燕岳に寄り添う山小屋「燕山荘」の前社長赤沼淳夫さんが15日に亡くなった。
18日の市民タイムスで知った。
私の手元にある「私の半生(松本タウン情報社刊)」第9号。
平成11年1月から3月までタウン情報に掲載された内容が記されている。
この本の8頁。
「私の生母みのるは、私が1歳半、兄が3歳のとき病を得て他界してしまった。(略)
母が亡くなって1年後、みのるの姉はまへが後添えに来てくれた。」
創設者千尋さんの奥さんであり、淳夫兄弟の生みの親みのるさん、後妻となるはまへさんは広丘野村から嫁いだ。
野村にはその生家を受け継いで居られる方もいて、私の友人だ。
その友人の計らいで、燕山荘には今から4年前の9月28日に登ることができた。
御嶽山の大噴火の次の日だった。
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