなるのであろうか。

(点検しなければ)


恐竜の絶滅を彷彿とさせられた。


特に、今回は大雨に長くさらされ、

自重が増したものと思われる。


それに、この木は根元に空洞ができており、

基盤を弱くしていたようだ。




家に一番近く、

最も親しみのある木だった。



瞑想にもよく使った。

木からの「氣(エネルギー)」を戴いたものだ。


幸い、家側でなく、

反対の川側(布田川)に倒れたのも天の配慮があったのかもしれない。


お塩をかけ、

感謝とともに供養をした。


かなりの時間はかかるだろうが、

薪にして弔おう。


これもまた、

自然の恵みなのだ。


死を無駄にはしない。



ベトナムの富裕層

2019年07月15日 | 100の力
人口がもうすぐ1億人になろうとしているベトナムには

日本人はもとより、中国人よりより多くのお金持ちがいるという。

そして、富裕層も多い。


不動産業を営む彼もその中の一人。

家を案内してくれた。


彼はハノイ市内で生まれたが、

4~5年前までは周囲は田んぼだった。

それが、あれよあれよという間に街化していった。


実家では御両親(60歳代)が出迎えてくださった。



お金持ちのステイタスとなっている車を2台所有。


そして、奥さんと2歳の息子の3人家族の彼自身(30歳代)の家は、

何と7階建てのビル。

もちろん、エレベーター付き。



5階までは保育園として貸している。

(彼の子も預けている)


6階が自宅で、

7階はオフィス兼、瞑想、トレーニング室だ。


(瞑想する筆者)



コンセプトが全く同じ。

これには驚いた。

見習わなければ。


そして、

弟さんが経営する日本語教育センターへ。




      (オフィスにて)


「まだまだ富裕層ではないですよ」と謙遜しながらも

ご家族皆さん、終始幸せそうな笑顔をだった。


夜は、ご兄弟と鶏料理に舌鼓。




素晴らしいご家族です。

ありがとうございました。







今回の旅を終えて

2019年07月14日 | 100の力
またまた生かされて帰ってきた。

まだまだやることがあるということだ。

有り難い。

感謝。


ところで今回の旅は

最初の2日間以外は全くの予定なしだった。


結局、

通算50回以上訪れているハノイに8日間も滞在し、

毎日人に会い、一緒に食事をし、

急遽全く想定していなかったフーコック島へ行き、

5日間のんびり過ごすことができた。。


最後の2日間は、

またハノイに戻り、

最後の最後の時間まで、

予期せぬパーティーや仕事の話が待っていた。



新たなミッションが増えて、

様々な意味で楽しくも充実した15日間だった。

(もっともっと居たいのだけど、
ビザの関係で15日間が限度)


そして、今回も

旅はボクを裏切らなかった。


それどころか、

旅はいつもボクをエネルギーで満ち溢れさせてくれる。


感謝!



疎開地

2019年07月13日 | 
ゆったり、のんびり、

ビーチリゾートのフーコックアイランドから

またまた喧騒とカオスの街、ハノイに帰ってきた。


         (早速行きつけのマッサージ屋さんへ)


そして、帰国の日が明日に迫っている。



たまたまだが、

熊本に大雨警報で避難勧告が出た6月30日、

豪雨の中やっとの思いでベトナムのハノイに着いた。


それから4~5日

九州各地で大雨が続いたそうな。

(大した被害が出なくてよかった)



その間のハノイに来て約10日間、、

雨が降ったのは一日だけで

あとは晴天が続いている。


気温も高いが、九州とほぼ変わらない。


そして昨日までいたフーコック島でも、

幸運にも5日間、毎日晴天続きだった。



雨期だというのに。

「晴れ男」の面目躍如といったところだ。


ベトナム来たのは、

別に九州の今回の大雨を避けて意図して来たわけではない。

まあ、6月から7月にかけての梅雨時には

日本にいないことが多いのだが。

(二年前は、沖縄にしばらく滞在していたが)



日本では、

今後も何が起きるかわからない。

(いや、必ず何かが起きる)

