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日本遺族通信 11月の九段短歌

2008年11月23日 10時43分04秒 | 日本遺族通信

            
              平成20年11月靖国神社社頭に掲示された遺書
             「最後の手紙」 海軍二等兵曹 西島 光男様 (24歳)
                昭和17年11月11日印度洋にて戦死

(中 略) 自分も 某地 に帰着以来は益々元気で軍務に精励致して居ります故御安心下さい。
今日再び命を受け ○○ 方面 に作戦行動致す様に成りました。行動中は勝手乍ら御便りが出来ませんので其の点御心配なく。
(中 略) 最後に御一同様の御健康を祈る。
では元気で任地に向ひます。
皆々様も嬉んで送って下さい。                          
左様奈良
                               呉局気附報國丸
                                    西 島 光 男
上記「最後の手紙」の一部を転記させていただきました。 合 掌
毎月毎月お若い皆様の家族へのお別れのお手紙に涙無くしては読めません。
時代とは言え本心で任地に向かったのでしょうか。 
当時の軍国主義を率先した心ない一部の方に洗脳されていただけではないかと悔しくてたまりません。
父の手紙も同様に、どこに居るとも書けずに、「春が過ぎ、夏秋も過ぎ、やがてくる冬の訪れに風邪などひかせないように・・・」と私を気遣う手紙、今から思いますと、この時は日本の季節感
を味わえる近くに勤務していたのでは  と、毎号の誌上の遺書を拝見するたびに父を偲び、恋しくて涙してしまいます。
昨今のTVで今の若者に「夢を持て」は禁句とか。確かに不安な世の中に住みにくくはなっていると思いますが、無我夢中で生きてきた昔の人間からしますと「我慢の欠落」を感じます。
幼い時から祖父母に育ててもらいましたが、 
「腹が立ったら一唾飲みなさい」 
「書いた文字は消せるが口で発した文字は消せない」
「世の中に他人はいないと思い、常に心を丸く持ちなさい」 ・・・等々。
祖母とは小学校4年生の時に母を失ったように、祖父との別れは、高校3年進学を左右した大切なときでしたが、長い人生に祖父母の教えにどれだけ助けられましたことかと、いつも祖父母を
大切に偲んで居ります。

今号にも全国から鎮魂の歌が寄せられておりますのでご一読頂ければ幸いに存じます。

   暑き日も時季が来りて盆も過ぎ秋風吹きて平和のあかし   米子市  女性
   祭壇に菊花あふるる慰霊祭戦いに散りし父の声聞く    十和田市  女性    
   祀られし御霊はいかに挑むるや満たされし世の荒みし様を  豊橋市  女性
   片隅の野草のカット絵やさしかり戦死の父の垢染みしノート 青森県  女性
   夕早く灯籠ともりし宿に居て父を偲びぬ時が過ぎゆく    大阪市  女性
   われ最早戦死の父の二倍半この世に在りて何を為せりか   南相馬市  男性
   焼け焦げし曠野を踏みしこの軍靴古里の日に虫干しする    篠山市  男性
   慰霊の日摩文仁の丘の日差し濃し海青く澄み悲しみは深し  名古屋市  女性
   靖国の社で求めし銀杏苗わが背をこえて新緑出づる     うきは市  男性
   激戦の中支に果てし兄の碑は炎天に焼け蝉鳴き立てる     京都市  男性
   終戦の報らせも知らず戦病死兄の胸中思へば悲し       湖南市  女性
   亡き父の励まし受けむと軍事郵便かたへに式の追悼の辞書く  千葉市  私

コメント (2)
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