風をうけて vol.3

お引越ししてまいりました。
拙いブログですがよろしくお願いします。

備忘録 その1

2019-12-01 16:01:24 | マラソン
久しぶりに「越後湯沢秋桜マラソン」を走りましたと、ご報告させていただきました。

走り切れたことは良かったと・・・。

でも、この時に大変な事になってしまっていたのです。

実は痛めていた右足踵に加え、左足踵にも同じ痛みを感じるようになってしまったのです。

そりゃそうですよね、だって左足だって同じように走っているわけですから。

同じような痛みを感じるようになっても何の不思議もありません。

もう歩くのも半端じゃなく大変な状態に。



ところが、そんな事はただの序章に過ぎなかったのです。

どうも体調が優れないと思いながら走った越後湯沢。

なんとその二日後から大量の下血。

もうびっくりして病院へ。

医師の診察では血の色や触診から判断して内痔核だろうと。

「とりあえず軟膏を注入すれば3日ほどで出血は止まるでしょう」

という事で、先ずは一安心。

が、3日過ぎても一向に出血が止まる気配もなく6日目。

医師も慌てて胃と大腸の緊急の内視鏡検査。

結果、7日目にはようやく出血も止まりやれやれといったところ。

出血箇所の特定はできなかったものの悪い病巣は無いとの検査結果でようやく安心できたのです。

ただし、腸の壁に薄い個所がいくつもあるらしく、そこからの出血も内痔核も併せてまた再発するやも知れないと。

また、それだけの期間出血していたものですから、貧血状態に陥りフラフラ。

まったく生きた心地がしなかったですわ。



もうこんな最悪な状態では約一ヶ月後に迫ったフルマラソンの伴走など諦めなければならない。

早く断念して、私に代わる伴奏者を探してもらおうと思っていたのです。

そうして迎えた「足利尊氏公マラソン」の日。

DNFも視野に入れてのスタート。

さて、そのハーフの距離を果たして走り切れたのでしょうか。

つづく



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満身創痍ですが。。。

2019-09-30 05:06:48 | マラソン
久しぶりの投稿になりました。

相変わらずの夜勤専門の仕事も働き方改革のおかげで(?)、ようやくひと段落。

殺人的長時間労働からやっと解放されました。

それまでは寝ているか、働いているかの生活。

とてもじゃないですが、ブログまで手を出す余裕はなかったのです。

時給労働者が生きていくことって、こんなにも辛いのかと世の中の不条理を恨んだものです。

その働き方改革施行以前の繁忙期(増税前の特需なのでしょうか)の影響もあって、10月にある4連休があるのですが、どうもはっきりしないその4連休。

もしかしたら出勤になる可能性もあるとの情報もあり、予定をしていた北海道旅行の予約を躊躇している間に、飛行機の座席予約はどんどん埋まって行ったようで、休みが確定し、慌てて旅行会社に駆け付けたときにはすでに満席。

今年の北海道旅行の消滅と4連休がこの日を持って確定したのでした。

何故、10月のそんな日に混みあうのかと尋ねたら、子供の秋休みとバッテイングしているとのこと。

子供は勉強してろよと、毒づいてもどうにもなりませんね。

ブログ友のyoppeさんと今年こそは、と思っていたのに、本当にガッカリです。

さて、まだ踵の痛みは未だに消えません。

ただ、快方に向かっていることは確かで、徐々に走れるほどに回復しています。

お医者さんも走っても大丈夫とのお言葉に、ここまでふたつのレースを走っています。

先ずは軽く10kmと「草津熱湯マラソン」



この大会は去年同様、レース当日に宿泊し、走り終えてからゆっくりと温泉三昧。

ただ、この日の夕刻にあの大災害を引き起こした台風15号が関東地方を通過。

宿のテレビから流れてくる悲惨な状況に我が家がどうなっているのか、気が気ではありません。

ただ、留守番の家族からは何の連絡もなし。

台風の軌道が少々東にづれたため我が家や、この草津温泉には目立った被害はなく、ほっと胸をなでおろしました。

ただ、時間を追って甚大な被害状況を知り、被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、一刻も早い復興を願うばかりです。

