アメリカ大統領選は、11月5日に投開票が行われるが、同時に米議会選挙も行われる。選挙戦がクライマックスに突入するなか、民主党のカマラ・ハリス候補は敗北をすでに認めているかもしれない。
当初のハリス戦術が支持層を大量に流出させているため、ここに来てハリス陣営はあえて最も米国民の関心が高い「経済」と「移民」への言及を大幅に減らし、ハリス候補の得意分野である「中絶への自由なアクセス」と「民主主義への脅威」で一点突破を図るという奇策に頼ることを決めたようだ。
同時に、メッセージの基調を「喜び」「楽しさ」から「引き締め」へと転換している。この新戦術の最重点ターゲットとしてハリス候補が狙いを定めるのが、「大卒白人女性」だ。これには、選挙対策上の合理性がある。
白人女性は、有権者登録をした米国人の36%、すなわち3分の1以上を占める極めて重要な層だ。一方で、このグループは「大卒」と「非大卒」で支持政党・候補がはっきり割れている。
9月27日~10月1日に実施された世論調査によれば、非大卒白人女性(つまり労働者層)においてはトランプ支持が55%に対しハリス支持は42%と、13ポイントもトランプ候補が優勢だ。ところが、大卒白人女性ではハリス支持が60%と真逆になっている。
「大卒白人女性は『中絶』と『トランプを負かす』の2点で投票のモチベーションを得ているように見える。
また、大卒白人女性は他グループと比較して積極的に投票することが知られている。このグループをしっかり押さえれば、相対的な得票数が上がる可能性が高い。ハリス陣営が、この大票田に目をつけないわけはないだろう。
ハリス候補は過去数日で、「トランプ前大統領が復権すれば、全米で中絶の権利が危うくなる」と危機感を煽るメッセージをメッセージの中心に据えた。米ワシントン・ポスト紙は「ハリス陣営は、2022年の中間選挙において『中絶の自由』を旗印にした民主党に大量得票をもたらした大卒女性に働きかけている」と分析している。
そうした大卒女性の大多数を白人が占めることは、言うまでもない。
もうひとつ、ハリス候補が有権者から支持を得ている得意分野が「民主主義への脅威」だ。
民主党はかねてよりランプ前大統領を「歩く民主主義への脅威」と規定しており、「彼は民主主義を破壊する」とのメッセージは大卒白人女性によく刺さるのである。
破天荒な行動力や下品さでキャラ立ちし、強い男らしさで人気のトランプ氏は保守的な人間であり、「女性の社会進出」「入学・就職・求職においてあらかじめ女性の割当て枠を設ける(実力や実績によらない)クオータ制」「法制上の女性優遇」など、大卒白人女性の既得利益に敵対する存在として認識されている。
そのため、「トランプはヒトラー」「民主主義を破壊する」「品格がない」という攻撃は彼女らに支持されやすい。
重要かつ忠誠心の高い民主党支持グループで流出が続き、最も頼りになる大卒白人女性の支持固めの効果も限られているとするなら、人心掌握に失敗しているハリス候補の負けは決まったも同然である可能性がある。そこでハリス陣営は、敗戦を見据えた次善策を採用し始めたように映る。
ビヨンセが参加したハリス候補の支持者集会は激戦州ではなく、トランプ氏当選が確実なテキサス州で行われた。ラストスパートは接戦州に時間と労力を集中的に投下しなければならないのに、なぜハリス氏は勝てないとわかっているテキサス州に「寄り道」をしたのだろうか。
実はハリス氏は集会で、テキサス州選出の有力な共和党上院議員である現職テッド・クルーズ氏に挑む、同州選出の民主党下院議員であるコリン・オールレッド氏をプッシュしていたのだ。この上院議員選は接戦だと伝えられる。
民主党にとり、大統領選の敗北がほぼ確実であるならば、せめて上院支配を維持して「ねじれ」に持ち込み、共和党が制約や束縛を受けずに政治を行う「自由裁量(フリーハンド)」を阻止することが目標になるとの見方も示されている。加えてハリス陣営は、接戦州のノースカロライナで勝つことをすでに諦めたとの見方が出ている。
共和党が僅差で維持している下院の支配について、民主党が新たに4議席を奪い、わずかの差で上下院を制するシナリオを描いている。
ハリス候補が負けても、米議会全体をコントロールできれば第2次トランプ政権をかなり無力化できるわけだ。
自党の伝統的な支持層を流出させ、新たな支持層を開拓できていないハリス副大統領は人望に欠け、「物価高」「不法移民による負担増・犯罪増加」のイメージとも切り離せず、民主党の上下院候補たちを道連れにする可能性もある。
この文脈において、「中絶」「女性」を争点として強調する効果は限定的であり、民主党は不利な状況で投開票日を迎えることになろう。