一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『武士道の逆襲』

2012-01-24 | 乱読日記

現代における武士道のイメージといえば新渡戸稲造に代表されるような倫理・道徳思想ですが、著者はこれら明治期に興った武士道(本書では「明治武士道」といって区別します。)は、10世紀以降江戸時代までの軍事力の担い手であった私的戦闘者である武士の思想、行動原理とは異なるものである、という問題提起の書です。

前半は武士の思想として乱世を通して形成されてきた武士道について詳しく解説します。 

武士は私的戦闘者であり、実地の闘争の中で強さの追求をしてきました。   

武士の強さは、武力はもちろん、知恵、人望、統率力、動員力、地の利、天運など有形無形のあらゆる力の総合の上に成り立つものである。

武士道はこうした、自分が身につけ、使うことのできるあらゆる力を勘定に入れながら、本当の強さとは何か、最後に勝つ武士の条件は何かということを切実に追求する中から生まれてきたのだ。  

こうやって形成されてきた武士道は、江戸時代の中期以降、乱世の武士の精神を太平の世にふさわしい人倫道徳によって説明しようとし、儒教的道徳思想からの解釈がなされるようになります。 
ただ、あくまでも江戸時代までは武士は私的戦闘者の集団であり、個人ベースでの忠誠を元にしているという点では変わりはありませんでした。

しかし明治維新で大きな転換点をむかえます。  

明治維新により武力は国民兵が担うことになり、武士は消滅します。
本来そこで武士道も消滅するはずだったのに、なぜ逆に明治になって武士道ブームが起きたのか。 

著者はそこには軍隊における統制の確保という要請があったと指摘します。 

江戸時代の常識からは、明治新政府の軍隊は諸藩の連合軍であり、それは一体のものではなく当然離合集散のありうるものと受け止められていました。
しかし、近代国家の軍隊としては一体の統制の元に行動する必要があり、その統制を支える思想が必要になります。   

国家の軍隊は「天朝さまに御味方する」諸藩の連合軍=官軍であってはならない。それは、天皇自身が「大元帥」として統率する帝国軍隊=皇軍でなければならない。

そこで、天皇=大元帥を頂点とする上下関係を主体的に受け入れるために、従来の武士道の「忠」(忠義、忠節)の考えを取り入れようとします。 
しかし、武士の主従一体の関係は同じ武士として共に戦うことを核としている、つまり近代国家の軍隊とは相容れないという問題があります。 

これについて陸軍参謀局の課長をつとめ、軍人勅諭の起草に中心的な役割を果たした西周は『兵家徳行』でこういいます。   

日本陸軍ハ日本固有ノ性習ニ基ヅカザルヲ得ズ。然リト雖ドモ悪弊ナル性習ハ固有ト雖モ除クコトヲ勉メザルベカラズ。

そして民族全体の精神としての「大和心」=日本という国で長い間共に暮らしてきたことを「忠」の根拠として、「武士を否定しながらも軍人道徳の基盤を武士の道徳に依存する」という微妙なバランスの上に軍人勅諭が発布されます。 

しかし、軍人勅諭の中では「武士」という単語は「中世以降の如き失態」を著すものとして2箇所に用いるられているだけで、「武士道」という単語は使われていません。
それは軍人勅諭の明治15年という時点では「武士」は否定すべき存在であるとともに「武士道」は旧武士階級のものだったという微妙なバランスがあります。

そうして軍隊の統合をなした明治政府は、明治23年の教育勅語で国民道徳のあり方を定めることになります。  

・・・『教育勅語』は、明治十年代の軍指導者が模索していた、実感的な封建道徳を、「メカニズム」(近代的国家・軍隊)の中にいかにして定位させるかという課題に、最終的な決着をつけたものだということができる。在来の道徳的諸概念を、その生い立でた土台からごっそり抜き去り、新たに、天皇と人々が共にこの島国で暮らしていたという事実(難しくいえば「国体」)の上に植えかえる。つまりは、全ての道徳は、「民族精神」「大和魂」から生まれるという命題が、国民周知のこととして確定される。それが、『教育勅語』発布という事件だったわけである。

そして、明治30年代に日本の国力が対外的にも認知される中で、列強に対しても日本人がキリスト教同様普遍的な道徳を持つ民族であると主張するために、本来「大和魂」と出所の異なる「武士道」が「民族の精神」として再びとりあげられることになり、ここに「明治武士道」のブームが来ます。
しかしその「明治武士道」は、「武士道は、当事者たる武士はおろか、儒教的な武士道徳も突き抜けた、全くの観念と化」したものになっていました。  


ざっと述べるとそういう内容の本です。
個人的には後半部の「明治武士道」に換骨奪胎されていくところの分析が興味深かったですが、前半部の本来の武士道に対する著者の思い入れを反映したかのような詳しい解説も勉強になります。

時間があれば読んで見る価値はあると思います。


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