だから、

いざというときの疎開場所を決めておくとよい。


国内はもちろん、

海外にも。


3年前の熊本大地震の後、

避難場所での車中泊から、

一旦福岡に疎開し、

丁度この時期もベトナムにいた。



なぜか落ち着く。

と思ったら、

その理由が分かった。



九星気学で言えばボクは「七赤金星」である。

「七赤金星」は、

「湖」が象徴する特性を持つ。

自然界では沢の意味がある。


沢は水が集まり出来るもので「湖」 、「沼」、「湿地」などをあらわし

湖や沢を好むと言われる。


ハノイは漢字で「河内」と書く。

文字通り、

池や湖、沼、湿地が多い。


          (田園が広がるハノイの風景)

そしてボクは必ず旧市街のホエンキエム湖畔に宿をとる。

なぜか引き寄せられるように。

きっと波動が合うのだ。



ボクの住んでいる日本の阿蘇の地にも、

木・火・土・金・水と言われる

中国4000年の五行思想が揃っている

パワースポットである。


これも偶然の成り行き、

というより、

必然的引き寄せの賜物と思っている。


地震、台風、大雨の時の

防災グッズの常備は当然として、

何か有事の時のこうした疎開場所も決めておくといい。


強運を味方につけるのは

こうして動くことだ。


チャンスは必ず来る。

そのことを信じて、日々精進し、

諦めずに努力を続けること。


そして、

いざチャンスが来た時に見逃さないこと。

(絶好球を見逃し三振するな)








遊んで暮らす?

2019年07月12日 | 100の力
遊んで暮らせたらどんなに良いものだろうか。

誰もが憧れるかもしれない。


はい、ボクは

遊んで暮らしています。

と、そのように見えるかもしれませんね。


確かに、毎日が楽しいです。

充実しています。

そして、

誰にも、何にも縛られていません。

まさに「自遊」そのものです。


でもね、

これにはかなりの努力、精進が必要なのですよ。


なぜなら、

「遊び」は仕事以上に大変だからです。


遊んでいるより、

仕事しているほうがよっぽど楽です。

(特に会社勤めは)


仕事で収入を得ても、

「遊び」で収入を得るの並大抵ではできませんし。


嘘だと思うなら、

遊んで暮らしてみれば分かります。


どれだけ時間と体力と気力、精神力がいることか。

それに頭も使います。


何より自分をコントロールする力(自制心)が必要です。

すべては自己責任ですから。


遊ぶことは修業そのものなんです。


「遊び」とは、

与えられた施設の中や

ゲームではなく

何もないものから作り上げる創意工夫といった

クリエイティブな思考が必要なんです。


しかも、思考だけではなく、

実際行動が伴わなければなりません。


行動にはリスクが伴うので、

ポジティブな成熟した防衛機制が不可欠です。

常に新しい情報を取り入れ、

自らアウトプットしなければなりません。


部屋に籠って、

ゲームや漫画ばかりじゃ「遊び」とは言いません。


アプリ作ったり、

漫画書いてりゃ別ですが。


時には「遊び」の中で孤独と向き合い、

なかなか思い通りにいかないことも多々あります。


「遊び」の中で何か成果を上げる(結果を出す)には

長期的スパンが必要となります。


すぐに結果の出るモノや、

生産性だけに意義を見出すのはもはや時代錯誤です。



遊ぶためには、

身体を鍛え、

気力を養い、

自ら目標を設定し、

自制心を持って行動に移さなければなりません。


だから、

遊ぶ能力は、

仕事を楽しむ能力に速攻で繋がります。

能動的でなければなりません。

「遊び」こそが

クリエイティブなビジネスを作るのです。


それを習慣づける(好循環)ことが

これから生きる上でとっても大切なことなんです。



プールや海辺でボーッとするのも、

何もしなことをしているのです。


そうして

その時こそが最も脳が閃きを増すのです。


副交感神経が猛烈に作用します。

セロトニンを分泌します。


リラックスした状態の時、

最も感性が研ぎ澄まされ

直感が冴え渡ります。



もはや、そこに「遊び」という感覚はなくなります。

その中にこそ「生」そのものを実感するのです。




そのために「瞑想」は最も有効な手段です。


「瞑想」を極めれば、

怖いものはなくなります。

どんなことがあってもうろたえなくなります。


大自然の中で

恐れと脅威にさらされ、

美しさに魅了されます。


そしてそれは、即、命に係わってきます。

生かされていることを肌身をもって知らされるのです。


まさに「遊び」とは、

己との真剣勝負なのです。


遊び半分で「遊び」はできません。

(遊び半分だと怪我や病気をします)


