独り居の充実ライフを求めて!

ご訪問を頂きまして有り難うございます

素敵な絵手紙を頂きました ー18ー

2014年08月29日 18時35分09秒 | ダンス

            
                       嬉しい は先輩ご夫妻様の作品です

          ダンス教室でお世話になっております先輩ご夫妻様の作品をご紹介させて頂きます。
         奥様が素敵に風の盆の踊り子を描いて、ご主人様が素敵な筆文字を添えて下さいました。

                風の盆のご紹介 http://www.yatsuo.net/kazenobon/

         独特の胡弓の音に耳を傾けながら23万人を釘付けにする “おわら風の盆” と言われております。
      素敵な踊りに魅入り、夜遅くまで風の盆を楽しみましたのは、もう10年以上も前になりますでしょうか
          素敵な絵手紙の  に高校時代の友人達との楽しかった2泊3日の旅の想い出が蘇りました。
                    Mご夫妻様、誠に有り難うございました

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おかげさまで7歳のお誕生日を迎えました

2014年08月22日 20時55分17秒 | 未歩ちゃん

      
         おばちゃまから素敵な  の  を頂きました

今春1年生に入学以来元気に夏休みを過ごしております。
絵日記、朝顔の研究、書道展出品に初めて毛筆の「たね」の練習に、初めはどうなることかと心配しましたが、「お誕生日までに頑張る」と難しかった「ね」も何度も挑戦して文字らしく  
書けました。
又、先日の「東京都葛西臨海公園」、猛暑の中の「上野動物園」~東京国立博物館にて開催の「故宮博物院展」、見学にも連れて行きました。
図書館にて本や、紙芝居を借りる方法を学び、孫のおかげでしばらく振りで紙芝居を楽しんでおります。
これからも元気にお友だちとも仲良く、新学期に向けて学校生活を楽しんで欲しい!と願っております。

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日本遺族通信 平成26年8月15日号 遺書と九段短歌     

2014年08月18日 06時00分00秒 | 日本遺族通信

 
                      平成26年8月 靖国神社社頭に掲示されました遺書 合掌

平成26年8月15日は69回目の終戦記念日を迎え、東京武道館において全国戦没者追悼式が挙行されました。
式典には天皇、皇后両陛下をお迎えして、全国戦没者の遺族約4600人が参列、先の大戦で亡くなりました軍人・軍属や民間人約310万人を追悼しました。
参列した遺族の最高齢は難波いそ様(100才)でした。
過去の苦労を思い出して涙する場面も在りましたが、その苦労も癒えましたかのようにお元気なお姿で穏やかに平和を願うコメントを述べられましたお姿をTVで拝見致し、
安堵致しましたのは私一人ではなかったと思います。
戦没者の父母の参列者が一人もいないのは4年連続、戦没者の妻の参列者は昨年より3人多い19人、20年前の100分の1と報道されました。
そして遺族を代表して妻のお立場の牧野笑子様(88才)が「遺族の悲しみ、悲惨な戦争から学んだ教訓と平和の尊さを次の世代にしっかりと
伝え、哀しい歴史を二度と繰り返さないことを誓う」と述べられました。
各新聞紙上では、安倍首相がアジア諸国への「加害責任について」は、昨年に続いて今年も言及せず、同様に「不戦の誓い」との表現も使わなかった。
と書かれておりましたが、難しい事は解りません。
ただただ平和な世界の構築を祈るばかりです。
戦争を知らない国民が多くなりました現在、悲惨な戦争の事実も遠い過去の事になりつつありますが、事実は事実として継承して参りたく考えております。
私たち遺族は命ある限り鎮魂の歌を詠み続けて参ります。
今号にも12名の遺族関係者の鎮魂の歌を掲載していただきましたのでご紹介させて頂きます。
お目を通して頂けましたら幸に存じます。

 「祭神の記」開きて諭す我が孫に祖父亡き家の終戦の日         甲州市 遺児男性
 ただひとつ吾に寄りくる蛍あり父の霊かとそつと手にのす        上田市 遺児女性
 「また来年」確証もたねど神楽祭終へて青銅の鳥居を仰ぐ        鳥栖市 遺児女性
 パラオ諸島のこんな小さなベリリューに一万の兵玉砕するとは    富士吉田市 遺児男性
 震災の尋ね人も今は亡く三年を過し想い出の日々            宮城県 遺族男性
 広島や長崎被爆終戦記念日我れ等忘れてならぬ           さいたま市 遺児女性
 父亡きあと傘寿を越えし我なれど遺影に向ひて迷ふことなし      佐世保市 遺児男性 「鳥海」艦長子息
 戦友会いよいよ閉じる便あり告げたる友も逝きて帰らず            篠山市 遺児男性
 顔知らぬ想い出もなき父なれど遺影の彼はさはやかなりき       うきは市 遺児男性
 叔母逝きぬ兄を戦地に失ひし悲しみに耐え八十八才          東松山市 遺族男性
 戦死者の父母は逝き妻も逝き靖國を訪ふ人若くなりたり         足利市 遺児女性
 両陛下対馬丸の犠牲者の小桜の塔に深く額づく             千葉市 遺児私

