フルートおじさんの八ヶ岳日記

美しい雑木林の四季、人々との交流、いびつなフルートの音

藤沢周平 「蝉しぐれ」

2009-04-28 | 濫読

海坂藩の内部抗争に巻き込まれた、下級武士牧文四郎と幼馴染の、心を寄せるふくとの淡い恋を軸に、藩と身分、下級武や農民の暮らしぶり、清秋群像などが生き生きと描かれている。日受けん「村雨」ガ使われる立会いの場面はスリリング展開で引き込まれた。さらに、美しい日本の原風景が描かれているのも、見過ごしがたい。

DVDで映画を見たが、藤沢周平の筆致が冴え渡る。この原作の迫力はさすがで、映画よりも臨場感を感じる。

冒頭の次のくだりは、「アダージョの森」の情景を思い起こさせてくれた。

「そして。隣家との境、実家の裏手には欅、楓、朴の木、杉、すももなどの立ち木が雑然と立ち、欅、楢が葉を落とす冬の間はいかほど軒でもないと思うのに、夏は鬱蒼とした木立に変わって、生垣の先の隣家の様子も見えなくなる」

20年の歳月が経ち、ふくとの再会を果たした助左衛門(文四郎)は、耳を聾するばかりのせみ時雨に包まれ馬を駆り、物語は終わる。