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枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

一日のありがたさ

2009年03月11日 | Weblog
 高齢になると、暇を持て余す。という環境は、普通の生活をしていれば、必ず生じてくるのではないか?若い時には、身体も力をあったのが、自然消滅してくる。それで悠々自適の生活が、送れれたらいいのだ。先ず、無理である。

 幾許かの贅沢を知り、慣れていると、野菜中心の生活も、他のこともできなくなる。たった1枚の紙ではあるが、〇のつき具合で、懐も加減されるし、収入がないとなれば、生きていくのは最早できない。

 一昔前のように物々交換でも、自分の持って入る物を優先して、高く言えば、商いは成立しないもの。猫の額でもいいが、畑でもあれば自然にできたもので、食材があり、なんとか凌げる。が、それで納得するか、我慢するか、しないかでもあろう。

 我が家は、今冬、大根を大量にもらって、いろいろに使うことができた。何よりも風邪を引かなかった。風邪らしいのは、ちょくちょくあったが、寝込むほどには至らなかった。精神的な気持ちの張りもあったのかもしれない。

 極力、病院に行かないように、することが結果としては、よかったのかな?枇杷茶と、枇杷酒を飲んでいた。何も特別なことをしたのでもない。ご馳走を腹一杯に、食べていたのでもない。野菜、それも大根や、生姜や、芋、といった旬の野菜だけで、胡瓜やトマトはまったく口にしなかったよ。

 これは、弁当のお陰です。外食や給食では、色目がどうのと、必ず使うから困るの。芋のにっころがしは美味しいねぇ。蒟蒻や、切干大根、干し椎茸等、乾物も利用しました。

 一番困ったのが、林檎です。生協で買う林檎のどれもが、傷みがあるわ、不味いわ。さんざんでした。農薬がかかっている上に、高くて不味い、とあっては詐欺だ。ほんとうにぱさぱさしてて、食べれないの。

 木村さんの林檎を食べてみたい、と思うのだけれど、購入できない。子どもの頃には、木の箱に、籾殻と入っていた林檎には、りんごらしさがあったんだ。最近はないね。

 特に生協は、価格を吊り上げているだけに感じる。足掛け、7年以上も、本当の林檎の企画をして!と叫ぶ会員の意見を取り上げない。けしからん!!都会の生協は、ましになっているけど、田舎は改善の余地もないのが現状です。

 庭の、クリスマスローズです。白、緑、ワインレッド。ピンクがあります。
 色々な花の色があるよう。枇杷の根元が夏場、涼しいので置いている。
 糠と塩で、株が張って茎が太い。初夏まで咲き続けてくれます。
 
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聴こえる足音・・・

2009年03月10日 | Weblog
 風が強いけど、寒いというほどでもない。春が間近いのねぇ。車で走行中に桜が咲いているのを発見!!梅ではなく、しっかり桜です。

 市内の川沿いにある2本だけが、どういう訳か毎年咲く。さくらんぼの桜の木だと、花弁がとても薄い桜色です。でも、これはきれいな桜色。しかも、ちょっとばかり、濃い色にも見える。

 近くには病院があるのだが、入院されている方を、慰めるように咲き誇っているよ。やさしい心になれるね。我が家の水仙は、早生なのかな?あちこちでは今が盛りと咲いているんだねぇ。と言っても、まだ咲いていないのもあるんだよ。

 郵便はがきに、インクジェット紙がある、というので買った。パソコンで写真を転写したらば、とてもきれいにできた。従来のはがきでは、微妙に色がくすんでしまっていたのだが、これはいいです。やっぱね、売れる方法を、考えなきゃ、誰も買わないよ。

 絵手紙が流行るのも、自分なりの絵が描けるからですもの。上手い、下手という基準ではなく、オリジナルだからいいのです。私も、自分で取り込んだ写真が使えるから、したのであって、誰かと同じでは書きません。切手も、自分だけので、いろんな図案が作れるならいいのですが、枚数と絵柄は単一らしい。

