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■所蔵品展「モダニストの『蝶』 詩人・安西冬衛と好太郎」(2024年4月27日~7月4日、札幌)

2024年07月03日 10時30分00秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
(安西冬衛「春」 詩集『軍艦茉莉』より)


 着眼点がすばらしい企画。
 道立館の予算不足についてはこのブログでも折に触れて推測しており、ゴージャスな展覧会はそうそう開けないわけですが、知恵と工夫でこんなに見ごたえのある展示ができるのだと、感服させられる内容でした。

 冒頭に引いた詩は教科書などで読んだ人も多いと思われる、有名な詩作品です。
 安西冬衛(1898~1965)の代表作にして、昭和初期のモダニズム詩を代表する作品のひとつです。

 短いけれど、短歌でも俳句でもない。てふてふちょうちょうが、間宮海峡の名で知られる韃靼だったん海峡を渡っていく…。
 ただ、その情景を描写しているだけなのに、イメージがはるかにふくらみ、広がっていきます。

 そして、チョウといえば三岸好太郎の代表作「飛ぶ蝶」。
 標本箱におさめられた6匹のチョウ(ガにも見える、想像上の生き物ともいえますが)のうち1匹がピンをはずれて飛びだとうとしている様子を描き、一度見たら忘れられない絵画です。

 同じ時代を生きた詩人と画家を、「蝶」をキーワードに紹介する展覧会なのです。
 
 安西の「春」をおさめた第1詩集『軍艦茉莉まり』が1929年(昭和4年)。初出はさらに2年さかのぼります。
 三岸が「飛ぶ蝶」を描いたのは、亡くなる直前の1934年。

 じつはこの2人、直接会ったことがないそうです。
 ただし、外山卯三郎という共通の友人がおり、三岸が安西の詩を読んでいた可能性はあります。

 「飛ぶ蝶」のほか、筆彩素描集『蝶と貝殻』など、晩年の作品にチョウのイメージは頻出します。

 北大予科の学生時代、雑誌「さとぽろ」に詩や版画を発表した外山は、上京して美術評論家として活躍し、『蝶と貝殻』の序文も書いています。
 同時に、安西冬衛とともに雑誌「詩と詩論」の同人でもありました。
 
 
 ごくごく大ざっぱにまとめると、大正後半に日本の詩壇で存在感があったのは、「日本詩人」という雑誌を出していた白鳥省吾ら民衆詩の詩人たちでした。
 平易ですが、若い層からは「ぬるい」と思われていたようで、昭和に入るあたりから大まかに二つの派が詩壇を席巻しました。
 
 ひとつは「詩と詩論」などに拠るモダニズム陣営です。
 いうなれば芸術至上主義の人たちで、純粋で難解な現代詩の流れはこのあたりから出発しているともいえます。
 左川ちかとともに雑誌編集に腕を振るった春山行夫や、北川冬彦、竹中郁、三好達治、北園克衛らがメンバーでした。
 西脇順三郎や、日本を代表するシュルレアリスト滝口修造も近いところにいた詩人です。

 もうひとつは「赤と黒」に拠ったアナキストや共産主義者の詩人たちです。
 こちらも前衛派として始まったのですが、アナキストと共産主義者がたもとを分かったあと、後者を中心に、プロレタリア文学としてさかんになりました(そして、ほどなくして官憲に弾圧されました)。
 小熊秀雄、壺井繁治などはこちらの陣営になります。

 三岸は生前、政治的な発言をほとんどしていませんし、人脈的にも、前者に近い圏域に生息していたといえそうです。
 

 筆者はこの展示ではじめて知りましたが、安西冬衛は、三岸の遺作が展示された独立展に行き、彼の作品を称賛しているほか、終戦直後、春山行夫にあてて
「けさも登衙の途中、電車の上から汚れたガラス越しに、朝日のさしてゐる骨だらけになった変電所のある構図に心を動かされ、不図三岸好太郎の「オーケストラ」を美しく連想。」
と書いています。

 ふたりに直接の出会いはなくても、作品を通したつながりはあったということです。
 魂の交流とでもいうんでしょうか。
 こういう事例を知ると、率直に、芸術っていいよねと感じます。
 
 
 会場には、三岸の親友だった俣野第四郎(1902~1927)の絵も2点展示されていました。
 いずれも旅行先の大連を題材にした素朴な風景画です。
 大連は、「春」を作ったころの若き安西冬衛がいた都市でした。
 
 韃靼海峡(間宮海峡)からはかなり距離があるとはいえ、日本の本土から離れた大連の大陸的な風土が、安西冬衛をして「春」を作らせたといえるかもしれません。

 大連は渤海に面した、遼東半島の都市で、日露戦争の前まではロシアが租借していました。
 戦争の結果日本の管轄下となり、安西冬衛も一時勤めた満鉄(南満州鉄道)の本社もありました。

 この都市がエキゾチックな街並みを持つといわれるのはそういう歴史のためですが、裏を返せば大連は、日本が帝国主義的侵略の足掛かりとした街だったともいえます。
 今回の展覧会の解説パネルでは、安西冬衛が戦争賛美の詩を書いていたことなどに触れていますが、戦前の大連が持つ負の歴史についても忘れてはならないと思いました。


  
 なお2階は「好太郎が描く男たち」という別の展覧会になっています。

 こちらは、未見の人物デッサンなどがありました。
 もうこの美術館には50回は足を運んでいると思いますが、まだ見たことのない作品があると、さすがにちょっと興奮してしまいます。
 
 
2024年4月27日(土)~7月4日(木)午前9時30分~午後5時(入場は午後4時30分まで)
休館日:月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館)、4月30日(火)、5月7日(火)
道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)



・地下鉄東西線「西18丁目駅」4番出口から約670メートル、徒歩9分

・中央バス、ジェイ・アール北海道バス「道立近代美術館」から約450メートル、徒歩6分
(小樽、岩内方面行きの都市間高速バス、ていねライナーなどの快速を含む全ての系統=北大経由は除く=が止まります)
※知事公館の敷地内を突っ切っていけば、4、5分で着きます

・市電「西15丁目」から約730メートル、徒歩10分

・ジェイ・アール北海道バス「桑8 桑園円山線 桑園駅―円山公園駅―啓明ターミナル」で「北3条西15丁目」降車、約160メートル、徒歩2分
・ジェイ・アール北海道バス「54 北5条線 札幌駅前―西28丁目駅」「58 北5条線 札幌駅前―琴似営業所」で「北5条西17丁目」降車、約490メートル、徒歩7分
・ジェイ・アール北海道バス「51 啓明線 札幌駅前―医大病院前―啓明ターミナル」で「大通西14丁目」降車、約630メートル、徒歩8分


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