ボクにとって「遊び」とは、

「挑戦」であり、「冒険」であり、「美学」なのです。


だからボクは、

『タビスト』であり、

『アソビスト』なのです。

(また肩書が増えた)



【追記】


旅は、究極の「遊び」なんです。


旅ではいろんなノウハウが身に付きます。

中でも、

「ダイバーシティ(多様性)」を習得できます。

その中で寛容の精神が身に付きます。


そうすることで

コアビリーブ(「べきだ」という固定観念)を外すリフレーミング術が分かるのです。


その術(すべ)が

これからの世の中(グローバル長寿時代または、ボーダレス・ロングライフ時代)を

楽しくスマートに生きていくコツなのです。



【余談】

お釈迦様も、

『四門出遊』といって

悟りの旅は「遊び」だったのです。


ボクの場合は、

「多門出遊」ですが。














夏・海・恋

2019年07月11日 | 
ギラギラと輝く太陽の下、

思いっきり弾(はじ)けよう!




夏が好きだ。

海はいい!

恋はもっといい!!


一足早く、

海でひと夏の恋を満喫。






ここは夏、真っ盛り、

恋も真っさかり。


貝は選り取り見取り、食べ放題。

(他意はありません)




周りは海だらけ。

(島だけに)



陸(おか)釣りに飽きたら、

たまには海釣りも楽しい。



砂浜のブランコもね。


        (童心に返って)


この夏は、

嫌なことも、歳も

みーんな忘れて大いに楽しもう!










『老春時代』 本文のデザイン

2019年07月10日 | 出版
海パンとラップトップ(ノートパソコン)だけを引っ提げ

ベトナムのリゾ-トアイランド「Phu Quoc(フーコック)」にやってきて、

現在滞在中である。




そんな中、

そんな中、

やっと、

やっと、

やっと、

(入稿してからすでに半年が過ぎようとしている中)


出版社から

待ちに待った拙著『老春時代』の本文のデザインがPDFで送られてきた。


すごくシンプルで

読みやすい形になっている。


一瞬自分で書いた文章のような気がしなかったくらいだ。


時間がかかっただけあって、

それはそれは丁寧なデザインで、

編集長の心が籠っているのがよく分かる。


「扉はもっとデザインが入りますが、

本文の基本フォーマットはこれで進めてまいります」

とは、編集長のお言葉。


ベタなボクの原稿が

ここまで洗練された体裁になるとは想像もしていなかった。


なるほど、

これが名編集長たるゆえんなのか、

こんなに丁寧に、

ここまで心を込めて本創りをされることに感謝と感銘を覚える。


さすがー!、と唸(うな)るしかない。

(もちろん、売れてなんぼの世界だが)


初校はまだこれからだが、

秋の刊行へ向けて期待が膨らむ。


世界のどこにいても

こうして志事ができることは実に喜ばしいことだ。

(ネット環境は日本より格段に進んでいる)


夢へまた一歩近づいた。

ますますこのライフスタイル(いわゆるノマド)を

より一層極めていく自信が増した。



ボクに出来ることなんだから、

みなさんにも出来ることなんです。


だから、

夢と希望を絶対に捨てないで!



【追記】


何度も、何度も言っていますが、

(脳をその気にさせるため)

ボクの夢はもっと先にある。


この本『老春時代』を足掛かりに

第二弾(『老人進化論 ―生き方革命- 』<仮題>を出し、

本命の小説につなげる。

(あくまでも目標は小説家


その前に、

この『老春時代』TVドラマ化される。

(すでに働きかけを行っている)

そして、流行語大賞にも選ばれる。


それから、

小説『セドナ』ハリウッド映画化

さらに、それで

オスカーの脚本賞をとる。


たとえ100歳になっても諦めない。


諦めない限り

夢は必ず実現する!



