枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

悠紀の彼・6

2023年11月07日 | Weblog
 悠紀の背筋に戦慄が走り、右の耳から木屑が噴き出しぼろぼろと零れ始めた。それは床に落ちる前に、消えてしまう。何処に?見えないけれども宙に穴があって、吸い込まれていく。木屑に思える物は吐き出せなかった言葉の数々で、心に溜まり過ぎた物。解放して話せば言葉になるが、云わぬ侭だと不消化だけ。

 それがどういう経過で、耳から出て来るのかは説明不可でもあるのは確かなこと。悠紀は溜まってしまった言葉に未練は持たぬとしているが、感情を制御できない時に現れる。彼の結婚への疑問もあり、想いの深さに戸惑う自分を視てしまうのだ。彼に、どんなにか好きだと伝えたく想ったことか悠紀の心は震えた。

 山本君の言う、あいつは駄目だには真実も籠められてが分かる。苦労知らずの彼には、老舗の菓子屋の経営は困難そのもので悠紀の力も及ばない領域に違いない気がする。今までしてきた自由とは異次元の生活で、お互いに妥協したりは無理。何事も彼を優先しての生活となるのは明らか、先行き不安が待ち受ける。

 それに年齢の差も大きく、彼が申し込んでくれても承知の返事はできない。勇気もなく冷静に判断できたとして、彼に多大な負担を強いる結果は後悔するだろうとの気持ちが動く。悠紀は正直さも素直さも持っているものの、心の片隅へと押し遣るしかなかった。彼は悠紀の何処が好きなのか、不安の方が大きい。

 悠紀が彼を好きという想いの中には、見かけではなく誠実さを感じるからで容姿はその次のことだ。何よりも、一緒に仕事をしていて空気の感じがしていた。傍にいてもいなくても、仕事に集中できるのは何よりも遣り易い。これが反対となり、悠紀の方がしていく立場へとなれば自信は揺らぐ一方であるのは確実。
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悠紀の彼・5

2023年11月07日 | Weblog
 悠紀の日々は変化に乏しいものの、薬草への心が躍る出来事があった。古来ではそういう事象は、高貴な出自の者や特定の医務方に限られ用いられてきた。悠紀のしていることは、謂わば人体実験に等しく他人には任せられない。根気と持続と言う単純な言葉ではなく、其処には思い込みも含まれ真摯な心模様が。

 況してや、結果が出るかなど皆無に等しく個人差は否めない。その植物と悠紀の体質とが、偶然なのか必然かは不明なれど合ったものと思える。何がどのように作用して、どういった役割りか解明すべく扉の前に立てたのだ。こうなると悠紀は周りが見えなくなり、仕事に没頭するばかりで更に薬草園も足繁く通う。

 悠紀は、植物に語り掛け手を添えて学んでいる。地球上の凡ての物には生命体があり、見ることはできなくても存在を感じてしまえる第六感が備わる。悠紀はその力を特別な感性でなく、一人ひとりに与えられたと欠片も疑わない。悠紀の行動を咎めず、自由にさせてくれる部署の雰囲気は成果への期待も大きい。

 異変が起きたのは、研究に勤しむ悠紀にも明らかな彼の結婚だった。咲子かと思いきや、他部署の者だと知れた。真っ赤に目を泣き腫らした咲子が言うには、約束の時間に急用ができて代役を立てたらしい。そういう時には、ちゃんと断ればいいのに。おとなしい人で、まさかという思いがあったのも確かなこと。

 悠紀の心には、空洞ができ埋めていく物の何も存在しないと知れた。でも、いきなりの結婚なの?何かが違うと警告してくる。衝撃ではあるが、今更に感情を伝えるのは悠紀の性格からして無理だった。咲子のように泣けもしない、山本君以外では気づかれず済んだことを悠紀は静かに受け止めて家路をたどった。
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