レースはと言えば、台風の影響で土砂降りも心配されましたが、逆に蒸し暑さと強烈な時より顔を出す日差しがランナー達を苦しめます。



ほぼ無風でもあり、灼熱地獄に陥った私は、ゴールするころには息も絶え絶え。

この日ほど、熱さに参ったレースはありません。

顔を覆ったその中は、まさに熱湯マラソンの名のごとく、汗が水道の蛇口ほどに吹き出していました。



当然ですが、極度の練習不足。

そのせいもあってか、去年よりも10分遅いタイムに力も落ちます。

ただ、痛みを抱えながらも走り切れたことは、次につながるなと気持ちの上では前向きでいられました。

そして昨日、12年ぶりに「越後湯沢秋桜ハーフマラソン」を走ってきました。



九月の下旬とは言え、まだまだ暑い日が続いており、踵の痛みを抱えつつも走り始め、それからやっと20kmを超えた距離を走ったのがたったの一回と、かなり無謀なレース参加。

ただ、この越後湯沢も温泉地帯。

日帰りのマラソン旅と言えども、温泉を楽しめるのではないかと、むしろ走ることよりも観光に重きを置いた今回のレース。

往復の移動には新幹線を初めて使い、その快適さに余裕たっぷり。

が、半年以上全く走れず、それから復帰してのハーフマラソン。



”坂が面白いコース”との記憶しかなかったこの大会のコースが、痛手を負った私の足に襲い掛かります。

ほぼ、平坦な場所がないこのコース。

約15kmで足が売切れてしまい、苦しかった事しか残りませんでした。

記録も12年前よりも10分遅く意気消沈。



この年齢になっての半年のブランクは相当な重りになることを嫌と言うほど思い知らされました。

ただ、草津温泉の時と同じように、激坂コースにも歩くことなく走り切れたことは、それなりの成果。

参加賞の魚沼産コシヒカリのお米を食べて、次のレースへのエネルギーとして蓄えていこうと思っています。

次はまたもや”新作”でも仮装ランを予定しています。

ガチで走るのにはまだまだ踵の痛みが気になるところ。

でも、きっとまた全力で走れる日が来ると信じて、次への準備を進めようと思っています。

どうぞ、ご期待くださいね。

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歩きだしました。

2019-03-05 04:41:13 | マラソン
「FukayaLifeーneo」

私が立ち上げたランニングチームです。

お陰様で会員も増え、今では20名を超えるほどに。

更には未だ入会希望の方とのコンタクトもあり、とてもありがたいことだと思っています。

きっとこのまま続けていたならばBIGTEAMにまではいかなくとも、中堅のチームへと成長を遂げてくれるのではないかと思っていました。

隔週での練習会にも少しづつ参加人数が増え、飲み会を開催すれば何年か前の淋しい状態が嘘のように賑やかに開催することもできていました。

まさに順調そのもの。



何の不満も不安もなく、楽しいランニングライフを過ごすことができる、、、はずでした。

そう、はずだったのです。

しかし、マラソンの神様は意外と厳しく気まぐれで、ある時、予想もしていない出来事、事件、事故を言わば必然的に誘発させ、うぬぼれていた自らを省みさせる機会を与えて下さったようです。

ある、退会した元メンバーさんからいわれのない出来事で随分攻撃されました。

最低な人間だと罵声も浴びせられました。

いや、それは勘違いだ、でも私に本当の落ち度があるのなら、いくらでもあやまるとの申し入れも、まったく聞き入れてはくださいませんでした。

何処でどうくるってしまったのか、それとも第三者、第四者の何らかの目論見に私は完全にはめられたのかと、救われようのない重度の人間不信に陥ってしまったのです。

未だに真実は知るところではありません。

それを突き止める意味もありません。

(自暴自棄)