ただ、

どんなに長生きしても、

(たとえ200歳まで生きたとしても)

バケットリスト(Bucket List)を全部埋めることは出来ないだろう。

(たとえ現在の100あるリストをすべて消化できたとしても)


なぜなら、

それは生きている間にやりたいと思ったことを書き留めておくことだから、

年をとればとるほどその都度増えたり、変化していって

際限がないから。


つまり、

どんなに夢を実現しても、

必ずやり残すことは出てくる。


だからこそ、

そのときに後悔を少しでもしないために

今やりたいことは、

今すぐやっておくべきなのだ



夢を先延ばししてはいけない。



※ バケットリスト(Bucket List) とは、

「一生のうちに(死ぬまでに)やってみたい事をまとめたリスト」のこと。

たとえば、

「死ぬまでにしたい100のこと」といった具合に。







Phu Quoc Island (フーコック島)

2019年07月09日 | 
海からいきなり滑走路へとスムーズなランディングで

飛行機はフーコック国際空港に到着した。

インド洋に浮かぶモルジブの時と同じように。


そこはベトナム最後の秘境と言われる長閑なビーチリゾート。

南シナ海へと続くタイランド湾に浮かぶベトナム最大の島だ。


ハワイの気候とプーケットのリゾート感を併せ持っている。


そもそもべトナムは南北に縦長い国であり、

東は海に面し、西側は山に囲まれているため、

フーコックは綺麗な夕陽がみられるベトナムでも稀有な場所として知られる。



北側はすぐそこにカンボジアがある。


島の見どころは満載だが、

何といってもホテルステイでのんびり過ごすのがいい。




それだけにリゾート感あふれるホテルを選んだ。




と言っても、ここは物価の安いベトナム。

朝食付きで一泊3000円しない価格で泊まれる。

(だからlong stayができる)


昨日は夕方着いたので

ちょっとビーチを散策して

瞑想を行った。




周りにはおしゃれなレストランやバー、スパが並んでいて、

花々とともに目を楽しませてくれる。






今回の旅もちょうど中盤を過ぎたところだ。



旅の疲れもたまっているので

今日は一日SPAでノンビルするのいいかもしれない。








ハノイ最後の夜は

2019年07月08日 | 
ハノイに来て8日間があっという間に過ぎた。


11年前に、JICAで初めてハノイに来た時

当時のベトナム人の彼女は

いつもボクをバイクの後ろに乗せて

どこでも連れて行ってくれた。


その時、

これは「ローマの休日」の逆バージョンだと思った。

だが、その時の彼女のバイクは、

ホンダだった。


今回は

"VESPA".

映画さながらのシーンを彷彿とさせられる。

(最近PiaggioのVESPAが流行っている)



彼女の柔らかい腰に手を回すの好きだ。

それに、

心地よい風が甘い髪の匂いを運んできてボクの鼻腔をくすぐる。


初めて彼女の家まで行った。



そこからハノイで最も美しい湖と言われる

Ho Tay(西湖)をドライブ。




途中買い物をしながら

ビュッヘスタイルのレストランで食事。


       (日曜の夜はにぎわっていた)


      (生演奏も楽しめる)


ハノイ最後の夜は

彼女とともに過ごした

♬もう一つの日曜日(^^♪だった。








楽しくて仕方がない

2019年07月07日 | 100の力
今日は七夕さま。


そして、日曜日は、

恒例のボランティアの日。

朝からホエンキエム湖畔でゴミ拾いして

ひと汗かいてきました。




人生ホントいろいろあります。

いろんな人にも出会います。



山あり谷あり、

悲喜こもごも。



でもどっちかってうと、

谷のほうが多かったり、

悲しいことのほうが多いような気がする。

だから、悩み苦しむ。



甘味な恋も

切なさに変わる。


愛おしさも

虚しさに変わる。


誰しも幸せになりたいと思っている。

誰しも、楽しい人生を送りたいと思っている。




なのに、

なぜ悩むの?

