欠かせないのは納豆!健康にいいし、とにかくおいしい。といっても子供時代は大の苦手だった。くっちゃくっちゃ混ぜると粘りが出て糸を引く。それがどうにもイヤで、食わず嫌いを貫いていたのだ。それが一変したのは、三十代の後半。転職で赴いた宿泊研修先の新潟で、毎朝食事に出てくるミニ納豆の容器がかわいかったので、なんとなく手が出てしまった。少量だから粘りも糸も目立たない。苦手も何も、アツアツごはんに乗せて一口に。(うまい!)これが実感だった。以来、納豆は私のご飯の友になっている。とにかく「うまい!」口元のねばねば汚れに悪戦苦闘はしても、もう止まらない、やめられない~~です!
「カクカクカウ」
貧乏ゆすりは、いつの間にか随意的に出来るようになった。それに何となく快感に似た者を感じた。すぐ別に足の方も……!
小さい頃、内気な性格が影響したのか、緊張する場面では自然に膝が小刻みに震えた。酷い時にはガクガクと揺れて止められなかった。寒くて震えているのかと思ったりもしたが、夏の暑いさなかにも、いきなりカクカクカク。周囲の笑い声でさらに震えた。
「みっともない。ちゃんと気を引き締めてたら、貧乏ゆすりなんか出ないのよ」
母親が口を酸っぱくして怒るが、自分がしたくてしてるわけじゃないと不満が募った。
貧乏ゆすりは知らない間に出なくなった。別に嬉しくもなんともなかった。それより、ある時、椅子に座った状態で、片足のかかとを上げると、なんと「カクカクカクカク」!
奇妙にも不思議に気色よく感じた。以来、『貧乏ゆすりモドキ』が止められなくなった。
貧乏ゆすりは、いつの間にか随意的に出来るようになった。それに何となく快感に似た者を感じた。すぐ別に足の方も……!
小さい頃、内気な性格が影響したのか、緊張する場面では自然に膝が小刻みに震えた。酷い時にはガクガクと揺れて止められなかった。寒くて震えているのかと思ったりもしたが、夏の暑いさなかにも、いきなりカクカクカク。周囲の笑い声でさらに震えた。
「みっともない。ちゃんと気を引き締めてたら、貧乏ゆすりなんか出ないのよ」
母親が口を酸っぱくして怒るが、自分がしたくてしてるわけじゃないと不満が募った。
貧乏ゆすりは知らない間に出なくなった。別に嬉しくもなんともなかった。それより、ある時、椅子に座った状態で、片足のかかとを上げると、なんと「カクカクカクカク」!
奇妙にも不思議に気色よく感じた。以来、『貧乏ゆすりモドキ』が止められなくなった。
封印されたもの
「これ、なーに?」
末娘が訊く。倉庫の片付けは半ば。埃をかぶった段ボール箱が、彼女の視線の先にある。
十字に紐で頑丈に結び補強した箱。開けると、出て来た原稿用紙の山。思い切りよく書き殴った鉛筆文字の『生原稿』。
記憶のページをめくるまでもない。決して忘れないものを閉じ込めてある。
「とっても大事なものだ」
「大事なもの?とっても?おとうさんの?」
興味をさらにそそられている。八歳になる娘の純粋無垢な疑問。そこに懐かしく過去の自分を見る。あの日までの私と同じ。
八年前。授かった四人目の子ども。何層倍加した親の責務が決断を迫った。
「もう余所事してられんよ。つついっぱい稼いで貰わな、ねえ」
火の車の家計を懸命に切り回す妻の訴え。そのすがるような口調と反した笑顔が、もう否応をシャットアウトした。
夢の封印。無期限だ。迷いを払拭した。未練はかなぐり捨てた。そう、アッサリと。家族と仕事以外の邪魔っけなものを、一切合財段ボールに詰め込んだ。
「見たいか?」
「うん!」
弾んだ娘の返事。応えてやるしかない。
紐は容易にほどけない。滅多矢鱈に結んだ。二度と解けないように。あの日の覚悟がそこにある。
カッターで紐を切り離す。
「ワーッ!原稿用紙がいっぱいだ。すごい!字が沢山詰まっている。これ、おとうさんが書いたの?」
「うん。おとうさんが書いたんだ、みんな」
埃の匂いの向こうに、いま蘇る。八年間、閉ざされ続けた夢の残滓。胸が熱い!
「おい。すず実の一番やりたいこと、なんだ?」
「ヴァイオリン!」
二年前に習い始めた。いま面白くて夢中だ。
「これが、おとうさんの……」
箱の中味を指差す。娘の首が傾ぐ。
「一番やりたかったものだ。お話を創る。おとうさんの本を作る。……結局、ダメやったけど…」
ため息を吐いた。挫折した日の記憶を絞り出すのは辛い。
「そんなことないよ!おとうさんの作品、こんなに、こんなに沢山あるじゃない」
娘の目がこっちに向けられて輝いている。
素直さ。夢の核だ。核を失わなければ、勝手に育つ。立派な真珠になる。
箱から核を取り出す。ワクワクドキドキと、娘に見守られながら。
(日本文学館『夢世界へのメッセージ』収録)
「これ、なーに?」
末娘が訊く。倉庫の片付けは半ば。埃をかぶった段ボール箱が、彼女の視線の先にある。
十字に紐で頑丈に結び補強した箱。開けると、出て来た原稿用紙の山。思い切りよく書き殴った鉛筆文字の『生原稿』。
記憶のページをめくるまでもない。決して忘れないものを閉じ込めてある。
「とっても大事なものだ」
「大事なもの?とっても?おとうさんの?」
興味をさらにそそられている。八歳になる娘の純粋無垢な疑問。そこに懐かしく過去の自分を見る。あの日までの私と同じ。
八年前。授かった四人目の子ども。何層倍加した親の責務が決断を迫った。
「もう余所事してられんよ。つついっぱい稼いで貰わな、ねえ」
火の車の家計を懸命に切り回す妻の訴え。そのすがるような口調と反した笑顔が、もう否応をシャットアウトした。
夢の封印。無期限だ。迷いを払拭した。未練はかなぐり捨てた。そう、アッサリと。家族と仕事以外の邪魔っけなものを、一切合財段ボールに詰め込んだ。
「見たいか?」
「うん!」
弾んだ娘の返事。応えてやるしかない。
紐は容易にほどけない。滅多矢鱈に結んだ。二度と解けないように。あの日の覚悟がそこにある。
カッターで紐を切り離す。
「ワーッ!原稿用紙がいっぱいだ。すごい!字が沢山詰まっている。これ、おとうさんが書いたの?」
「うん。おとうさんが書いたんだ、みんな」
埃の匂いの向こうに、いま蘇る。八年間、閉ざされ続けた夢の残滓。胸が熱い!
「おい。すず実の一番やりたいこと、なんだ?」
「ヴァイオリン!」
二年前に習い始めた。いま面白くて夢中だ。
「これが、おとうさんの……」
箱の中味を指差す。娘の首が傾ぐ。
「一番やりたかったものだ。お話を創る。おとうさんの本を作る。……結局、ダメやったけど…」
ため息を吐いた。挫折した日の記憶を絞り出すのは辛い。
「そんなことないよ!おとうさんの作品、こんなに、こんなに沢山あるじゃない」
娘の目がこっちに向けられて輝いている。
素直さ。夢の核だ。核を失わなければ、勝手に育つ。立派な真珠になる。
箱から核を取り出す。ワクワクドキドキと、娘に見守られながら。
(日本文学館『夢世界へのメッセージ』収録)