従来型の価値観のもと、親から「しっかり勉強して、いい大学、いい会社に入りなさい」と教えられた子は、10年後にどうなっているのでしょうか――。『 10年後のハローワーク 』川村秀憲 氏が答えます。
勉強していい大学に入り、いい会社に入っても職を失う
最近、こんな質問を受ける機会が目に見えて増えてきました。
「AIによって社会が変わってしまわないか、不安で仕方ありません」
「AIが普及すると、どんな仕事が失われるのですか?」
「人類の作ったAIが、結局、人類を滅ぼしはしませんか?」
AIに対して、多くの方が、自身へのネガティブな影響を心配し、不安に感じているようです。
私たち研究者でも、今後、どのようなAIの技術が実用化され、世の中にどのくらいのインパクトを与えるかを予測するのは簡単ではありません。
かといって、1年後と10年後、3年後と30年後をごちゃまぜにして議論しても、混乱や不安は増すばかりです。
今回は、「10年後」をひとつの目安として、世の中がAIによってどう変化し、私たちの働き方、暮らし方にどんな影響を与えるのかを考えていきたいと思います。
まず、結論から述べてしまえば、10年後の世の中がAIによって大きく変化していることは、間違いありません。
私は先ほどのような質問を受けた場合に、こんな話をするようにしています。
勉強を嫌がる子どもが、親に「なんのために勉強をしなければいけないのか?」と質問したとします。
現時点における典型的な答えは、きっとこんなかたちでしょう。
「たくさん勉強して、いい大学に入って、いい会社に入れば、給料をたくさんもらえていい暮らしができるからだよ」
しかし最終的な目的がいい暮らしをするためなら、AIが普及する時代になると、その前提である「勉強して、いい大学・いい会社に入る」という流れが、完全に変わってくる可能性があります。
なぜなら、利益を出し、高い給料を与える企業組織において、AI時代が到来したあとは、求める人材が変わってくるからです。
「底なしの記憶力」と同じことをしても意味はない
これまでの社会では、基本的な能力として読み書き、国語・算数・理科・社会・英語ができ、その延長として「いい大学」を出ることが能力の証明になってきた面があります。なぜなら、それは事務処理能力の優秀さを示す有力な指標だったからです。
ただ今後、AIが普及すればするほど、事務処理能力自体が必要とされなくなっていきます。
たくさん勉強し、いい大学を卒業した新入社員のほとんどは、「基礎的な能力にポテンシャルがあると期待できるが、現時点では即戦力にはならない人材」です。時間をかけて仕事を教え、企業のニーズやクオリティに合う仕事ができるよう、養成する必要があります。
そこに、ChatGPTに代表されるようなAIが現れました。これは10年後に限らず現時点でも、うまく使いこなすことができれば、入社したばかりの新入社員より高い利用価値があります。
つまり、AIの実力が「大学を出たばかりの新入社員」だとすれば、会社にとってはAIを使いこなすことがそのまま「社員教育」や「業務上の指示」になります。
そのうえ、社員を雇用するには、給料だけでなく、社会保障や福利厚生も必要です。勤務するためのスペースや備品もそろえなければなりません。年間数百万円のコストとなることは確実です。
半面、AIなら、同じことがもしかしたら1カ月あたり20ドルで実現できるかもしれません。年間にしても数万円程度。
もはや検討の余地などないのではないでしょうか。
従来型の価値観を信じた子は
どこにも通用しない就活生になる!?
2023年末、米グーグルが、3万人規模の従業員を配置転換、あるいはレイオフ(一時解雇)することを検討していると報じられ、世界中が驚きました。
グーグルはこの四半世紀、新しいサービスや付加価値を次々に生み出し、世界のインターネット事業をリードしてきた巨大企業です。そして、膨大な検索データを背景に、ChatGPTを追撃すべくAIの開発にも力を注いでいます。
ところがこの計画の背景には、まさにAIの発展と応用が進んだことによって、グーグルの根幹である広告事業で人員が過剰になっている、という事情があるようです。つまり、AI開発をリードしている巨大テック企業が、自らAIの影響を受けて、すでに人の手が余ってきてしまっていることを証明しているに等しいわけです。なお、グーグル単体での従業員数は約14万人とのことですので、じつに20%以上の人がなんらかのかたちでリストラの影響を受ける計算になります。
でははたして10年後、「たくさん勉強すれば、給料をたくさんもらえていい暮らしができる」と言われ、信じてその道を進んだ子どもたちは、どうなっているでしょうか? もしかすると、どこにも通用しない就活生になってしまっているかもしれません。
問題は、「たくさん勉強」することがAIにもできるのであれば、いくら勉強したところでこの先立ちゆかなくなるリスクが高い、ということなのです。
なぜなら、AIの登場によって、あるレベルの人間並みの能力は、相互に「デジタルコピー」が可能になってしまったからです。それはまるで、「ドラえもん」の秘密道具「アンキパン」の効果が、永久に有効になったかのような状況です。
教育は、人類の歴史が作り出した英知の結晶を伝承する営みです。しかし先人はどんどん死んでしまいます。そこで新たに生まれた人は、先人が残した知識や記録、自分よりも経験の多い人を頼って、つねにゼロの状態から、ある程度までの能力を自力で自分に移植しなければならなかったのです。そのために、おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、そして自分の子どもや孫の世代まで同じ内容の勉強が必要でした。
しかし、AIはこの過程をデジタル化します。AIを使うことさえできれば、一生懸命、能力のコピー作業をしなくても、ゼロからいきなり能力が手に入るようなものです。しかも、能力のデジタルコピー化によって、同時に、全世界の人がそれをできるようになるわけです。
これは、勉強、そして学びの過程を根底から変えてしまう革命のようなものです。その影響は、子どもたちだけではありません。いまさまざまな企業で取り組みが始まっているリスキリング(学び直し)においても、先を見据えた選択をしなければ、がんばって学んでも無駄になる可能性が大いにあるということです。