なぜこんなにも苦しいの?


そんな人生を楽しくするにはどうしたらいいのだろうか。


それは、

「楽しそうにする」ことしかないのです。


楽しそうに聞いて

楽しそうに話して

楽しそうに食べて、

楽しそうに飲んで

楽しそうに遊んで

楽しそうに仕事をして

楽しそうに生きて

楽しいと思えば思うほど

楽しくて仕方がなくなる


そして

楽しいことを引き寄せる。


楽しくなくても、

「楽しそうにする」のです。


楽しー!っていうのです。

叫ぶのです。


ウソでもいいから。

無理してでもいいから。


泣きながら笑うように。

あんまり悲しいと

つい笑っちゃうんですよね。


だから、

トコトン悩み、

トコトン苦しめばいいんです。


そうすれば不思議に、自然と笑えるんです。

笑うと嫌でもいい気分になる。


そこにいい波動が生まれる。

その波動が幸せを引き連れてくるのです。


笑って機嫌よくすれば、

人生に好循環をもたらす。


そうすると、

いつも、

楽しそうですね、

嬉しそうですね、

元気そうですね、

美味しそうですね、っていわれる。



人生、泣き笑い。

泣いて笑って、また泣いて。

笑いながら死んでいこう。



生まれた時、

ボクは泣いて、みんなが笑った。


死ぬとき、

ボクは笑い、

みんなが泣く。



人生って、いいもんですね。

旅って、いいもんですね。
















どうして旅して暮らせるのか?

2019年07月06日 | 100の力
やっぱりべトナムはしっくりくる。

何がそうさせるのかはいろいろありすぎて一概には言えない。

現時点では、

あらゆる面でそう感じさせてくれる、としか言いようがない。

(以前にも分析はしたが、一冊の本にする)




それでもベトナムの良さを敢えて一言で表すなら、

「♬酒はうまいし、ねーちゃんはきれい!(^^♪」

につきる。

で、

「♬オラは死んじまっただー!(^^♪」となる。

(本望)

つまり、

天国ならぬ、

「♬ベトナム良いとこ一度はおいで!(^^♪ なのだ。



今回も、ハノイに来て一週間が経つが、

毎日が新しい出会いの中で、

まったく飽きさせないどころか、

ますますボクを虜(とりこ)にする。


街が、人が、そして国が日々進化している。

その変化がボクの好奇心をくすぐって止まないのだ。




この11年間、かなり深くベトナムという国を見てきたが、

(ベトナムの女性と付き合い、数々のビジネスを展開してきた)

変わるものと変わらないものとのバランスが絶妙に絡み合ってボクを惹きつけて離さない。


生きるエネルギーがボクの魂を揺すぶる。



ところで、

お金はどうしてるの?

ってよく聞かれる。


貯金はゼロ。

ただし、

複数の収入源がある。


そのうちの一つが

「アトミビジネス」である。


こうして旅している間も、

収入が入ってきている。


これは、

ネットショップにネットワークを組み合わせた

画期的システムのビジネスなのだ。


つまり、

アマゾンにネットワークの良いところを組み合わせたもので、

入会金ゼロ、

定期購入ノルマ無し、

洗剤、シャンプー・リンス、歯磨きなどの日用品、

化粧品、サプリ、食品などの高品質のものが低価格で買えるので

まったく無理やリスクがない。


必要なモノをネットショップで買って

人に「安くて品質がいいよー、使ってみてー」と言っていれば、

自然にポイントがたまって

そのうち収入になってくる。


早い人で半年、

のんびりマイペースでやっても1~2年くらいで収入になる。


(ボクのように)健康で、美しく、若々しくなって

こうして旅をしていても

それでお金ももらえるのだから、

良いことづくめだ。

(むしろやらなきゃ損をする)


もうすぐこのベトナムにも

アトミの支社がオープンする。


        (ホーチミンにオープンするアトミベトナム支社ー昨年撮影)


