
第2図は角香交換の先手の駒得、しかも馬ができていて先手の優位は確固たるものに思える。しかし、後手玉の上部の厚みも相当で特に3四の香と3五の歩で先手の飛角が抑え込まれているのが大きい。
手番は後手番、上部が厚いので入玉を視野に入れて指し手を考えたい。ただ、先手の馬も強力で相入玉もあり得る。となれば、大駒1枚しかいない後手が点数不足になる可能性も出てくる(現時点で単純に数えると27対27だが、後手の右翼の小駒をさらわれる可能性が高い)。
と見ていると、△9六歩!
馬がいるので後手の攻めに制約がある(9二に飛車が回れない、機を見て▲6四馬を利かされる等)ので、このタイミングでは全く思いつかなかった。渡辺竜王によると「消去法で△9六歩に至った」とのこと。
確かに普通に△5三銀と6四の歩を守っても▲7五桂で制圧されそうだし、△7三銀とこちらから守るのも気が利かない。
後手玉の上部の駒も下手に動かすと隙が生じる。駒を使って厚みを増すのは、先手玉上部を開拓しやすくなる。
第2図以下、△9六歩▲同歩△9八歩▲同香△9七歩▲同香△9五歩▲同歩△9六歩▲同香と強引に先手の香をつり上げる。何と、歩を連続5枚捨てたのだ(その結果、後手歩切れに)。そもそも、端歩が先手9六、後手9四の形から同様に先手の香をつり上げるより1歩余分に損をする。さらに本譜の9七歩・9五歩型は9六歩・9四歩型に比べ後手が2手多く手を掛けている。
(▲9八同香では▲同玉も有力だったが両者ともに深く考えなかったそうだ)
香をつり上げた竜王は狙いの△8四桂(第3図)を放つ。

ここで普通は▲8五馬だろう。中継の解説では
▲8五馬は△7三桂と手順に活用されるのが気にかかるが、▲7四馬△9六桂▲同馬△8五銀▲9七馬△9五香▲6四馬△9七歩▲同桂(変化1図)

が一例。先手も戦えていたようだ。「あー、そうですか。受けに回るんですか」と羽生。羽生は「後手が歩切れだったので、それに期待した」ため、▲8四同馬を選んだが、結果的に本譜は後手ペースに
とある。また、将棋世界1月号の観戦記(相崎修司氏)には、上記の変化中△8五銀で△9二香打とする手順も解説されていて、以下▲8六銀△8五銀▲9七馬△8六銀▲同馬△9五香▲同馬△同香▲同角(変化2図)。

これは後手が悪そうという竜王の見解。ちなみに変化1図は後手自信なしと記されている。
それにしても第3図で▲8四同馬にはびっくり。たった3分の考慮だ。△9八歩に対しての▲同香に24分費やしていて、この時に考えていたのだろうか。それでも30分程度での決断。
5歩貰って気が大きくなってしまったのだろうか。相手は歩切れだし、▲8四同馬と切れば先手を取れるし、8四飛の形は当面8四に桂は打てない。
それで、名人は▲4六桂以降の攻めでいけると踏んだが、自然に△3三銀と4二の銀を活用されるのは後手としてはありがたいはず。そのうえ、先手の9六香の形は羽生名人の見た手以上に欠陥が大きかったようだ。羽生名人も良くなかったと認めている。
以下、続く(……やっぱり)
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