「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

エピローグ …… 「生死命の処方箋」 (69)

2011年01月05日 21時21分00秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 外景
 

○ 同・ 受付

  中年の夫婦が来ている。

  受付係が内線電話をかける。

受付係 「緒方先生ですか?  高野さんという

 ご夫婦が 面会にいらっしゃっていますが」
 

○ 同・ 緒方の研究室

  電話で話している緒方。

緒方 「ああ、 あの、 木村さんから腎臓を受け

 た ……。  そう、 お元気で。  うん、 ぜひお通

 ししてください」

   ×  ×  ×  ×  ×

  緒方と美和子が 高野夫妻に応対している。

高野 「腎臓いただいてから 2週間して、 ついに

 オシッコが出たんです。  15年ぶりでした 

 …… もうシャーって、 ほとばしり出て ……

 私は これ (妻を指して) と抱き合って

 泣きました」

美和子 「そうですか …… 」

妻 「ごはんをね、 本当においしそうに 食べて

 くれるんです。  透析してた時は、 ずっと

 口の中に アンモニアの臭いがしてたもんで。

 『ああ、 15年前は こんな味だったんだ』

 って」

高野 「頭痛や体のかゆみも さっぱりなくなって。

 もう この爽快感っていったら、 言葉では

 とても ……。  これで寿命が延びたとか

 っていう 喜びじゃないんです。  毎日生きてる

 ことが 本当にありがたいんです。  それにホレ、 

 インポのほうも治りまして (笑)」

  妻も笑って 高野を叩く。

美和子 「(微笑む) …… 」

高野 「薬の副作用で 白内障が進んでますけど、 

 それも 透析生活に比べれば ……。  もし

 腎臓くださった方を 教えていただけるんだった

 ら、 一生その人には 足を向けて寝られませ

 ん」

  嬉しそうに聞いている 美和子と緒方。

妻 「この人と話したんです。  私たちが死ぬ時

 には、 使える臓器は是非 どなたかのお役に

 たててほしいって …… 」

美和子 「 ……… (感慨深い)」

 

○ 同・ 正面玄関

  高野夫妻、 何度も何度も 頭を下げながら、 

  病院を去っていく。

  見送る美和子と緒方。

美和子 「これで、 木村さんも喜んでくれるで

 しょうね …… 」

  緒方の目に 涙が光っている。

美和子 「緒方先生 …… ?」

緒方 「 …… あの、 笑顔が見たかったんだ

 ……」

美和子 「 …… 」

緒方 「あの笑顔の前には、 どれだけ多くの涙が

 流されたか …… そして、 これからもまた

 幾度も涙に濡れるだろう ……。  でも、 あの

 笑顔を忘れたくない …… 」

美和子 「 ……… (目が潤む)」

緒方 「佐伯くん、 淳一くんと多佳子ちゃんにも、

 あの笑顔を …… 」

美和子 「 ……… 」

  美和子に、 笑顔が戻っている ……。

 
         (完)
 
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