お陰様で今号で99首の掲載を頂くことが出来ました。
今年10月15日号で投稿から10年を迎えますが、毎年多くの掲載を頂いておりますことに大きな励みを頂いております。
いつも多くの皆様にお尋ね頂いておりますことに心から御礼を申し上げます。

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平成26年8月15日「千葉県忠霊塔拝礼式」に参列しました

2014年08月16日 09時00分00秒 | 遺族会(各追悼式・戦争証言などを含む)

目  的   8月15日は 「戦没者を追悼し平和を祈念する日」 として閣議決定されており、政府主催の 「全国戦没者追悼式」 に会わせ、
        戦没者を追悼し世界の恒久平和を祈念するため、千葉県忠霊塔において拝礼を行う。

日   時  平成25年8月15日 (木) 午前11時57分から 
場   所  千葉県忠霊塔前 (千葉市中央区弁天)
主   催  千葉県
拝 礼 者  千葉県知事
        千葉市長
        千葉県遺族会会長
        遺族代表 (約20名)
        ボーイスカウト (3小隊 計36名程度)
        その他関係者の皆様


                  千葉県護国神社の隣接地に建立されております忠霊塔

           森田知事が拝礼                正午の時報に合わせて黙祷

                    森田知事と共に参列者一同が黙祷を行いました 
 
               森田知事が献花               記者団に語る森田知事

              丁子(ようろご)副会長献花及びお言葉と船橋市遺族族会代表献花             
 
            熊谷千葉市長献花                 千葉市遺族会代表献花

 以上写真は千葉TV報道より撮影させていただきました。

平成26年8月15日(木)天然クーラーのテントの中で気温も最高潮に達した11時57分開始に式典が行われました。
終戦の日、昭和20年8月15日の69年前も風一つ無いとてもでありました事を先輩から伺いました。
千葉県によりますと、千葉県忠霊塔には日清戦争以降の県内戦没者役57000人の名簿が納められているそうです。合掌
今年で61回目となる拝礼には、森田健作千葉県知事、熊谷俊人千葉市長、千葉県護国神社宮司、遺族、ボーイスカウトら関係者80人が参列しました。
正午の時報に合わせて1分間の黙祷を捧げた後、塔の前に設けられた献花台に森田知事をはじめ、参列者全員が菊の花を手向けました。
同日、午前中に靖国神社に参拝した森田知事は、報道陣に対し、「英霊の御霊に心から感謝し、戦争が二度と起きないように見守ってほしいと
お願いした」と語りました。

夜の千葉TVニュースに以上の式典の様子が丁寧に報道されましたので急いでシャッターを切りました。
最後までご覧頂きまして有り難うございました。     

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平成26年8月15日第69回「全国戦没者追悼式」(TV報道)

2014年08月15日 23時28分59秒 | 遺族会(各追悼式・戦争証言などを含む)

第1回の追悼式は、1952年(昭和27年)5月2日に実施されました。
終戦から69年を迎えた平成26年8月15日(金)およそ310万人の戦没者を慰霊する政府主催の全国戦没者追悼式が、東京の日本武道館で行われました。合掌
式典には全国の遺族の代表などおよそ6000人が参列し、正午の時報とともに、参列者全員で1分間の黙とうをささげました。と報道されました。
散華されました多くのみ霊をお偲び致しますと共に、平和な世の中に過ごす事の出来ます幸せに感謝をし、二度と悲惨な戦争が起こることの無きように恒久平和を祈りながら
TV報道より記録させていただきました。 

 

 
    壇上に上がられた天皇皇后両陛下は菊の花で飾られた310万人を慰霊する標柱に拝礼されました

     オーケストラによる「君が代」斉唱           遺族・来賓など6000人の参列者
  
                     お言葉を述べられる天皇陛下
 

 

遺族を代表して、昭和19年にサイパンで夫を亡くした愛知県豊橋市の牧野笑子さん(88)が「最愛の肉親を失った私たち遺族の悲しみは、ことばでは語り尽くせない程
深く、切ないものでございます。
過去の悲惨な戦争から学んだ教訓と平和の尊さを次の世代にしっかりと伝え、この悲しい歴史を二度と繰り返さないことをお誓い申し上げます」と追悼の辞を述べました。
終戦から69年を迎え、遺族の高齢化は一層進み、参列した遺族のおよそ8割が70歳以上になりました。
最年長の参列者で、神奈川県相模原市に住む100歳の難波いそさんは、終戦の半年前に夫の壽一さんをフィリピンのルソン島の戦闘で亡くしました。
難波さんは「戦時中は空襲がひどくて友達も皆亡くなり、100歳まで生きてこられるとは思いませんでした。これからもずっと平和が続いてほしいと思います」と話して
いました。
また、最年少の参列者で、鹿児島県奄美市に住む7歳の福田鈴さんは、曽祖父の重岡秀彦さんが終戦の翌年に満州で亡くなりました。
福田さんは、「1人寂しく中国で亡くなったひいおじいさんがかわいそうです。戦争は怖いので、しないでほしいです」と話していました。

