浜田屋遼太

世の中のために何の役にも立たないブログ  お暇なお方は是非どうぞ(^^♪

灼熱の鍋焼きうどん

2020-12-18 | B級グルメ

日頃食べたいと思いつつ、なかなか食べられないのが鍋焼きうどんだ。

だから思いきって注文して、フタを取って鍋焼きうどん独特の匂いが立ちのぼったときは誰だって感激する。

やっと思いが叶った、という気になる          

鍋焼きうどんのツユは、時々刻々と味が変化していく。

様々な具からにじみ出る旨味が、ツユの味を刻々と濃くしていく。

鍋焼きうどんは、それほど上等なうどんでなく、あまりコシのない柔らかめのうどんのほうがうどんのツユをよく吸って、かえっておいしい。

鍋焼きうどんの卵は、温泉卵とも違うし半熟卵とも違う。

鍋焼きうどんのツユの中で煮られた「鍋焼きうどん卵」とでもいうべきものなのだ。

ぶ厚い白身に包まれて、破ればドロリと流れ出る熱くて黄色い黄身。

ドロリと流れ出る瞬間をすばやく拾いあげて口に入れれば、ツユのしみ込んだ卵のうまいこと、そして熱いこと。

ハフハフ、コタヘラレマへン。

こうしたツユ物のうどんは、熱い丼を手にもって、じかに口をつけてツユを飲みたい。

鍋焼きうどんのツユも、ぜひ一度そういうふうに飲んでみたいと思っているのだがまだ果たしていない。

そのあとの治療費の問題とかを考えると、なかなか踏みきれないでいる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

光陰矢の如し

2020-12-18 | 定年波止場

自分はまだ老人という年齢ではないと思うのですが、自分のこれまでの人生を振り返ってみるとあっという間であった。

不細工な顔をものともせず、パンチパーマをかけたり、矢沢永吉の真似事をしたり、試験に頭を悩ませたことなど、つい2、3年前のように感じるのが恐ろしい。

でも確実にそれから40年は経っているのである。

もしかしたら中学生のときが一番、学問も知識もなかったけれど根本的に賢かったような気がする。

しかし嫌がおうでも日々歳を取っていくわけで、若い自分には戻れない。

先のことはわからないが、これまでがあっという間に過ぎ去ったことを考えると、これから先はもっと短く感じるのではないだろうか。

「日々を一生懸命に生きる」「人の人生はその積み重ね」

などという人生訓が語られたりするが、それを見て「ああ、ごもっとも」と深くうなずくのであるが、なかなかそう簡単にはいかない。

どんな人でもそうだが、ただ仕事をしているだけではなく、ぼーっとしている時間が必要である。

空を眺めたり散歩したり、うたた寝したり、散歩したりというリフレッシュするのも大切である。

身体がそのように欲したのなら、それはそれでよいのではないか。

ありのままに受け入れたいと思うのでした。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする