そんな言葉をご存知だろうか。
京都府の知事であった
蜷川虎三氏のとった政策である。
それはこの埼玉県でも
例外ではなく
同じ道をl進んだようで
公立高校の数を増やし
高校への進学率を高め、ひいては高等教育を受けた若者が就業するにあたり
地域経済や地場産業を育成する事を目的とした、
と言ったような政策だったようだ。
しかし、その事により公立高校の学力は落ち、大学への進学率も
低下してしまったとも言われている。
それどころか、現在では少子化の影響で定員に満たない高校も
数多く存在してしまい、結局廃校となる高校も決して少なくない。
私の住んでいるこの地域の学区でも、数多くの高校が廃校になった。
その影響か、今年の公立高校入試の競争率は、
どこの高校でもかなり高くなってしまい、今年の十五の春は
結構大変だったようだ。
それは、卒業生にとって
大切な母校が、
その季節を最後に
消えてしまうと言う事・・・。
たとえ高校の3年間と言う
短い期間だとしても、
多感な時期でもあり
そして、かけがえのない友との同じ時を過ごした母校でもある。
思い出を語りつくせぬほど抱えた、その母校が消滅するという事は
確かに十五の春は泣かなかったかも知れないが、それと同等の悲しみが
年齢を重ねたその先にやってくるとは、誰もが夢にも思わなかっただろう。
それは何が悪かったと言う事ではなく、時代の流れの中で
致し方ないことでもあり、決して政策の失敗と言う事でもなく・・・。
思い出の母校は胸の中にと、卒業生の皆が思っているに違いないだろうが、
でも、でも・・・なのである。
幸いにも我が母校は100年を越える伝統校。
たぶんこれから先も消滅する事はないだろうと思う。
しかし、消えていった高校の残された校舎を見る度に、そこに通った人達は、
いったいどんな心持でいるのだろうかと、他人事とは言え心が震えてしまう。
先にも述べたように少子化、
そして私立校の人気に押され、
これからもそういった伝統が
消え行くかもしれない現在の状況。
切なく、むなしく、
心のやり場のない
この状況に胸が痛む。
せめての救いは、その校舎が他の目的で使用されるという事。
その中には今回の災害で、避難場所として被災者に提供され、
しばらくぶりに人の息吹を感じ、そして忘れ去られ、
さらには葬られようとしていた校舎が、残念で皮肉な事ではあるにせよ、
以前のように活躍する役目を思い出しただろうと言う事。
「春」
それは暖かさや優しさを連れてくる代わりに、
辛さも同時に引き連れてくる。
そんなことを思うと、何となくセンチメンタルにならずにはいられない季節、
それが「春」でもある。
でも、なんとなく頷ける気もするかな~
今年は、今までと違う「春」ですね
悲しみもたくさん、背負った春のような気がします
でも、やっぱり暖かい、春を迎えるのは心が躍ります
桜、咲きましたか?
こっちは、今日、季節はずれの雪模様でした~(>_<)
これを機に廃校された学校を避難所として改造するのもありではないでしょうか。余裕があれば用具や非常食も用意して。財源は増税という形ではなく、政治家及び公務員の給料から削減すれば・・・管さんも支持率が上がるはず(笑)清く澄んだ政治なんて期待しないので、最後の最後で頼れる人が出てきてくれたら良いんですけどね。。
寒がりという事もあり、私は暖かくなってくると急に体が動き出し、動きたいという気持ちになりウキウキします。
でも、今年は震災で多くの方がご苦労されているニュースを毎日々目にしては浮ついていてはいけないという気持ちになります、でも、やはり私達が元気でやれる事をやらないと被災地の方々に元気を届けられないですよね!
我が町も最近廃校になる学校が出てきました。
長女の通っていた高校は他校と統合し校名も制服も変わってしまいました。
幸い通っていた学校の校舎を使用しているのでまだ気持ち的には救われます
廃校になった校舎を有効利用してもらいたいものです。
yoppe様へ
このところ、湿疹が酷く痒み止めの飲み薬を
常用していたら、時々意識がもうろう(の一歩手前かな)しちゃって
体調が良くありません。
でも、昨日久しぶりに公園に行って来たら桜が咲いていました。
3~4分咲きと言ったところでしょうか。
ダメですね~。
春なのにこんな事じゃ・・・。
薬は少し控えましょう。
今日は震災の影響でお休みです。
と、言うか水曜日から今週いっぱい休みです。
この際この湿疹を治しちゃおうと思っていたら
逆に動けなくなっちゃいました。
ハア~、本格的な春はどうも苦手です。
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千住ランナー様へ
東北の震災で避難所になっている学校、春になったらどうなるのだろうと
思っていましたが、やはり授業を再開できないのですね。
こんな時ですから、それも仕方ないのでしょうけど
何となくグランドに仮設住宅を建設だなんて言うニュースを見ると
生徒の側から見たらやるせない気持ちにもなっちゃうのでしょうね。
でも、廃校になったグランドや校舎に今回の被災者の方々が長期間
非難できるのは良いことですよね。
そのまま朽ち果てていく校舎を見るのは辛いですから
そんな使われ方でも何となく納得もできます。
春だというのに、こんな辛いお話ばかり・・・。
そう思うと今までの生活がどんなに平和で幸せだったのかと言う事を
改めて感じさせられますね。
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kero様へ
お久しぶりです!
しばらくぶりでkeroさんのブログの方にもよらせていただきますね。
昨年は二路の受験で「自粛」していた野球観戦。
今年はやっと解禁と思っていた矢先の地震。
なんだかな~ぁと・・・。
千葉県の被害も相当なものと聞きました。
大丈夫でしたか。
わが町も利根川沿いの地盤のゆるい場所の御宅では
屋根瓦がかなりやられていてブルーシートがかけられたお家を
たくさん見られます。
おかげさまで我が家は全く無傷で助かりましたが
ブルーシートの屋根を見るたびに心が痛みます。
でも、それどころか家ごと全部流されてしまった東北の方々。
せめて長期間避難所として使える廃校となった学校が
役に立つのはせめての救いとなっているような気がします。
なるほどな、と思いました。
私は京都府で育ち結婚して子を設けました。
15の春は泣かせない
聞こえはいいですが、失敗だと思います。
なぜならこの方針のせいで、京都府公立の中学生高校生にクラス順位や校内順位を絶対に教えてくれないんです。保護者が頼んでも。
結果自分の学力がどのレベルなのか分からないまま、のんびり過ごし、いざ大学受験になった時全国レベルのはるか下の基礎学力なんです。
団塊ジュニア世代がそのことをわが身をもって知ったため、今ジュニア世代親は子を塾に通わすのは当たり前、望みがあるなら中学受験や私立の進学校に舵を切るようになりました。
いつの世も大人の失策は子がかぶりますねぇ
2011でしたか。
「ああ、あの頃はそんな事を思っていたんだ」
なんて、思ってしまいました。
だけど、読み返してみるとその通りだな、、、なんて、やっぱり思ってしまいます。
京都府はその様な方策をとっているのですね。
今、学校を取り巻く環境は国の方針も含めて、私達の年代では理解しがたい事が沢山あります。
どうしたら子供たちが学生生活を有意義に過ごすことができ、どうしたらその思い出を良きものにできるのか、先人たちは自分の都合を押し付け無理強いせず、子供たちの気持ちや立場に立って考える必要ってありますよね。
都道府県でシステムに違いがあったらそりゃ戸惑いますよね。
スポーツで言えばルールが同じでなければ勝負になりません。
そうなれば後は自衛策を取るだけ、そうなってしまいますよねぇ。