 
        献花をされる各県代表者             献花 ↑ をされた千葉市遺族会会長

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平成26年度 第69回目の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典(TV報道より)

2014年08月14日 06時00分00秒 | 遺族会(各追悼式・戦争証言などを含む)

平成26年8月9日(土)長崎は被爆から69年の原爆の日を迎えた。合掌
長崎市松山町の平和公園で、市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれ、参列した約5600人の被爆者や遺族らが犠牲者を悼んだ。
式典には、各地の被爆者や遺族代表、安倍首相のほか、米、仏、インドなど核保有国、欧州連合(EU)などの代表が出席。
米国のキャロライン・ケネディ駐日大使も、6日の広島原爆忌に続いて参列した。
原爆投下時刻の午前11時2分に「長崎の鐘」が鳴らされ、参列者全員で黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。
田上富久市長は平和宣言で「集団的自衛権の議論を機に、安全保障のあり方が議論されている。
「戦争をしない」という平和の原点が揺らいでいるのではないかとの不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれている」と述べ、政府にこうした声に真摯に向き合い、
耳を傾けるよう求めた。
被爆者代表は「平和への誓い」の中で「憲法を踏みにじる暴挙」と批判した。
(以上は平成26年8月10日(日)の千葉日報より転載)

以下、式典の様子をTV報道より保存させていただきました。
 
   式典会場 長崎市松山町の平和公園           司会進行役の高校生                                  
 
        「ひまわり」 合唱団の皆様の 「もう二度と」 の歌で開始された式典
 
    この1年間の死没者3355人を追加して165409人の名簿が「奉安」されました
 
     被爆者、遺族代表他による献水         市長・遺族代表による 「献花」

                「長崎の鐘」 と共に黙祷 合掌

                長崎市 田上市長の 「平和宣言」 のお言葉より
 
             長崎市 田上市長の 「平和宣言」 のお言葉より
 
             長崎市 田上市長の 「平和宣言」 のお言葉より
 
  日本政府に耳を傾けて欲しいと訴えました        被爆体験を切々と訴えました
 
    山里小学校に建立の「あの子らの碑」 「あの子」を合唱する山里小学校6年生の児童

式典には、福島献南相馬市の高校生、福島県川内村の小学生ら約5900人も参列して、原爆投下時刻の午前11時2分に黙祷し、犠牲者の冥福を祈りました。
長崎市によると、長崎市内に住む被爆者は平成26年3月末時点で3万5857人となり、平均年齢は78・93歳となった。
厚生労働省によると、被害者健康手帳の保有者は3月末で19万2719人と、初めて20万人を下回った。と報道されました。
以上の報道に、犠牲になられました多くの皆様のご冥福をお祈り申し上げますと共に、今尚、原爆の後遺症に悩み、苦しみながら高齢を迎えられております多くの
長崎市民の皆様に心からお見舞を申し上げます。

私は遺児の一人として戦争の悲惨さを後世に伝えるべく平成26年8月9日(土)の大切な記録を保存させていただきました。       

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平成26年度 第69回目の広島原爆死没者慰霊式・平和祈念式(TV報道より)

2014年08月11日 16時18分10秒 | 遺族会(各追悼式・戦争証言などを含む)

平成26年8月6日(水)被爆から69年の広島原爆の日を迎えました。黙祷
1971年以来43年ぶりという雨の中の式典になりました。
約4万5000人の参列者は「平和の鐘」が鳴る中、原爆投下時刻の8時15分に黙祷を捧げました。
式典には、68カ国と欧州連合から代表が参列。核保有国からはキャロライン・ケネディ駐日米大使をはじめ、
英仏ロの4カ国の代表が出席しましたが、中国は欠席した。
(以上は平成26年8月7日(火)の千葉日報より転載)


                                    早朝4時半から祈りを捧げる母子



         8時15分に鳴らした「平和の鐘」        子ども代表の小学生が「平和への誓い」を朗読




松井一実市長は、被爆地として核兵器廃絶への積極的な取り組みを改めて世界に訴えました。
又、この1年間に死亡したか、死亡が確認された原爆死没者は5507人。
被爆者手帳の保有者は13年度末時点で19万2719人と、初めて20万人を割った。
平均年齢は79.44歳となりました。と以上報道されました。
千葉日報には「戦禍を刻む69年目の夏に」が特集されております。
苦難の道のり、歩んだ実感、被爆者故に戦後は差別や偏見との戦い。
「原爆は世代を越えて人を苦しめる。核がある以上、再び悲劇は起こり得る。私の被爆体験が未来の話しになる可能性があるということを、
若い人に自覚してもらいたい。悲劇を二度と繰り返してはいけない。」と。

常に原爆の影につきまとわれ、苦難の道のりを強いられた一人の女性としての実感を込め訴えておられました。
難しい事は解りませんが、未だに世界の各国で人々が戦火に怯えながらの日々に嘆き、悲しむ一人です。
そして今尚、後遺症に苦しむ多くの広島市民の皆様に心からのお見舞を申し上げまして平成26年8月6日の記録とさせて頂きました。

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