 小説でいえば、自費出版かな?私は、差し上げる相手を想像したり、四季折々の図柄を貼って出したい。まあ、自分勝手な理由ですが・・・。『切手のない贈り物』を思い出すよ。

『15歳の君に』は昨年の、全国合唱コンクールの、課題曲だったけど、アンジェラ・アキさんが、自らピアノを弾いて歌う姿に、胸の中が篤くなった。最近の若い人の歌は、ちょっと苦手だったが、昔の自分を思い出して、涙腺が緩みそうになったのだ。

 青春時代に、いつしか書き溜めた、誰に出すとも決めていなかった、または出せなかった手紙の束を、春ののったりとした曇を見やりながら、燃やしたことが甦った。

 あの頃は、交換日記も流行っていた。むろん異性とはできなくて、同姓でしていたが、私の書くペースや、分量が多すぎて、相手が閉口してしまった。というか、熱中しているのは私くらいで、ほとんどが直ぐに厭きてしまったものである。止める理由が、毎日書くことがない。であった。

 先月の、枇杷の花芽の状態です。1枝についている花芽が、そのほとんどを咲かせているのですが、中にはちらほらと今から咲くのもあって、結実がどうなるか心配させます。
 宇宙はいつしか春の夜空に。明日は満月。金星も輝きを明けの空に移していきますね。土星が観えてきますよ。天空は、世界中の何処からでも観えますね。
 星座の位置は変わらないのですね。
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温む風に

2009年03月09日 | Weblog
 玄関の梅も、ほぼ満開になりました。何処となく、風が温んで感じられます。鶯の声は、まだか細いか、寒さにじっと目を閉じているかでしょうね。道端の草花は霜の露を輝かせて咲いています。

 蓬も新芽を伸ばしてて、草餅が食べたくなった。祖母は、お雛様の雛餅を、緑は蓬で作り、赤いのは紅花でしていたような記憶がある。黄色は梔子である。色粉ですれば簡単ではあるが、田畑の畦を鎌を片手に探して歩き、笊にたくさん採って来る。

 そうして裏の湧き水できれいに洗い、湯がいて餅に入れ、杵で潰して餅に仕上げてくれたっけ。お正月用の餅搗きや、小正月のは父が搗いたが、普段には、母と二人で難なくしていた。子どもにとっては、腹が減って、食べたくなるのはその時だから、祖母は手伝わせはしたが、待たせることをしなかった。

 あの時代に、米を作ることは並大抵ではなかった。機械があるとはいっても、みな手作業が主体である。しかも力仕事の大半を、女達がしていた。学校へは行けても、勉強をしなければならず、家に帰れば、手伝いが当たり前であった。ずる休みなど、しようものなら、田んぼに連れて行かれるのが落ちだった。

 なんだかなあぁ、青い空の下では、まだるっこくて、ゆっくりと時が経っているようだったよ。擦り傷、切り傷はしょっちゅうで、打ち身や捻挫もやっていた。けれども祖母はいつも、何がしかの方法で手当をしてくれて、病気らしいものはしなかった。

 医者ともあまり付き合いはない。その点、兄はひ弱で、大事にされ、医者にばかりかかっていた。今は、どっちがよかったかわからないね。

 祖母は、ねばり強く、機転の利く性格で、公明正大であったため、の中では信頼を置かれていた。努力と工夫を怠らない人であった。戦争で殺された息子を、生きて返してくれ、と声を殺して泣いていた。

 私は小さかったが、今もはっきり覚えている。気丈な祖母が、金杯を町長からもらうのが、息子が靖国神社に祀られると通知が来た時、出掛けに何事かがあって、急遽父が代理で行った。

 祖母は、黒の紋付、羽織を着たままで、座敷にじっと座って、静かに泣いていたのだ。閉めた襖の隙間から、かい間見た祖母は、哀れな一人の母親であった。

 百姓が辛いとも言わず、何をするのも面倒がらず、人の2倍も3倍も働き続け、死ぬ間際まで、田畑を気にかけていた。昔の人は、皆がみな、天地人であった。

 枇杷の苗。四国のみやげです。食べた後の種だけもらいました。東側に、鉢で置いています。ここは道路と川との境にあり、フェンスで囲ってある。

 我が家では、ここを使って、蔦を絡ませ、バラを這わせて、泥棒避けにしています。車道でもあるので、目隠しにもなっています。
 枇杷の苗は、なんと双子でした。種は一つでしたから一卵性双生児でしょう。
 
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旧暦の頃には

2009年03月08日 | Weblog
 三月、といっても、旧暦で言えば、まだ紀元節の頃です。雪が降って当たり前です。寒いんです。暖かい日があれば寒い日に逆戻りする。こういう時期に、風邪を引き込む。うっかりしているから、治りにくい。今冬には、大根の葉を大量に湯がき、また大根を采の目に切って、蜂蜜と漬けたり、生姜と蜂蜜を混ぜて、湯煎して飲んだ。体が温まって、調子がよかった。

 枇杷酒も毎晩飲んで、夜半に起きなかった。途中で起きると体が温まるのに時間がかかり、それで風邪を引いたりしていたのだ。むろん手洗いとうがいは、欠かさない。湯たんぽが、足元から包み込んでくれるから、安心して寝られた。腰痛も、危険を感じる前に湿布をする。ほとんど痛みもなかった。身体の芯まで冷えては困るので、ほっかいろも下着の上に貼っていた。

 足裏、腰と肩を冷やさない工夫をした。枇杷葉で簡単にできたことが成功につながったよ。化粧水も、枇杷茶でするからまったく買わない。肌荒れもなく、しっとりとして艶々である。今年は、柚子の種も漬けたから、霜焼けにも効いたよ。杏の種のエキスも取れたんだ。すんごい滑らかです。ファンデーションは、作れないから買うが、安いのでも大丈夫だった。

 下地というか、基本がしっかりできていればいい。ということに今更ながら気がついた。時間をやりくりして作っておけば、結局は手間要らずなんですね。ネットで買えるし、安い化粧品は何処にでもあるもの。唯、肌荒れが酷かったら困るよね。アトピーの人には、合いそうですが、まずはお茶から飲んでみてください。枇杷茶で飲んで、身体の毒を出してからにしてね。

 枇杷湯もいいでしょう。化粧水は、カルキの入っていないのでしないと、どうしても肌荒れの原因になります。根気とやる気に、自分で治したいという思いで、やってみてくださいね。諦めないことと、自分のやり方の工夫も、忘れないでいてね。まあ、私が成功したから、と言っても、全員が出来る訳ではないです。強いて言えば、匙加減でしょうか?

 落語ではないですが、双方の想いが合体しないと、完璧外れちゃいます。枇杷葉に懲り始めて、4年目ですが、その間にはあらゆる失敗をしました。何度も挫けそうになった。視点を変えようにも、どうしたらいいかもわからなかった。人生ってと、思わず(小椋佳作詞・曲)を歌ってました。

 美空ひばりにはほど遠い声ですが、自分を励ます意味で、口ずさんでいました。悲惨な結末になる一歩手前で、瑞光が視えた時は、言葉になりませんでした。人生いろりろ、島倉千代子です。まるで吉本の脚本になりそうな数年間でした。

 これも、一重にAさんを初めとして、千葉のRさんや、サンタさんや、イタリアに行ってしまったMさんなど、大勢ではないけれども、私を見捨てないでいてくださったからです。ありがとうね。感謝に耐えません。最後に、ここを縁あって訪ねてきてくださるみなさま。こんなに大勢の方に、読んでもらえるとは思ってもみませんでした。