いったい私は今までの間、何をしていたんだろうと・・・。

人の憎しみをかうために何年も頑張ってきたんじゃない。

苦しむために犠牲も払ってでも耐えてきたんじゃない。

でも、それは予見できていたことじゃないか。

後悔の念と、情けなさと、自分の器の小ささと、悲しみと、苦しみと、絶望感。

私はこのままでは完全に崩壊してしまいます。

それどころか、もし、他の方にもあのような攻撃が行ってしまったら、もっと悲劇は深刻な状態になってしまいます。

私一人が憎まれているうちに、私はその場を離れることにより他のメンバーさんが守られるのなら、私はその憎しみをひとりでだいたままその場を離れよう、そう思ったのです。

この「FukayaLifeーneo」は私のすべてをかけて作り上げてきたチームです。

こんなことで失くせません。



私にはもう何もなくなっても、作り上げた「FukayaLifeーneo]だけが残ればそれで良いじゃないか。

今でもこのことを書いていると腕が、指が震えてきます。

ずいぶん体調もくるってしまいました。

止まらぬ吐き気、止まぬ耳鳴り、今までに感じたこともない不安感に走る気力もなくしました。

このままでは・・・。

それから一ヶ月ほどの時を経て、私はもう一度出直す決意をしました。

今度こそ自分の為に・・・。

未だに激しい吐き気や耳鳴りからは解放されることはありませんが、下を向いてばかりでは本当に終わってしまいます。



私はボロボロなからだに、こころに気合をいれ直し、もう一度立ち上がりました。

やっと支えている程度のヨレヨレの足元で、いつ倒れてしまうのか、それも分かりません。

でも、少なくとも立ち上がらなければ先には進めないのです。

枯れ枝を杖に、剥がれ落ちた木々の皮を足先に巻き付け、全身傷だらけの旅立ちです。

でこぼこの岩場でも、滑り落ちそうな勾配の山道でも、そこに道さえあれば歩んでいける。

一歩一歩大地を踏みしめ、ボロボロの私はようやく歩きだしたのです。




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ここはレーシングカーが走る場所ですよね。

2018-12-24 11:37:33 | マラソン
昨日、今年の最終戦となる「富士マラソンフェスタ」を走ってきました。

場所は、あのカーレースで有名な富士スピードウェイ。

一周約5kmのコースを最初だけショートカットして、残りフルコースを4周回するハーフの部に参加です。



こんな鍋みたいなコースを4周も5周も走る訳ですから、相当きついだろうなとは走る前から想像できました。

しかも、天気は雨。

予報では標高の高い地点では雪になる可能性もあると。

事実、会場に向かう富士五湖有料道路の須走出口前のトンネルには「出口ユキ注意」の表示があり、そんな天気に相当ビビりまくり。

運が良いのか悪いのか、雪が降ることはなく雨だけで済みましたが、それでも平地の気温よりは大分低く肌寒い中でのレースとなりました。

この日の為に選んだウエアは二種類。(ウエアというのには・・・笑)

