英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

王座戦第1局 その1 ~藤井ファンの気持ちがよく分かる~

2012-08-31 15:26:28 | 将棋
 王位戦の羽生×藤井戦にまつわる記事で「将棋とは結局羽生が勝つゲームである」といった定義があると揶揄されていたが、羽生×渡辺戦に限っては「結局、渡辺が勝つ」が定着しつつあるというのが悲しき現状である。

 実は、この第1局と羽生×渡辺戦の考察を、巨匠(『ものぐさ将棋観戦記』のshogitygooさん)が「2012王座戦第一局 渡辺王座vs羽生二冠」という記事を書かれている。
 私が書きたいことはもちろん、それ以上の考察をされており、その筆致の素晴らしさは私など遠く及ぶところではない。
 なので、私が書く必要性は全くないのであるが、羽生敗局の悔しさを紛らわすためだけに巨匠の記事は見なかったことにして、書くことにしました。


 この第1局も羽生王位・棋聖が機敏に動き、細い攻めを繋いでいき、渡辺竜王・王座が受けに回るというパターン。攻めの成否はぎりぎりながらも、羽生2冠が間違え渡辺竜王が最後にきっちり勝つという両者のタイトル戦における結末に到達してしまった。
 その受けに回った渡辺竜王の指し手が頑強。羽生二冠が攻めかかってきているのに、それを放置して「次に攻めますよ」と相手陣に圧力を掛けるのだ。羽生二冠に対して「かかってきなさい」と言っているのだ。
 「攻めるは守るなり」という格言があるが、それは先に攻めるか、相手よりより過激な攻めを見せて、相手を守勢に回らせ攻めるいとまを与えないという戦略だが、渡辺竜王のそれは、そんな生易しいものではない。「あなたの攻めは、1手手を抜いても大したことはない(受かる)ので、攻めが切れたら今度はこちらが攻めますよ」という姿勢だ。相手にプレッシャーを掛けて、余裕のある攻めを許さないのだ。竜王の強守としては、自玉の上部の相手の駒を攻めて、足場をなくし「入玉をしますよ」というパターンもあるが、同じ旨である。
 羽生二冠もこれに応え、細い攻めをうまく繋いで攻め続ける。両者の読みの激流が激しくぶつかりあい、ぎりぎりの均衡が保たれていくが、羽生二冠がついに竜王の圧力に屈し、誤ってしまう。
 竜王の圧力ゆえか、羽生二冠の竜王に対する自信の無さゆえか、自身の第一感を信じ切れず、深く読もうとし過ぎて誤ってしまうように思われる。

 羽生二冠は渡辺竜王と対すると、どこか攻め急いで余裕がないように思われる。上記のパターンも悪くはないと思うが、もう少し泰然としても良いのではないだろうか。
 渡辺竜王は羽生二冠が相手となると、強さが増すように思える。気のせいだろうか?
コメント
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