 私の勝手気儘にお付き合いくださり、ほんとうにありがとう!!今後も、可能な限り、更新をしてまいります。宜しくです。

 芍薬の白。薄いさくら色と、濃い桃色があります。啓蟄前後は、赤い新芽が1cmばかし、のぞいています。この立ち姿に憧れます。
 年を重ねていっても、くたびれた格好は嫌です。自分にあったライフスタイルの中で、自然にしていたいな、と思っています。
 
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梅は咲いたか、桜は・・・

2009年03月07日 | Weblog
 乾燥機。洗濯物を乾かすのはいいが、フィルターの掃除をしろよ!使ったら使いっぱなしをするなあぁ!!掃除の基本は、汚さない工夫に尽きます。我が家の掃除は、自慢ではないが、1ヶ月に1回くらいです。

 いや、掃除機での掃除です。後は雑巾掛けをする。枇杷茶をペットボトルに入れて左手に、雑巾を右手に持って、廊下を行き来するんです。ひな壇の腹も、いつしか引っ込む。一石二鳥♪横着をしない。

 電気器具を過信しない。たらふく食べ、取り返しの付かない体型になってからダイエット云々、ぐだくだ言っても遅いのです。おいしい物は腹八分。ここが我慢の限度です。

 私は、野菜中心の生活に切り替えて、風邪もあまりひどくならない。また、寒中の時期に、大根の葉はもちろん、生葱や生姜、旬の物をたっぷり頂くので、体調がいいのです。

 医者も病院もなければ困るでしょうが、できるだけお世話にならない身体を、保持することに努めています。それには枇杷茶が合ったのでしょうね。

 先程も、前の勤務先の方が見えて、枇杷葉のことを聞いて帰られました。自分地の畑で作っているのです。これを使わない手はないでしょう?枇杷酒も、たくさんできて飲めます。買えば高いです。宝の持ち腐れ、とはこのことです。

 今度から、講習料をもらおうか?ファイル代も莫迦になんない。どの人も、簡単に教えて。と言われる。教えてはあげますよ。でも、感謝の気持ちが、あるのでしょうかね?無料って、一番高い、と思うな。苦せず楽しよう、そんな心では、病気は良くならない。

 キリストの教えは、我が身を犠牲にしても相手の命を助けて!と祈る。クリスチャンではないよ。だけども、それくらいの覚悟がないと、できないことが多い。命の変わりはないもの。あの『エリノア』のように、気高い心が存在しなければ決して叶わない。

 自分の命と引き返るに値はしない。助けてあげたくても、助けられない、助けてはいけない、そういうこともある。助けてあげられる命はどう願っても、一つしかあり得ないのです。

 私の願いを神が聴き届けてくれたら、新たなる生命の誕生に向かって、旅立てるのです。輪廻転生。因果応酬。宇宙の摂理。私は、何処から来て、何処に向かうのか?あの阿修羅のように、幾億の時を超えればいいのだろう・・・。ああ、奈良に行きたい。さようなら、ぐっばい!違うか。

 ジョーク1  仏像を掃除していないのは誰だ。おまえか、沖田。起きたら掃除をしておけ。ぶつぞう!!
 ジョーク2  今日は、京都を旅行中に、きょうとかった。(こわかった)
 ジョーク3  柳生街道を野獣が行く。
 あはは。つまんねぇ・・・。Yさん。笑っているでしょ。大口開けて笑ってないで、こういうのを考えてね。
 
 玄関の梅が、咲き始めて台所から見える。白梅です。きれいだなぁ。これね、初めは紅梅だったのよ。ところが接木していたんでしょうね。上が白梅で、下が紅梅になって咲きだしたの。不思議だね。驚いちゃったよ!!

 糠と塩を入れている関係か、虫を狙って、野鳥が来ている。土の中には、蠢いている生き物がいるんだね。今更のようにびっくりしたよ。自然の力って、すごいよね。

 淡路枇杷、田中です。北の、日当たりが悪い場所ですが、懸命に育っています。生命の神秘さは、人間だけではありません。四季折々の様子が、また日々の変化が見られて、宇宙の偉大さを感じます。
 
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春2番かな?

