たまたま今週発売の週刊新潮に川本三郎が「教養人のための『未読の名作』一読ガイド」でナサニエル・ウェスト、丸谷才一訳の「孤独な娘」を紹介している。「孤独な娘」は60年前、当時30歳の丸谷が訳したもので、岩波文庫からは2013年に出版された。岩波が文庫版にしようとするのだから、この文学史上の位置も自ずから判ろうというものである。
寡作かつ孤高の作家として高名なウェストの代表作であり、アメリカ文学に大きな影響を与えたこの作品は、1930年代のアメリカの知識人と庶民の内的生活を同時にとらえた秀逸な作品で、丸谷という、これまた稀有の英文学者、作家の翻訳によって日本にもたらされたものである。ユダヤ人であるウェストが描いた極限的な生きることへの問いかけと、絵画的な文体は丸谷の翻訳によっていっそう輝きを増していると言える。
したがって、この小説は川本の言うような「格差社会の先取り」「クリスチャンとして悩む」「大恐慌下の悲劇」といった皮相なものでは決してない。このように敢えて矮小化するのは、川本のこの作品の読み方が誤っているのか、あるいは評論家としての力量不足なのだろう。
週刊新潮の読者の多くの目に触れることを考えれば、この書評を座視することはできない。こんな「ガイド」でウェスト、あるいは丸谷が評価されることがあってはならない。