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■企画展「川瀬巴水と吉田博 新収蔵作品を中心に」 (2023年8月31日~10月9日、小樽)

2023年10月03日 17時47分21秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 「新版画」と呼ばれる、近代日本の版画が注目されているようです。創作版画のように自らの絵を自ら彫って刷る、というのではなく、浮世絵の伝統を引き継いで、彫りや刷りは職人が行うものです。
 川瀬巴水(1883~1957)は、美人画の伊東深水と並んでその代表選手です。大正から戦後にかけて日本中を旅して回り、古き良き風景を、几帳面に写生して版画におさめました。適度に写実的で、やわらかなその画面は、永遠の懐かしさに満ちています。これみよがしな感傷性も劇的な描写もありませんが、構図はよく練られていて、凡庸さとは一線を画しています。好悪を生むのではなく、誰にも愛される画風なのだと思います。

 冒頭は、1933年(昭和8年)4月作の「小樽之波止場」。
 「日本風景集 第一輯 東日本篇」の一つで、「別冊太陽 日本のこころ252 川瀬巴水 決定版 日本の面影を旅する」(平凡社)によると、写生は、1932年9月に大沼、札幌を訪れた後、10月1日になされたとのことです。
 
 

 それにしても驚かされるのは、近代を生き抜いてきたにもかかわらず、その作品に戦争の影が全くといっていいほど見当たらないことです。
 上の図版で、左は1946年の「農家之秋(宮城県愛子あや し 」、右は42年に茨城を取材した「潮来の初秋」です。
 あの苛烈な戦争の最中と直後とは思えないほど、その世界は一貫しています。

 もちろん、画家が戦争と無縁な生活を送っていたわけではありません。
 先述の「別冊太陽」によると、1937年ごろから、版木が手に入りにくくなったり、職人が兵役に取られたりして、川瀬巴水の心理状態にも微妙に影響を及ぼし、いささかスランプ状態になったとのことです。欧米への輸出ができなくなったことも打撃でした。戦中には、写生もしにくくなってきます(スケッチしていると「軍事機密をスパイしているんだろう」と疑う人が出てくるんですよね。あの「サザエさん」の長谷川町子さんまであらぬ嫌疑を受けたほどです)
 同年には「あかい夕日」「暁乃渡河」「かちどき」といった日本軍の活躍を描いた作品も手がけています。
 そして44年には、東京・馬込の家を引き払い、幼い頃からなじみの深い栃木県塩原へ疎開しています。

 とはいえ、多くの洋画家や日本画家が、戦争記録画を手がけたり従軍画家として大陸に渡ったりして、前衛的な画風を捨てて凡庸な写実に走った例を数多く知っている私たちからすると、この「見事な変わらなさ」は、川合玉堂と双璧をなすのではないかと言いたくなります。








 吉田博(1876~1950)も、マイペースぶりは特筆すべきものがあります。
 上の画像は、大陸に取材したものですが、実に淡々としており、日本軍の侵略を正当化するような意図も、アジア諸民族を見下すような筆致も、まったく感じられません。
 タージマハルなどインドに取材した作品もあるのですが、そこにあるのは、純粋に美しい光景を描こうという職人気質だけで、過剰な思い入れも蔑視もないのです。


 川瀬巴水の「大坂宗右衛門町の夕」。
 「大坂」は原文のママ。
 もう昭和に入ったころの風景ですが、本当に時が止まったかのようです。


2023年8月31日(木)~10月9日(月)午前9時半~午後5時(入館30分前)、9月27日のみ休館
小樽芸術村 旧三井銀行小樽支店(小樽市色内1)

一般1000円、学生600円、高校生500円、中学生400円、小学生300円、障がい者手帳持参と介護者1人無料



・JR小樽駅から約800メートル、徒歩11分


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