2009年03月06日 | Weblog
 夕刻から雪交じりの寒い天気に、頭がキリキリとする。今日は、ほんとうの休み。朝寝坊を決め込んだ。起床したのは、AM9:30。30分ほど寝床でうじうじしていたため、銀河のキックをくらった。ああ、ご飯ね。わりぃ、わりぃ。枇杷茶もないがな。

 朝やら昼やら、わからない食事。新聞を読みながら珈琲を堪能。おいしいねぇ。洗濯が終了したので室内に干す。枇杷湯の残り湯を使うため、臭いがしないよ。何やらへんてこな洗剤も、購入しないで済む。湯船は、ちょっとした枇杷色になってはいるが、体が痒くなったり、肌荒れを起こすことはない。安心である。

 観葉植物や、庭木の水遣りに、風呂の残り湯を使用するが、ぬるま湯が案外いいようですね。まったくのさら湯でなく、ぬるま湯がいいとは知らなかった。でもしていたんだよ。これは直感ですが・・・。

 ふふふっふ。例年、失敗するスイトピーの苗にも、今年は塩を少し入れてみた。青々としている。茎もしっかりと太い。枇杷苗は、根さえあれば、枯れているようでも、新芽が吹くよ。

 鉢植えでも、野外に置いて管理がいいですが、どうしても心配な方や、寒い地方では、室内管理をお薦めします。但し、水分は充分遣ってください。冬場だからといって、設置場所によっては、かなり乾燥しています。これが枯れる原因です。葱の皮や玉葱の表皮は、枇杷の根元に入れてください。

 我が家では、葱の根から芽がのぞいてきました。ヒヤシンスや、カスミ草、薔薇と、小さな芽を無数につけていますよ。なんだかわくわくしちゃう。台所のシクラメンも、次々に蕾を出して、可愛い姿を見せてくれます。ポニーテールなどは、一気に育って、どうすべぇ。という勢いです。

 私の手に合った物は、調子がいいのですが、中には何度購入しても、絶えてしまうのもありますね。でも性懲りもなく買う。家族には、呆れられたりもしますが、ヘリオトロープには、つい手がでてしまいます。母の日のカーネーションはいりません。これにしてくださいませ。(家人がここを読まないので、書き込んでいます。)

 花の色も、白が圧倒的に多い。ついで青系や、赤。そう言えば、服の色もダントツに青系。基本は黒で、白とのモノトーンになる。まったく変わり映えしないが、シンプルがいい。体型も変化しないから、経済的です。

 時折、小物類が千葉のRさんから届いたりして、アクセントに重宝するの。収入が少なければ、そういう想いが膨らむよ。勤務がアクセサリー類は、一切だめですからね。出不精では、装飾の必要もないし。小奇麗に、身奇麗にはしてます。それで充分だと想っています。

 雨上がりの一時、強風が吹き荒れました。ちゃぶいょ・・。庭に出る気が失せてしまいました。敢え無く挫折!根性がないよね。あはは。膝には銀河が乗っかってきて、お・重い・・・。だんだんとずり落ちていっとります。

『七瀬ふたたび』の、テーマソングです。以来、手間いらずで、我が家の庭に植わっています。前回も、今回も、七瀬は美人だなぁ。名前忘れちゃったけど・・。あ!多岐川裕美は覚えてます。何しろ、少年ドラマシリーズの、本まで買ったものね。え?DVD、もちろん持ってますよ。
買いでか♥
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啓蟄、雨降って・・・

2009年03月05日 | Weblog
 夕方から降りだした雨である。日中はすこぶるお天気であったのが、崩れたようです。梅の香が、心地よいですね。花からは酸っぱさでなく、爽やかさが感じられて、好ましい。

