一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

敷引特約に関する最高裁判決

2011-03-26 | 法律・裁判・弁護士

「一票の格差」判決とともに最高裁からこんな判決も出てました

敷金から修繕費「高すぎなければ有効」 最高裁判決  

これは関西地方で多い商慣習で、賃貸住宅の敷金や保証金を返す際、修繕費相当として一定金額を差し引くと定めた契約条項(敷引特約)の有効性が争われた事案です。  

賃貸住宅については昨年くらいから「更新料」条項の有効性を問う訴訟が合い次いでいて、現在何件か上告されていたと思いますが、それを占う意味でも参考になると思います。  


判決文(参照)によると、本件は賃貸借契約において、敷引の額は入居期間によって漸増するようあらかじめ決められていて、「賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗については,本件敷引金により賄い,上告人は原状回復を要しない」と規定さているところの敷引特約の有効性が争われた事案です。  

そしてこの敷引特約について、消費者側(一審、二審で敗訴したので上告人)は、建物の賃貸借では通常損耗等(たとえば畳や壁クロスの日焼けなどの誰が住んだとしても普通おきる資産の減価)は通常は賃料対価としてその中に含まれるべきにもかかわらず、賃料に加えて賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる本件敷引特約は賃借人に二重の負担を負わせる不合理な特約であるから消費者契約法10条により無効である、と主張しました。  


これに対し判決はまず、  

賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるから,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回復義務を負わず,その補修費用を負担する義務も負わない。  

したがって本件特約は消費者である賃借人の義務を加重するもの(=消費者契約法10条に形式的には該当する)である、とします。 
※ 今回の結論にかかわらず、借りる側としてこの基本原則を理解しておくことは、マンションやアパートを借りるときには大事だと思います。  

つぎに消費者契約法10条で定める契約条項が無効になる要件:当該条項が民法1条2項に規定する基本原則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるかについてつぎのように伸べます。(太字は筆者)  

賃貸借契約に敷引特約が付され,賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人の負担については明確に合意されている。そして,通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。  

そして  

また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。  

と、一般的には明示的に合意された場合には敷引特約(やそこにおいて通常損耗を賃借人負担とすること)は有効であるとします。
ただ、そのような特約が常に有効なわけではなく、次のような場合には無効になりうると示唆します。  

敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。  

そして敷引特約が無効になるのは以下のような場合であるとします。(下線は原文のまま

消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。   

そしてこれを本件についてみると

  • 本件敷引金の額が、契約の経過年数や本件建物の場所、専有面積等に照らし、通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。
  • 本件敷引金の額は、経過年数に応じて賃料の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっている。
  • 賃借人は、他に賃料の1か月分の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない

ので、敷引金の額が高額に過ぎることはなく、したがって、本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできないと結論付けています。  


この判決の意義としては、敷引特約や通常損耗を借主負担とする特約について、それを一律に有効・無効の判断をせず、個別の契約条件(=当事者にどのような合意があったか)によって判断する、としたところにあると思います。 

おそらく更新料についても、合意内容(契約に明示されていたか)やその条件の合理性を個別に判断することになるのではないかと思われます。  

これは、東京都の賃貸住宅紛争防止条例賃貸住宅トラブル防止ガイドライン(いわゆる「東京ルール」)とも整合性が取れていますし、現実的な落ち着きだったのではないかと思います。  

これらが一律「無効」とされた場合、貸金業の過払い金返還訴訟同様に請求すれば必ず取れるという「七面鳥撃ち」のような訴訟になるので、過払い金訴訟の次の「草刈場」として弁護士が殺到し、零細な貸家業も含めて賃貸住宅業が混乱するという展開も想定されたのですが、それは防げそうです。  

一方、今回具体的に2年間入居後の賃料の2倍弱程度の通常損耗を賃借人に負担させることを有効としたことから、これを中心に一つの相場が作られるのではないかと思います。
ただ、この水準は結構高いところ(賃貸人に有利なところ)で線引きがされたかな、という印象を受けます。
最高裁の判断基準は「信義則に反しない」というかなり広めのストライクゾーンだからなのでしょうけど、これがきっかけで貸家業が強気になって、かえって相場が上がるようにならなければいいと思います。
(まあ、それが行き過ぎると、また訴訟が起こって「実費との著しい乖離」などがメルクマールになったり、代物弁済同様精算義務を課されたりと、行きつ戻りつしながら中期的には妥当な相場が形成されるのでしょうね)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ホルテンさんのはじめての... | トップ | 『オーケストラ!』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

法律・裁判・弁護士」カテゴリの最新記事