このお天気じゃ普通に走ろうかどうかと悩んだ末に、せっかくここまで来たのだからと、こんなウエアを身に付けての出走です。



しかし、寒さのあまり、指がかじかんで顎の紐をロックするのにもひと苦労。

これからのレースが思いやられます。

さて、この日のこの大会にはブログ友の「げたのうら」さんんとそのお仲間さんが一緒。

朝早くから選手控室の一等席を確保していただき、そこにお邪魔させていただき、ストレスなくレースを迎えることができました。

こんな遠方の地でも、このようなご親切にあやかれるのは長く続けてきたブログがあってのもの。

それにずっとお付き合いしていただいたげたのうらさんには特に感謝、感謝です。



そうして迎えたレースなのですが、想像以上にコースはきつく、更に降り続ける雨にどんどん体力を消耗していきました。

3周目までは何とも思わなかった坂も4周目の坂を上り切り1.5kmものストレートを走っていると、疲労もピークを迎えもう一回あの坂を上りたくない気持ちにもなります。

標高差や坂の長さこそありませんが、斜度は相当なものがあるのです。

これまで坂のある大会ばかり走っていましたが、この日の坂が一番きつく思えたのは、まだそれまでに走ってきたフルマラソンの疲労が残っていたせいなのでしょうか。

それとも、雨でぬれた衣装のせいなのでしょうか。

その衣装はは木綿製。

それが雨で濡れるとカラダに纏わるように絡みつき、自由にカラダを使えません。

フェルトで作ってあるヘッド部分は水を吸い、徐々にその重さで頭に食い込こみ、その影響か骨の部分がギシギシと今にも崩壊してしまいそうな勢い。

弱い風でもその風向きによっては眼鏡が曇ってしまいまったく視界まで奪われます。

そうしてまとわりついた濡れた衣装は、次第に体温まで奪い、ゴールを迎える頃にはガタガタと震えるほどの寒さにも襲われました。



コース上には殆ど応援もなく、これほど過酷なレースは今までにもそう多くは経験していません。

そんな大変な思いをして走ったレースです。

もう二度と走らないと思っても当然だと思います。

ですが、その頑張りに対してきちんとご褒美が私の手元に届いたのです。

「ハイ、おめでとうございます。仮装賞です。もうスタートする前から決めていましたよ。」

仮装賞を審査する係りの方からのとっても嬉しいお言葉に、震えたカラダも暖まりました。

また、賞品を受け取りに案内された大会本部では、「おめでとうございます。また来年も是非この大会を盛り上げてくださいね。」との来年の参加のお誘いまで受けてしまいました。

これは頂いた品物以上に嬉しい言葉のプレゼント。



今までの苦労がすっかり喜びに変わった瞬間でした。

また、このことをげたのうらさんやお仲間さんに報告。

それをとても喜んで頂き、感謝感激の大波が押し寄せてくる思いでした。

そうして、げたのうらさんたちにまたの再会をお約束して帰路についたわけですが、片道3時間のその時間は会場に向かうために要した3時間の半分くらいに感じたほどでした。

どの大会もそうですが、少なからず思い出は残ります。

良い記録の大会は特にそうですが、この「富士マラソンフェスタ」は特に記憶に色濃く残る大会になると思います。

エントリーして良かった、走って良かった、仮装して良かった、そんな大会でした。



今はそんな余韻に浸っていますが、それには大会関係者、並びにボランティアの方々のご苦労があっての事。

皆様に心より感謝申し上げます。

お疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。


追伸

げたのうらさん、本当にありがとうございました。

またどこかの大会でお会いしましょう。

お仲間の方々にもよろしくお伝えください。




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大会レポート「上州藤岡蚕(SAN)マラソン」

2018-11-28 06:11:21 | マラソン
11月25日

どういう訳かこの日の朝は特別に寒くて、異常に暖かいこの頃の日中とは裏腹に真冬を思わせる様なお天気。

自宅付近の気温はこの秋最低の4℃。

会場である群馬県藤岡市総合運動公園に到着してみたら、なんと1℃。

そう言えば昨年参加した時も、とても寒い思いをした覚えがあったっけ。

”山間部の入り口”、そんな土地柄だし、山に隠れて朝陽が届かない会場だから余計に寒いのでしょうね。

(ああ、もう冬の大会なんだな)

ところが、スタート間近になり山の上から太陽が顔を出すころになるとグングン気温は上昇。

そのくらいが私にとっては最適の気温。(完走証によると 気温14.7℃ 湿度46% だそうです)

一度はアームウォーマーや長袖のウエアを考えたのですが、十分半袖で行けそうな雰囲気。

いや、それどころか暑くなるかも。



いつでも外すことができる手袋だけを着けていざスタート。(結果的には山間部は冷えておりまして手袋は正解でした)

昨年、初めて参加し、その”ドⅯ”的なコース設定にびっくり。

当然、今年もそれは変わることなく、嬉しいやら、苦しいやら、笑っちゃうやら。

標高差は240mと言うことだけど、上れば直ぐ下るを小刻みに繰り返すこのコースは標高差以上にきつく感じます。



いったい誰がこんなコースを考えるんでしょうね(笑)

