神奈川県に、「大船」と書いて「おおふな」と読む地名がありますが、こちらは「おおふね」と読みます。
北海道内では、函館市以外の人は、かなりの高確率で読み間違えます。
2004年(平成16年)に函館市に合併した、旧南茅部町のエリアです。
北海道から東北地方にかけて存在する縄文時代の遺跡群が世界遺産に登録されたというニュース、いまだ記憶に新しいという方も多いと思いますが、その一つが、こちらの「大船遺跡」です。
ということで、早速行ってみましょう。
縄文時代の遺跡といえば、やはり「竪穴住居」をイメージされる方が多いかと思います。
この写真は広く知られていて、「はこだて検定」のテキストでも使われています。
これだけの規模の竪穴住居が発掘され、こうして保存されているというのが、この遺跡の大きな魅力だと思います。
「大船遺跡」は、縄文時代中期(約4,500年前)を中心とした集落跡で、1996年(平成8年)に実施した発掘調査で、大型竪穴住居を含む96軒の住居跡が密集して確認され、さらなる調査の結果、確認された住居跡は120軒以上に及び、2001年(平成13年)には、約7.2haが国の史跡に指定されました。
これだけの住居が密集していたということは、現在の市街地の住宅街並だったということも窺えるのかなという気がします。
この復元された形もいいですね。
入ることはできませんが、カメラを構えることはできるので、中を1枚。
囲炉裏ですかねこれは・・・。
これだけの大きな住居で、縄文時代の人々が生活を営んでいたことが、しっかり雰囲気として伝わってきます。
大規模な発掘調査の様子が窺えます。
「盛土遺構」の一部。
「道具や食べ物の魂を送る場所」と解説板にあるとおり、縄文時代の人々の信仰の深さが窺えますが、その精神(心構え)は、現代においても決して忘れてはいけないものなのだろうなと思いまし。
構内には管理棟があります。
入場は無料です。
世界遺産登録の認定証が掲示されています。
実は、この場所ではなく、旧南茅部町の別なエリアではあるのですが、仕事の関係で、発掘調査を体験させていただいたことがあります。
さすがに大物は発掘できませんでしたが、小さな土器や石器の欠片を発掘したときは、何だか童心に帰ったような気持ちになったものでした。
旧南茅部町は、海(太平洋)と、海ギリギリまで迫っている急峻な山に挟まれた、ごく限られたエリアに住宅地が形成されているのが特徴で、漁業、特に昆布漁が大きな基幹産業となっています。
先日も少し触れましたが、「白口浜真昆布(函館真昆布)」という品種は最高級の品質とされ、松前藩が朝廷や幕府に上納していたことから、「献上昆布」といわれていました。