ますます収入は増えていく。

なぜなら、

グローバルに展開できるから。

(現在世界14か国で展開)


動けば動くだけ、

旅すれば旅するだけ

収入が増えるシステムなのだ。



【追記】

「節制は良薬だが、

節約は万病のもと」 -Asay-


節制は忍耐(ストイック)を必要とし、

節約は我慢(ストレス)を強いる。



旅ですべてを使い切り、

その間、

日本に帰ってからの生活費を稼いでくれる。


日本にいるときには、

次の旅の資金が貯まるシステムだ。


こうして

一年の内の2/3を海外で暮らし、

1/3を日本で暮らす。











スッポン

2019年07月05日 | 
一昨日のヤギに続いて

昨日はすっぽん料理を戴いた。

(どんだけ精力つけるんねん)


     量り売り(約2K)



ベトナムは中国と同じく、

なんでも食べる。

美食家ならぬ雑食家としては、

嬉しいかぎり。



スッポンは

コラーゲンたっぷり。


        唐揚げ


       鍋料理


40度のウオッカで割った生き血を一気飲み。



緑色は胃液?






この有り余る精力をどう処理しよう?






そうだ病院へ行こう!

2019年07月04日 | 
普段はほとんど病院へは行かない。

薬も飲まない。

その分、時間やお金が節約できる。


ベトナムにスゴイ日本人がいると聞いた。

「ベトナムの赤ひげ眼科医」と呼ばれる服部匡志(ただし)氏。

ベトナムで無償の医療活動を続けて10年。

ベトナム人から絶大なる信頼を受けている。


彼はベトナムのみならず、

広く東南アジア、キューバ、さらには熊本の眼科にも携わっていたことがある。


その先生の眼科医院が近くにあったので見に行った。



(かなりのベトナム人の患者さんが来ていた)


せっかくだから、

ついでに診察も受けることにした。


普段パソコンやスマホばかり見ているので

目が疲れ気味。

(普段は「アトミのルテイン」を服用している)


一応、目がかゆいという症状で検診を受けた。




ハノイの埃による軽度の結膜炎でしょうということで

目薬を処方してもらった。



(左は、ロシア製の人口涙液で
右は、アイルランド製の抗アレルギーの点眼液)


白内障は大丈夫らしい。



海外で病院に行くのは

社会見学を兼ねて。


時間があるとき。

それに保険(海外旅行保険)があるからキャッシュレスだし。


海外に長期滞在する時は、

病院も慣れておかないとね。


International Hospitalだが、

結構ベトナムの医療水準は高いようだ。


いろんな局面からその国を知るのは重要なことだ。



「暮らすように旅をし、

旅しているように暮らす」 -Asay-



【補足】


服部匡志(ただし)氏の経歴


 1993年に京都府立大学医学部を卒業後、大阪・京都・熊本・福岡・静岡など日本各地の病院にて、その経験と眼科医としても研鑽を積み上げていき、網膜硝子体手術分野では日本のトップレベルの技術を持つと言われている。

 氏がベトナムに渡航するきっかけは、2001年10月、母校・京都府立医科大学で開催された「臨床眼科学会」でベトナム人医師と出会ったことである。そのベトナム人医師は、眼科医師として高い評価が認められる氏に対し「ベトナムでは、多くの患者が治療を受けられずに失明している。あなたのその技術でどうか救ってほしい」と懇願され、氏は「長い人生には、そんな時代があってもいいか」と気楽な気持ちで勤務していた病院を辞め、当初3ヶ月間のボランティアの予定で単身ベトナムに渡ったという。

 しかし、最初のベトナムでの経験は、けっして順調ではなかったという。現地の医療状況は想像以上にひどく、医療器材も不足、日本でなら助かるのが助けることができない。多くの患者が助けを求めているのにどうしようもできない自分の無力さを痛感したという。更に、個人的な活動として、公的支援が得られず、自らの貯金約500万円をつぎ込み眼内内視鏡やレーザーなどの最新の医療機器を日本からベトナムに持ち込み本格的な眼科治療を開始した。また、同氏の患者重視の考え方はなかなか受け入れられず、当時のベトナム国立眼科病院は、急患の有無に関わらず手術は午前中のみであった。しかし、同氏は、一台しかない手術台を午後も使えるように申請し、更に他の新しいことも教育・指導を施し、その改革に3ヶ月もの努力を要したと言われる。「患者を自分の家族と思い、患者の立場にたった医療を」という同氏の誠実な言葉は、家族を最も大切にするベトナム人の心を捕らえ、徐々に受け入れられていったという。

