富山の製薬は有名であるが、江戸時代から「先用後利」というシステムで富山の薬は栄えた。品物を先に渡し、後で使用分をいただくシステムだ。それと人気は「おまけ」であった。全国津津浦浦田舎まで杜山の売薬さんが飛び回った。
戦後わたしの小さい頃、車もはいれない辺ぴな我集落にもきて、わたしの家で一泊して商売をしていた。こどもとしては持ってこられる「おまけ」が楽しみだった。紙風船など紙で作られたものが多かったけど、遊び道具のない時代では貴重だった。それを版画の図柄にとりいれてみました。
歴史をみると、最初江戸時代は「版画」がおまけだったとか。きれいな色刷りがもらえた。江戸の浮世絵のとは違った地方の浮世絵があったのだ。絵師も刷り師も富山にいたという。ここに刷られるのが当時の世相・・・戦争画とか流行した芝居とかであったので情報源として田舎では人気だったらしい。
要求にこたえる新しいのを作るのも大変で、新聞などの出現で衰退・・・以後湯のみとか扇子の時代があって戦後、紙風船の時代が来たらしい。ナ二ヌネノの版画です。