参加者は全体で2000人ちょっと。

ハーフを走るランナーは600人ほど。

こんな小規模の大会が故、まったくのんびりしたもの。

スタート間近になって後方に並んでも、広めの道路を交通規制してのコースなので、さして渋滞もなくほとんどタイムロスはありません。

大会運営に関しても申し分なく、人気大会にならないのが嘘のよう。

こんな大会は今では本当に珍しく、”走らせてくれる大会”という言葉がピッタリ。

思う存分、坂を楽しめます。



特に後半の坂は半端じゃない。

だから余計にファイトが湧く。

ライバルは他のランナーさんじゃなく自分。

だって、周りなんて見ている余裕がない(笑)

上りは好きだけど、得意じゃない私はいつものように何名かのランナーに抜き去られます。

その中に女性ランナーさんが・・・。

これにはさすがにガックリ。

いくらライバルは自分だと言い聞かせても、そこは頑張りますわな。

ランナーの特性とでもいうのか、上りになると突然早くなる方がいますが、私もそういう力を身に付けたいと思うのです。

フォームも適正もあるでしょうが、上りで早いランナーってかっこいいですもんね。

そしてその坂を折り返してその激坂を下るのですが、これが危ない、、、足が回転しません。

そりゃそうですよね、、、だってそれまで激上りに喘いでいたのに、その坂を下れと言われても・・・ねえ(笑)

そこのスイッチの切り替えが、他のランナーさんとの競争になる訳です。

急激に下るとカラダの各部にかかる負担は半端ではなく、ガクッとスタミナを奪われます。

まるで100m競争でもしているかのように全速力で走り去って行ったランナーさんが数百m先で失速していたり、上りで早さを示していたランナーさんが下りで苦戦していたり。

その個人差がとってもわかりやすくて、傍目から見ているのがとても面白い。

だから、坂のあるコースが好きなんですよね。

平坦では見えないものがはっきり見える、、、当然自分の姿もですが。



そうして、ほぼ全開で下る最後の5kmは快感そのもの。

当然、タイムは出ませんけどね。

ところが、、、ほぼ平坦の10月に走った上州太田スバルマラソンと数十秒しか変わらない。

(なんじゃこりゃ! 笑)

10月よりも走りが向上しているのでしょうか、、、そんな事はないように思うのですが、いささか疑問の残る結果です。

それより嬉しかったのが年代別の順位。

いやいや、今年の順位じゃないですよ。

だって59歳だもん。

来年60歳で同じタイムで走れたら、今年の成績に照らし合わせると6位入賞相当。

このままの走力を維持し、もう少し頑張れば確実に入賞圏内。

(やった~!)



これを”捕らぬ狸の皮算用”と申します(笑)

だけど、モチベーションにはなりますよね。

頑張りますよ、もちろん。

(早く60歳になりたい)

初めてそんな気持ちになりましたよ。

さて、レース後のサービス。

これが豪華。

先ずは、地元ブランド豚のしゃぶしゃぶの無料配布。

誰でも頂けますよ。

しかも美味しい!

そして、パンジーの苗の配布。

これらはきっと協賛企業(おそらくJA)からのプレゼントでしょうね。

それからメインのサービス、「トマトキムチうどん」

これがめっちゃ旨い!



チリトマトをちょっとマイルドにした感じのスープとモチモチうどんの組合せは絶妙。

これだけ目当てで参加しても良いくらい。

ふかやシティマラソンで評判の煮ぼうとうに匹敵するくらい、、、いや、食べ飽きたそれをも上回るかも?

そうして最後に抽選会。

一等賞は旅行券。

その他、ネズミの国の優待券や地元のお酒など、本当に豪華豪華!

そんな申し分ない大会の「上州藤岡蚕(SAN)マラソン」

お帰りの際に、世界遺産の「高山社(明治時代の養蚕施設です)」を見学してもいいし、お隣のコミュニティーセンターで無料のお風呂に入ってから帰っても良いよね。

近隣には日帰り温泉も何軒かあるし。。。

こんな至れり尽くせりの大会だけど、正直に言えば人気にならずこのままの大会の規模で行って欲しいなぁ。(大会関係者さんに怒られちゃう? 笑)

私にとっては”大切にしたい宝物の大会”、そんな大会でした。















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