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国家を騙した科学者と国民を騙した起業家

2007-03-17 23:02:21 | Weblog
3月17日(土)曇り【国家を騙した科学者と国民を騙した起業家】

『国家を騙した科学者』李成柱イ・ソンジュ著、淵弘ベ・ヨンホン 牧野出版 2006年10月)という本を訳者からたまたま頂いたので読ませてもらった。副題は「ES細胞論文捏造事件の真相」とある。これを聞くとあの事件かと思い当たる人もいると思う。帯には次のように書かれている。「大統領より権力を持ったソウル大学・元教授黄禹錫ファン・ウソク。その巨大詐欺事件の全貌!」と。

黄元教授の事件については日本でも報道されたが、私は詳細についてはほとんど知らなかった。この書をたまたま読んで知ったのだが、この元教授を国民的英雄に仕立て上げたのはマスコミであった。

昨日日本では堀江貴文元ライブドア社長が懲役2年6カ月の実刑判決を受けたが、彼もマスコミが創り出した時代の寵児ではなかっただろうか。この本の黄元ソウル大学教授と堀江貴文元ライブドア社長といくつか似通った点があることに気づいた。

黄禹錫博士は元ソウル大学獣医学部教授であった。彼は難病患者の再生医療への応用が期待されているES細胞の作成に成功したとして、韓国では神様扱いをされたほどであったようである。「訳者まえがき」に次のようにある。「貧困からはいあがって名声を得たその経歴(略)民族心を刺激する卓越した話術が人々の共感を呼び、伝記の出版やテレビ出演が相次いだ。(略)黄教授の顔は(略)全面広告にも利用され韓国人の自尊心や愛国心と直結する存在になった。マスメディアは先を争って黄博士の神話作りに貢献し、彼が偉人であることを疑う者は韓国という国から消えた。」

著者が問題とするところは、新聞やテレビ番組などのマスコミがこの教授が次々に打ち出す裏付けのないアイデアや論文に対して、科学としての検証をせずに鵜呑みにしたことであろう。教授は「科学的には理解不能な話を適宜に使い分け、政府、マスコミ、国民、そして患者を騙してきたのである。」それをマスコミが誇大に美辞麗句で飾って、黄教授の業績として国民に宣伝したのである。その結果、政府からは百五十億ウオン以上が彼の研究費として支援されたり、多くの支援者からの寄付金が彼の元に集められたのである。

そのお金は研究にはそれほど使われなかったようで、政治家のパーティなどに出席した折りには多額の寄付を教授は出していることが、著者により調べ上げられている。また記者たちの高額な飲食代も教授が払っていたことが書かれている。

BSEにかからない牛をつくるという教授の言葉にもまんまと騙されて、政府は「第一回最高科学者」として教授を選定している。しかし教授の言は全くの嘘で、ES細胞に関しても共同研究者から一つもなかったことが暴露されて、ようやく失脚することになったのである。

それでも教授の熱狂的な支援者たちは、教授を陥れる為の陰謀と信じる者もいて、抗議の自殺を計った者さえでたほどであり、未だ教授を信じている人もいるようである。

口のうまい詐欺師と、それに乗って詐欺師を英雄に見せるマスコミと、それに乗ってしまう民衆の三者がそろえば、詐欺は見事に成立してしまうだろう。国も騙され、国民も騙されてしまったわけである。このような現象は韓国特有なことではないかと、著者も言い、私もそう思った。しかしこの本を読み終わった二,三日後に堀江貴文元ライブドア社長の裁判があったので、この事件との類似点にあらためて考えさせられた。

その最たることは、やはりマスコミの責任についてであろう。ライブドアの粉飾決算が問題にされる前は、ホリエモン、ホリエモンと騒ぎ立てて、時代の寵児と祭り上げたのはマスコミである。そのマスコミにあおられて人々はライブドア株を買い、ホリエモンは自社株をどんどんつりあげて持ち株を売っては大儲けをしていたわけである。これは詐欺であろう。(フジテレビとの乗っ取り騒動では、400億円儲けたそうだが、これらのマネーゲームを詐欺といえるかどうかは別として)詐欺の片棒をマスコミが担いでいたとさえ言える事件である。

黄教授やホリエモンのせいで、科学に対しての人々の情熱やベンチャー精神が消えることのないようにと思うが、マスコミもやたらに詐欺師を持ち上げないように気を付けて貰いたいと思う。また現代を生き抜いていくのに、マスコミを簡単に信じることは危険であることを知っていた方がよいと思った次第である。

*この書の著者、李氏は元新聞記者であったが、記者としてはこの事件に関して自由に物を言えないとして新聞社を退職までして、この書を書き上げたのである。科学方面の豊富な知識と、おそらく膨大な資料を調べ上げてこの書を書き上げたのであろうと推察される。科学的なことにおいても、マスメディアの動きについても、この問題に限らず示唆を受けることの多大な一書といえよう。是非ご一読を。