 爾来、ベトナムでのボランティア治療は6年近くも経過したが、この間、毎年、増殖性硝子体網膜症や白内障などの手術を1000件近く実施、これまでに失明から救われた人たちの数は6000人以上に上るという。国立眼科病院は、手術1件につき1ドルの手当を支払っていたが、氏は、患者のあまりの貧しさにこの手当を治療費が払えない人たちの治療代にあてている。それでも支払えない人たちには、出会いの運命を胸に、失明の放置はできないとして自ら治療費を肩代わりすることもしばしばあるという。
また、現地での活動を通して、貧困者は眼が悪くなっても病院に来ることさえ難しい状況にあることを知り、自ら医療機器や眼内レンズなどを持って地方を回り、無償で白内障手術を実施している。こうした巡回治療を受け救われた患者数は、2000人以上に上るといわれる。
 
 さらに一人で孤軍奮闘しても治療できる患者の数には限界があるため、自分と同じように手術が出来る医師の養成にも取り組みこれまで30人以上の医師を育てている。また、金銭を受け取らずどんな相手でも心血を注いで治療を続ける同氏の姿に、以前は時間が来ればどんなに緊急の患者がいても診療をやめてしまうのが普通だった現地スタッフの間にも何とか患者を救おうという意識が芽生えて来たという。

 しかし、同氏の活動は、JICAなどの日本政府による公的な技術援助活動ではないため公的な支援を受けるのが難しいのが実情である。
2003年8月、読売新聞アジア版が氏の活動を紹介。この記事を読んだ服部則夫・在ベトナム大使の尽力で、同国への医療器材の支援が実施され、1年に1地域ずつ、これまでに3地域で実施されている。しかし、氏自身はベトナムでは収入がなく、現在は定期的に帰国してスポット勤務医師として資金を工面、ベトナムと日本の二重生活で奮闘しているという。

 2004年5月には、町村外務大臣より、ベトナムの医療技術の向上のみならず、日本とベトナムの草の根レベルでの相互理解と、友好関係の促進とその功績が讃えられ、感謝状が贈呈されている。また、ベトナム政府・保健省・各地の省からも氏の献身的な医療技術の教育・指導と、貧困地域における無償の白内障手術の付与は高く評価・感謝され、多くの賞や感謝状が授与されている。また、関係医療機器提供会社も氏の献身的活動を評価し、氏の活動を通じて提供された医療機材・器具は非常に多く多岐にわたっているという。このように、同氏の物心ともにもたらしたベトナムへの眼科医療の貢献は、広く深くわが国とベトナムとの友好増進に寄与しているといえる。
また、同氏の活動は、貧困地域への無償白内障手術の供与や眼科医療技術の教育・指導など、その活動暦にも明らかなように周辺国であるタイ・ライス・インドネシアにまで及び、東南アジア諸国の人々への献身的な草の根医療分野の「目に見える貢献」という国際交流活動として高く評価されている。

 「いい年をして、ベトナムでボランティアなんて」と揶揄されることもあったといわれるが、氏は「眼科医として、これからもひとりでも多くの人の眼に光が差し、生きる喜びを取り戻せるように活動を続けたい」と話している。

 そして、今後、さらにこうした日本とベトナムとの関係を発展させるため、あらゆる枠を越えた眼科センターをベトナムにつくりたいと抱負を抱いていると言われる。そこには、ベトナム以外のラオス、カンボジア、ミャンマーなどからも研修医師を受け入れ、そこで学んだ医師たちが自国に帰り困っている人々のために力を尽くす。そんなシステムを作りたいとの夢を持っているという。







