1月4日の日経新聞の記事
マンション、3分の2同意で建て替え可能に 政府方針、耐震化・住宅投資促す
政府は老朽化したマンションの建て替えを促すため、区分所有法など関連法制を見直す。専有面積などに比例する議決権の5分の4以上の同意を必要とする決議条件を3分の2程度に減らし、建て替えをしやすくすることが柱。(以下略)
建て替え要件の緩和の方向自体には賛成だが、ただこの改正は、不動産を所有するということの意味合いや、社会保障制度に対しても影響が出ることを理解し議論したうえで行なうべきだと思う。
たとえば、老朽化したマンションに年金生活の単身高齢者A氏が住んでいるとする。
A氏は幸いにして住宅ローンはないが、年金額も少なく貯蓄もないとする。
このA氏は、建て替えに反対する可能性が高い。
なぜなら、A氏は建て替えにおいて追加負担が生じる場合にはその負担余力がない。
そして追加負担なしで余剰容積をデベロッパーに売って建て替えができるには容積消化率が相当低くないと難しく、そういう物件は昭和30年代の公団住宅などかなり限定される。
金銭負担をする代わりに新しい住戸の面積を狭くする(=自分の床を換金する)という方法もあるが、おのずから限度があるし、そうまでして建て替えに同意するインセンティブもない。
さらに、追加の金銭負担がなかったとしても、建て替え後のマンションの管理費は現在のものより高くなるのが一般的だろうから、年金受給者のA氏にとっては生活費も削られることになる。
現行の区分所有法で、建て替え決議が成立した場合の反対者の扱いについては次のように定められている。
(区分所有権等の売渡し請求等)
第六十三条 建替え決議があつたときは、集会を招集した者は、遅滞なく、建替え決議に賛成しなかつた区分所有者(その承継人を含む。)に対し、建替え決議の内容により建替えに参加するか否かを回答すべき旨を書面で催告しなければならない。
2 前項に規定する区分所有者は、同項の規定による催告を受けた日から二月以内に回答しなければならない。
3 前項の期間内に回答しなかつた第一項に規定する区分所有者は、建替えに参加しない旨を回答したものとみなす。
4 第二項の期間が経過したときは、建替え決議に賛成した各区分所有者若しくは建替え決議の内容により建替えに参加する旨を回答した各区分所有者(これらの者の承継人を含む。)又はこれらの者の全員の合意により区分所有権及び敷地利用権を買い受けることができる者として指定された者(以下「買受指定者」という。)は、同項の期間の満了の日から二月以内に、建替えに参加しない旨を回答した区分所有者(その承継人を含む。)に対し、区分所有権及び敷地利用権を時価で売り渡すべきことを請求することができる。建替え決議があつた後にこの区分所有者から敷地利用権のみを取得した者(その承継人を含む。)の敷地利用権についても、同様とする。
5 前項の規定による請求があつた場合において、建替えに参加しない旨を回答した区分所有者が建物の明渡しによりその生活上著しい困難を生ずるおそれがあり、かつ、建替え決議の遂行に甚だしい影響を及ぼさないものと認めるべき顕著な事由があるときは、裁判所は、その者の請求により、代金の支払又は提供の日から一年を超えない範囲内において、建物の明渡しにつき相当の期限を許与することができる。
6 建替え決議の日から二年以内に建物の取壊しの工事に着手しない場合には、第四項の規定により区分所有権又は敷地利用権を売り渡した者は、この期間の満了の日から六月以内に、買主が支払つた代金に相当する金銭をその区分所有権又は敷地利用権を現在有する者に提供して、これらの権利を売り渡すべきことを請求することができる。ただし、建物の取壊しの工事に着手しなかつたことにつき正当な理由があるときは、この限りでない。
つまり、反対者には買受人(通常はデベロッパーになることが多いであろう)が「時価」で売り渡すことを請求できることになる。
ここで「時価」について争いがあった場合は裁判(非訴訟事件)になるが、いずれにしても金銭を対価にして家を明け渡さなければならないことになる。
「建替え決議の遂行に甚だしい影響を及ぼさない」「生活上著しい困難を生ずるおそれがあ」る場合でも、明け渡し猶予は1年が限度である。
さて、明け渡しを余儀なくされたA氏はどうなるであろう。
単身高齢の受給額が少額の年金生活者は与信の問題からそもそも賃貸アパートを借りることは困難である。
そして当然代替のマンションを買うことも難しい(代替のマンションを買って生活が成り立つなら建て替えに賛成しているはずだから)もし可能性があるとすれば、同程度に老朽化していて管理費も低廉な中古マンションを買うことぐらいであろう。
そして、A氏は将来的にはそこでも同様の問題に直面することになる。
つまり、建て替え要件の緩和は「老朽化して管理費も安いマンションにリスクを承知で資本的支出をせずに住み続ける」という社会資本の整備という点では歓迎されない(そこまで言わずとも区分所有者の全体最適に反する)行為の選択肢が失われることを意味する。
余り想像したくはないが、これが進むと「一軒家で資本支出切り詰めて住み続ける」と「資金力のない高齢者だけが集まる老朽化マンション」という選択肢しか残らなくなるかもしれない。
建て替え要件が緩和されると、これが資産を持つリスク一つとして新たに加わることになる。
一方で、賃貸住まいも万全ではない。
現在の借地借家法では更新拒絶は極めて難しいため、一定以上の高齢者は新たに賃貸アパート・マンションを借りにくい。
そして上のような理由から持ち家のリスクとして早めに賃貸を選択してそこで残りの人生を過ごそうと考える人が増えると、貸し手側としては将来のリスクを考え普通借家契約を断る「高齢者」の年齢を引き下げる、または定期借家契約を条件とする可能性が高い。
定期借家契約であれば、契約期間が終了すればどのような事情があろうと出て行かなければならない。
その結果、住む場所のない高齢者、という問題が将来的には顕在化してくる。
それは、現在の社会制度が、高齢者の住宅に関しては、高齢者の自助努力と借家権(それは間接的には貸主の負担になっている)に依存しているからである。
マンション建て替え要件の緩和は、その問題の顕在化を早めることになるが、いずれ日本社会が向き合わなければならないことであるならば、早い方がいいかもしれない。