 枇杷の花は、先月の6日の誕生花なんですね。冬にはその時期の花かとばかり思っていましたが、案外夏の花が入っていたりです。誕生日の花を、プレゼントされるのも、好きな花ならいいのだが、躊躇うような花だったら困りそうです。

 私は、その条件がピタッと合っているが、悲しい事に誰もそれに気づかないようです。しかも高いのね。まあ、我が家に植えてあるからいいや。と変に納得する。誕生花も、ほんとうにしっくり似合っている人はとても少ない、と思うのね。

 そういうことは、隠れて努力したい。でも、視えない部分は、感じ取ってくれる相手でないと、生涯、表面に出ることはないでしょうね。努力って、これ見よがしにすることではないからね。

 自分のしている仕事を、誇りに思えるか、というと些か残念だが、答えに窮するよ。自己満足では、決してできない。今日もね、排泄失敗があって、気持ちが悪いものでご機嫌が悪い。

 しかも自分でしたい。そうでしょう?するべき場所でしたいのが、できなくて汚れてしまった。感情が押さえ切れなくて、声を荒げてしまうんでしょ?

 私は、思わず抱きしめてあげて、心が落ち着くようにしてから、着替えてもらったの。何を言われても、ただただ頷いてあげ、本人の望まれることを優先したよ。ちょっと時間はかかったけれど、着替えを済ませた本人は、ほっとしているのがわかった。

 手を差し出すと、にっこりして握ってくれた。子どもの頃に、失敗してとても恥ずかしかったよ。その時の微妙な心って、深い処で傷ついているんだ。親は、子どもの体調は元より、何気ない言葉でも、傷つくということを知っていてほしい。

 医学が進歩して、死にたいのに、死ねなくなった。認知症が現れていても、心臓はしっかり動いている。自分の動かない身体を呪っても死ねない。その現状にすっかり戸惑い、腹を立てている。みんな同じなんだけど、対応には個々に違っていいと思うよ。でもそいうのには時間も、心も、何倍もかかるね。

 孫が風邪を引きそうな時、必ず甘え方が違うよ。熱の出る前で、クラゲ状態。うるさいくらいまとわり付くよ。だっこして、負んぶして、おーよしよし。私も年を重ねた時に、何もわからなくなったとしても、やっぱり邪魔者扱いはいや。

 死に直面していても、生きている間は、人として扱ってもらいたい。尊厳とはそういうのではないかしら。まあ、当たり前といえば、至極当然なことです。

 12月の、花芽の状態です。まだ、咲いているのもちらほらで、夜半に漂う匂いにうっとりしていました。枇杷は、夕方くらいからが、強くなるようですね。枇杷葉を採って適当に切り、焼酎に漬けるのも、この時期です。3ヶ月後には使用できて、切り傷や擦り傷はもちろん、水虫にも効果が大きい。

 ジャムの瓶などに花芽は漬け込んで置き、後で果実酒の瓶に移し変えてもいい。もちろんですが、焼酎も足しておきましょう。これに種を入れると、香りが違ってきます。2年から3年物が最も美味しいです。ひじょうに美味です。
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波立つ心

2009年03月04日 | Weblog
  
 人間の持つ雰囲気。それを醸し出す姿の、なんとよく似合っていることであろうか。子どもの頃の、純粋な心では、誰しも同じ瞳の輝きが、そのまま現れる。育つにつれて、環境やら、関わる人間の対応で、変化して性格・人格を形成するのだ。

 また、同じ親でも、対応によっては、著しく違う。人間であるが故に、心が変わってくるのかしら?この年になってきて、しみじみと思う。親や兄妹って、一体なんなのか・・・。貧乏より、お金持ちがいい。ブスより美人がいいのは、わかりきっていることだが、100人の人間が居て、99人のブスが居なければ、1人の美人はできない。

 でも、それを決めて、たった1人の美人のために、99人のブスで終わることもない。ちょっとした配置違いで目も鼻もある。美人以外は、空気を吸ってはいけない。と言うのなら別だが、そんな条例はないのです。