旅は裏切らない

2019年07月03日 | 
何度訪れても、

どれだけ滞在しても

ボクを飽きさせない街が

世界に二か所ある。


一つは、

ニューヨーク。


そして、もう一つが

ここ、ハノイだ。


だが、その圧倒的違いは、

物価にある。


ベトナムは、

何もかも物価が安い。


ホテルも、

食べ物も飲み物も、

交通手段も。

とにかくコストパフォーマンスが良すぎる。




ここ3つ星ホテルでも、

ビュッヘスタイルの朝食付きで

一泊、なんと、

1800円。

だからこうしていつも長く滞在できる。


それに、人が実に陽気でいい。

ボクの大好きなラテン気質なのだ。


カメラを向けてもほとんど嫌がらない。

むしろ、ポーズをとってくれるほど。


日本より小さな国なのに、

人口は一億人に迫ろうとしている。


マーケットとしてのスケールメリットがある。


ビジネスのネタがそこら中にあるのも嬉しい。

若いのに、

ベンチャー意識が高いのも嬉しい。


ただし、不思議と

移住しようとは思わない。


そもそも放浪癖があるから。

一か所に定住できないんだよね。


困ったものだ。



【追記】


今回の旅の目的はいろいろある。


愛する人に酷い裏切られかたをした傷を癒す傷心旅行のつもりだった。

裏を返せば、

彼女、ひいては奥さん探しの旅かもしれない。


他人は、

「何しに行くの?」

と目的を聞くけれど、

そんなのいちいち理由付けしなくてもいい。


行きたいから、行く。

ただそれだけ。


行ってみれば分かることもたくさんある。

あとで、

あー、自分はこのためにここへ来たのだと、

気付かされることはよくあることだ。


考えて行動するより、

とりあえず動いてから、

後で考える典型的タイプ。


このブログのタイトるにあるように、

「人生の全てを旅が教えてくれる」から。


人には、特に女には散々裏切られた。

(占い師を名乗る魔女は最悪だった)


だが、

今まで旅に裏切られたことはない。


だから、

これからも、旅を続ける。

そして、

もっともっといろんなことを体験し、

学び、成長に繋げていく。



ところで、

昨日は面白い子に出会った。

今までにないタイプだ。


まだ海のものとも、山のものともわからないが、

「縁」というものを信じて無理せず歩んでいこう。


また裏切られることを覚悟しつつ。

(ここは学習しないし、成長しないな <;^_^A>)


ま、すべては自己責任(自業自得)だし、

いつまでも初心(うぶ)であることも良しとしなければ。


よく言えば、

素直、謙虚。

はっきりいえば、

バカなんですよ、いつまでも。

(そこが若さと元氣の秘訣なのだが)


ただ、

どんな状況になっても

「人生を楽しむ」
ことができるのが救い(特技)かも。


そして、

それこそが「旅の醍醐味」、

「タビスト冥利に尽きる」といえるのです。


「旅は楽し、
人生もまた然り」
-Asay-


「旅をしないから、ウツになるんだよ」 -Asay-











ボクが動けば歴史が動く

2019年07月02日 | 
昨日午前中、ある実習生送り出し機関を訪問した。



その時、

激論?を交わした。

「<特定技能>はまだ制度化されておりません」

「サービス業にも外国人労働者を送り込みます」




同じ時刻、

ボクと入れ替わりに日本を公式訪問しているベトナムのフック首相と安倍総理大臣は、

「特定技能」に関する二国間協定の覚書に調印をしていた。



夕方には、話しは180度転換した。

「特定技能」進めましょう、と。

山が動いたのだ。



タビスト冥利に尽きる。


  (影の外交官?)


現状に甘んじることなく

二手、三手を読んで動く、

というのがボクの信条である。


いわゆる、「先見の明」だ。


ガンジーは云う。

「正しいと信ずることを行いなさい。

結果がどう出るにせよ、

何もしなければ何の結果もないのだ」と。


「直感」に従って動く。

そして、

「気概」と「信念」を持って動く。


「感性は旅によって磨かれる」 -Asay-