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苦難の尼僧史、その3

2006-06-16 12:46:51 | Weblog
 6月16日(金)雨【苦難の尼僧史、その3】

江戸時代における尼僧差別の歴史については研究に及んでいないが、昭和の初めの状況を鑑みても、差別の歴史は推して知るべしであろう。ここでは具体的に資料が残されている現代の尼師たちのご苦労を振り返ってみたい。

五、 差別と闘った尼師たち

昭和二十一年敗戦を迎え、男女の平等化に世の中の趨勢も向かうようになり、曹洞宗宗制によって尼僧の嗣法がようやく認められるところとなった。何時の頃から制度上の尼僧の嗣法が認められていなかったかは研究に及んでいないが、江戸時代、明治時代、大正時代は許されていなかった。尼僧が嗣法をようやく許されたのは、昭和二十六年のことである。

江戸天保十年(1839)に次のような書き付けが残っている。
近来御府内に罷り在り候尼僧共、庵主と唱し弟子取り致し候儀、宜からず事に付き、向後庵主と唱え弟子取り致し候儀は相成らざるの段、申し渡されるべし。云々。

(訳)このごろ江戸の町に住む尼僧の中で、庵主と称して弟子をとっているが、宜しくないことである。今後庵主と称して弟子を取ることはしてはならない。云々。
御府内は江戸城を中心としてその四方。品川大木戸・四谷大木戸・板橋・千住・本所・深川以内の地のこと。

実に尼僧が低く見られていた一つの例である。降って明治五年三月二十七日、神社仏閣の女人結界の制が廃止され、比叡山等に尼僧が入れるようになったことは特筆すべきことであろう。

とはいえ尼僧の地位はまだまだ劣位に置かれ、明治三十九年の宗制改正の「曹洞宗宗憲」でも尼僧に関する規定は一つもないのであった。当時の尼僧たちが差別に泣いたであろう事は想像に難くない。

そのような尼僧界の状況から、「尼僧学林設置案」が明治三十五年三月十五日に発布され、九月一日にはこれが施行された。しかし尼僧の教師資格や待遇に関しては、何らの配慮がまだ払われない状態が続いたのである。「尼教師分限称号令」が発布されたのは昭和四年のことである。(内容はやはり男僧とは違い、依然として差別的なものである。)

男女僧侶の平等権を認められ、男僧・尼僧の差別が撤廃されたのは、ポツダム宣言の後、宗教法人令により、新宗制が制定された昭和二十一年(1946)六月十五日のことである。さらに昭和二十六年四月三日宗教法人法が公布されて、男僧尼僧の差別は大部分の点において平等な待遇となった。しかしそれでもまだ尼僧が自分の弟子に伝法することはできなかったので、尼僧団団員一同から、尼師僧による弟子への伝法ができるようにとの請願書が提出されたのである。

これら尼僧の宗制上の差別撤廃に対して、小島賢道師長沢祖禅師等は敢然として差別撤回を望んだ。そしてついに男僧尼僧の差別撤回が決議されたのは、実に昭和四十五年になってからのことであった。それは道心堅固に法燈を守り、修行し続けてきた尼僧たちの悲願であった。一般社会ではすでに男女同権が叫ばれて久しいというのに、人に道を説くべき宗教界にあって、遅きに失した観があろう。

尼僧の教育についても、駒澤大学の門は開かれていなかったが、小島賢道師、加藤真成師、谷口節道師、足立貞光師、倉田梅岳師の五人の尼師が門を叩いて、、大正十四年に聴講生としてようやく受け入れられたのである。五人は勉学に励まれ、その勉励により、卒業年度、昭和三年には専門部の卒業証書を授与されたのである。

これら尼僧の地位確立の為、ご苦労くださった先人の功績を肝に銘じておきたい。自然に流されるだけでは、今の尼僧に、男僧と同権の地位は手に入らなかったのである。しかし「苦難の尼僧史」と題したにしては、あまり苦難のお姿を書き切れなかったことご容赦願いたい。

*私は上記の尼師方の中で、小島賢道師の晩年にお会いすることができ、加藤真成師には親しくご教授頂きました。今、尼僧として生かされていることへの報恩の思いもあり、先人のご苦労を書き留めさせて頂きたいものと思い、簡単ではありますがブログ上に書かせて頂きました。

このような一文もブログというような不思議な手段で社会に発信されること、小島先生も加藤先生も、ご存命ならば「ほおーっ!おみゃーさん、面白いことだわな」とあの澄んだ目を輝かされたのではなかろうか。

*もしこれを女性の方がお読みならば、仏道に導かれて生きる尼僧という生き方もあることをお勧め致します。苦難の歴史を書いた後でなんですが。

*嗣法:師から弟子が法を嗣ぐこと。釈尊の法が連綿とインド、中国を経て日本に伝わり、その法は師から弟子へと伝承されている。制度上も師から弟子として認められると、法を伝えられたという証しの嗣書を頂く。

参考資料
『曹洞宗尼僧史』曹洞宗尼僧史編纂会 昭和30年
『比丘尼の自省 舟にきざむ』小島賢道
「中世仏教における尼の位相について」石川力山 『禅研究所年報』平成4年3月