 外見は、化粧で誤魔化せます。できないのが心です。心は、どんな美人も、醜い顔を晒します。私にはそれが視える。認知症は、心が純粋に還っていくのではないかしら?食事一つをとっても、自分の納得した食べ方をすれば、他人の配膳には手を出さない。

 時間ばかりを気にして、心の中で、いらついていると、とんでもない展開になるのだ。荒れたざらついた気持ちでは相手には通じない。心を通わせることの難しさに、言葉もない。日常生活の、援助をしているのではあるが、途方に暮れて泣きたくなる。教えられることのなんと多い日々であろう。

 個々の人に合った対応がいいには決まっている。でもそれが、何故できないのかしら?しようとしないから、とも思えるのは、私が未熟であるからか。毎日、目標を決めて、その1つをして帰路に着く。できないことの方が多いが、明日に望みを託す。私にできることは、心で接する、ということ。これからも私なりの工夫で、学んでいきたい。

 勤務時間が不定なので、我が家のしなければならないことが、次第に増えていくの。今日は、剪定した月桂樹の木を、束ねてゴミにしました。何処ででも焼けませんから、可燃物で出します。近所の小父さんが、ほうれん草と水菜を分けてくれましたよ。野鳥が狙って、来るそうです。ネットをかけていますが、無農薬かな?今晩は、ソーセージと、ほうれん草を焼いて食べよう。

 昨日は、巻きずしをし、夕飯でたらふく食べ、今日の昼にも持って行った。弁当のいいところは、残り物で済むし、野菜が入れられることです。栄養のバランスも、確かに大切ですが、それをすると生活できません。バッジを付けて、ふんぞり返って居眠りしていても、給料が転がり込んで来る訳ではありません。

 世界中の至る処で、じっと手を見ていられる人間の多いことかしら。最悪では、じっと手などを見ていられない状況の方も大勢かもしれませんね。

 春の陽射しに佳く似合う花です。これはナメクジの好物らしく、翌年には咲きません。初夏から、秋口にかけて、あっという間に平らげてしまいます。ソラマメの皮があれば、退治できることがわかったので、今年は試してみよう。
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淡雪に・・・

2009年03月03日 | Weblog
 朝、深とした空気に、寝ぼけ眼で外を見た。うっきゃあ♥雪だよ。しかもボタン雪がぼたぼたと降っている。まるで白いボタンが宇宙から落ちてきているようですね。ふわふわの毛糸玉みたいできれいでした。しかし、春の雪ですね。あっと言う間に溶けていく。

 午前中、しこたま降った割には、今はその残骸もない。淡雪の儚さかな。なんだか初恋を想い出す感じでした。初恋って、カルピスの味、だってCMがありましたが、あれは、某飲料水の陰謀です。時々飲んでおりますが、微妙な変化についていけません。

 今朝の雪は、一方的な片想い。いやぁ、肩が凝っちゃった。え?寒くてさ。積もれば両思いで成就するところが、片想いなので、儚く消え去る訳です。でもね。そういう感情も、今では懐かしいよ。あの時代に還れないからこそ、初恋の人って素敵なんです。

 自分はといえば、あれからちっとも変化がなくて、目立たないし、際立つこともなく、普通に生活している。それなのに、他人から見れば、何故か人を惹き付けてしまうようです。自分では決して気がつかない部分です。本が好きで、読み、書き、楽しんできました。今も、未来にも、これは変わらないでしょう。

 知識のほとんどを、書籍で補いました。対人関係が苦手で、殻に閉じ籠って、自分だけの世界で満足していましたね。社会への順応性に極力欠けています。自分の想いと、他人の思いが同じでないことに、ひどく神経をすり減らして、身体中を血だらけにしていました。

 視えないからこそ、やり切れなくて、暗闇でひっそりと蹲っていた。神の一筋の光りにさえ気がつかなかった。自分を消してしまえたら、どんなにいいかと祈っていた。やさしい気持ちになれたのは、灰谷健次郎さんのお陰です。彼の握手してくださった、温かで、ごっつい手は忘れられません。

