枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

悠紀の彼・15

2023年11月12日 | Weblog
 悠紀は虚ろな心を封印して、実行する任務を気づかれることなくやっていた。人が他人を裁けないように、選ぶことは困難を極めた。悠紀は視えてくる印を決め手に、感情移入させず分ける作業に没頭した。非情なようだが、新しい星へ移るのも此処に残る人数も既に決まっているし時を超えていく者たちさえ。

 この星は滅び逝き、仮に再生しても人類の繁栄は見当たらない。放射能に汚染された場所で、生き延びる手立ては皆無に等しく今までの見返りも消える。新しい星に移ったからと楽観するのも危険で、都合よく順応できない者も居よう。選ばれし者であれ、生きて逝かれる確実さや保証がないのは明らかだった。

 悠紀には判るが、凡ての命に伝え訓える術もないのは確かだ。今を悔いる想いは欠片もないが、背負うことに心は抗えず眩暈を覚える。この世の春を満喫している者のなんと多いことか、夏も秋や冬の時期は来ないと喧騒に紛らわせている。直ぐ傍にあることに気づかないでいて、見えれば突然とわめきたてる。

 他人其々だと静かに黙し、悠紀は真直ぐに前を向き歩んでいくことに戸惑いはない。行く先の果てには何もないのだ、虚でもあり無にも等しい世界が存在するだけだ。そのことを訓え告げても、誰一人信じはしないことも知っているが同志は心に感応してくる。悠紀は、彼への想いを解き放ち旅立つ為に翔けた。
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悠紀の彼・14

2023年11月12日 | Weblog
 悠紀は、電車を利用して市内に出かけていた。人混みというか大勢の他人の犇き合う状態が苦手で、用事以外には立ち寄らないでいる。その日はへんてこな日で、本屋に長居し過ぎ慌てていたのもある。店を出ようとし、前方不注意で誰かとぶつかり…えっ?躱されたわ。思わず悠紀は、瞬きと同時に相手を見た。

 彼だわ!だが、向こうは悠紀には気づいていない。まるで異世界に居るように、悠紀の存在はなく話の内容から誰かと言葉を交わしている。悠紀は何が起きたのかが直ぐには分らず、突っ立ってしまう。彼の姿は、齢を経ており中年に差し掛かっている。ふと悠紀は疑念に駆られて辺りを見回すと、地下道に居た。

 悠紀の感覚が戻るにつれ記憶の鮮明さで、そこは古の都に続く回路だと知れた。悠紀は、過去への扉に入り時間を遡っていた。だが心に蘇る映像に反して、何故?という想いの方が強く押し寄せて来る。彼に出遭うのは、この時なのだろうか?悠紀の心は揺れ眩暈もしてきた。彼の声が近づき「だいじょうぶ…」

 悠紀は黙って頷き、真直ぐに彼を見た。間違いなく彼だが、悠紀のことは記憶に存在していないと判る。この状態で告げる言葉は見当たらず、未来への展開を教えられもしない。悠紀は胸の中に溢れかえる想いを必死で抑え、彼の往くのを見送る。彼に遇えたことが信じられず、一言も話せない侭に悠紀は震えた。

 電車の発着があったのか、うごめく他人が移動して喧騒に我に返ると本屋を出ていた。悠紀の心は、彼の姿に捉われ想いが広がり宙に翔けるのだった。何かを停めなくては、このままにはできないのよと悠紀は強く感じていた。時間軸が何かで違えたのだ、思念の中に好ましくないものがあるのを視て瞳を閉じた。
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