春風に 袖摺り合いし 花衣
梅士 Baishi
その春の一日の風景が、一週間ごとに様変わりして過去になる。
感動して撮った花の写真も、もう過ぎ去った花の昔語りになる。
人の人生も刻々と過ぎ去ってゆくものである。
卒業生たちもまた異次元に去って行って、日常の存在ではなくなっ
た。
それに代わって、新しい一年生が次第に親しんでいる。
今日の「経営心理学」は、なぜ心理学なのか、という心理学への動
機がテーマだった。
自分には、心理学という分野の独自性が今ひとつ合点できない。
マズローの人間性の心理学の系統が一番まっとうだが、それでも、
なぜ宗教や哲学と別に必要な学問なのか、分からない。
幸福の科学以上の独自性を見出さない。
結局、宗教という切り口を俗にして説明しなければ分からない人用
に心の説明をしているというべきなのか。
それは、方便ではあろうが、幸福の科学からみれば隔靴掻痒のア
プローチである。
まして、精神病者の観察で人間理解をするというフロイトのアプロー
チも、一種、人間性悪説であろう。
行動主義心理学は、ネズミやウサギ、少し高等に猿を研究して人間
の心理を解明しようとしているが、人間の理解に猿を観察しても仕方
ないだろう。
猿にも愛情があるというが、人間には子供を殺す親もいる。
動物と人間は違うのだ。
たしかに、動物から人間に霊的進化を遂げることは可能なのだろう。
しかし、それは転生輪廻を前提にしなければ成り立たない。
遺伝子に心の記述はない。
人間は猿から進化したというが、ならば、人間に酷似した中間種が
あるはずである。
適者生存というが、多様な種の共存を説明することはできない。
キリンは高い木の葉を食べて生き残ったというが、首の短い者の
生き残っている。
首を長くしなければならない理由はない。
進化論は間違っているのである。
実験科学の論法からも否定されるものである。
それを前提とした心理学もまた間違っている。
マズローの問題意識は正しい。
心理学への興味、それは、理解しがたい他人の理解を求めるから
であり、もう一つは自分が何者であるかを知りる必要に迫られるから
である。
しかし、それを本当に知りたければ、幸福の科学に学ぶべきであろ
う。
幸福の科学に学ぶことのできる若者たちは幸いである。
【 福岡市役所前で公務員の共産党が反日活動 】
朝から、共産党が、反日活動をしていた。
「アベノミクスというけど、皆さんの懐はどれほど潤いましたか」。
政治は利己主義に意義があるという演説である。
市役所の敷地で共産党のビラを配っているおばさんに「あなたは
公務員ですか」と聞くと、そうだと誇らしげに応えた。
税金から高給を得ている公務員の分際で、反日活動をしているこ
とを変だとは思わないらしい。
なんとも厚かましいことである。
市役所は、退職を勧告しなさい。
ほんとうに、ひどいはなしである。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
幸福実現党応援隊・ 梅士党