 吉岡たすくさんも、手紙を書けば、必ずお返事くださった。講演も移動できるかぎり、お話を聴きに伺った。光瀬龍師は、今も我が心に、優しい眼差しを注いでくださる。御三人とも、きっと向こうでは、静かに微笑んでおいででしょうね。

 夢で視たのよ。壇上の瑞光煌めく彼方に坐、師の優しい眼差しを・・・。亡くなられる直前、別れを告げにこられて、後日、奥様にお伝えしたら、ピタッと時間が合っていました。そういう不思議なことってあるのですね。お彼岸が近くなると、想いが強くなってきます。

 昨年の汗ばむような日に、花芽がないかと見た白枇杷です。10年目になりますが一向に変化なしです。向かって、左が地植で、右が鉢植え。こちらは南側から、夏に移動した白枇杷です。背丈はどちらも1m前後で、木の周りも、さほど大きくありません。

 伊豆の下田のような場所でも、結実には年数がかかるのですから、諦めないでいようと、じっと忍耐の日々。心をかけて、声をかけて、祈っています。
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時はうつろいにけり

2009年03月02日 | Weblog
 弥生。3月です。つい先日が、お正月だった気分でいましたが、あっという間でしたねぇ。二月は『逃げる』ともいい、なんだかんだで、時が移ろってしまった感がある。

 昨日も例の如く、パソコンの調子が捗々しくなく、ご機嫌を損ねた。原因は、わたくしです。勤務先で、トラブッタまま帰宅し、憤怒収まらぬ状態でパソコンに向かった。ここも書き込みの終了直前に、ぶっとんで行方知れずである。そうこうしている内に、午前零時である。だはぁ・・・疲れたよ。

 千葉のRさんが心配で、電話をかける。飼い猫も心配らしく、後を追って来た。と話す。ハリーって、すんごくやさしいね。銀河もね、玄関に胡乱な奴が来たら、ものすごく嗅がす。きっと本能でへんなものが視えるんだよ。

 眼科も定期健診が必要なんだね。私は耳の聞こえが悪いと、Drに言われています。まあ、いずれにしても、若くはならないんですから、お互い気をつけましょう。健康な身体は、市場では品薄状態らしいです。予約をするにしても、ちょっと先になりそうですね。

 枇杷は、本来は農薬などかけてはいなかったのですが、消費者の見栄えを気にする傾向から、対策としてするようですね。正直、不味いです。枇杷には元々、殺菌作用があるのと、皮を剥いて食べるのです。外見はさほど問題ではないのです。怖いのは、農薬です。桃や、枇杷には、せんだんの木があれば、農薬の代わりをしてたわわに実が生るらしいです。

 自然がもたらす福音を大切にしましょう。我が家のは、農薬を買いませんから、1滴もかかっていません。甘酸っぱくて、とても美味しい。ただ、粒は小さい。自然に任せていますから、多少の見目は不細工かもしれません。でも、健康でいられることの方が、どんなにいいか。

 夏には1枝送るね。ここのブログにある、あれくらいです。種が、すんごく小さいよ。花芽と一緒に漬け込んでおいてね。年末には呑めるから、200ccを1800ccにして蓄えておいてよ。それが3本あれば、ふたりで1年はありそうですか?もし足らなかったら、連絡ください。

 我が家は、枇杷葉で充分です。というのも、湿布で使うので、それがないとだめなのです。ここに花芽と、種を入れております。これが味も香りもいいのです。市販の枇杷酒を買いましたが、思ったより甘くてがっかりしました。

 アリッサムは年中、何処かで咲いています。冬にも陽だまりで、群れてきれいでした。先日の少し暖かかった日に、苗をあちこち見つけました。

 園芸店で買ったのは、赤、白、紫でしたが、赤が消えてしまいました。
 
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