何気なく本棚から取り出した文庫本がたまたま岩波、杉捷夫訳、メリメのカルメンだった。最初に読んだのは数十年前。学者の紀行文の形態をとるメリメ独特の手法だが、今読みかえしてみるといくつかのフレーズが強く印象に残る。この小説では、女と猫は人が呼ぶときには来ないで、呼ばない時に来る、というくだり。170年経ってもこの言葉は真実を衝いているようだ。
メリメは一見、本当の学術論文のような体裁をとって小説を作り上げるからうっかり騙されそうで危険な芸術家だ。これは登場人物たちの怪奇さとも同じ。ただ、一気に読ませる力は、大変なものだ。