一番乗りは神社の所在地である清土地区の布団屋台だった。裕福な家が昔から多い地域だけに、この近辺では最も重量感のある豪華絢爛な屋台だった。鋭角に反り上がる布団屋根に取り付けられたカザリ金具(梵天)の黄金色の海老が左右一対に踊っている。高砂の曽根天満宮の祭り屋台を譲り受けたものだった。
芋の子を洗うように練り棒に群がった担ぎ手の男衆の中に龍悟の見知った顔がかなりある。年の誓い遊び仲間だった連中もかなり健在である。彼らは龍悟の懊悩など知った事じゃない、平々凡々の人生を送ってきたはずだった。
清土地区屋台の宮入は、さすがに堂々たる練を見せた。奉納挙げも見事に決まった。続く原田地区や白羽地区も無難に宮入をこなした。近年若者の激減や力の無さが憂えられているが、今日の本祭りには差ほど影響は見られない。
「トントントン、トントントン」
今度は神輿の宮入だった。西畑崎と墨で書かれた白むくの板が神輿の柱に荒縄で括りつけられてある。大人たちが紅白の太い布紐を引っ張って、しずしずと境内に姿を見せた。入り口で布紐を外すと、台車から神輿を担ぎあげた。屋台と同じ段取りで宮入奉納の練りに突入した。
布団屋台が豪華さを競った舞いを見せつけた後だけに、どうしても貧弱で見劣りは否めない。それでも西畑崎のの氏子連は気合を込めて神輿を練った。本殿を前に奉納神輿を一斉に差し上げると、蹴台に拍手がパラパラと起こった。
「宮入りしんがりを務めるのは、東畑崎の神輿の奉納です!」
境内に、祭りのため臨時に設けられたスピーカーが、ガーピーと雑音を交えて告げた。
龍悟は緊張を覚えた。彼の目はどこか遠くへ漂っているように傍目には見えるが、彼の意識はしっかりと東畑崎の神輿へ向いていた。
神社の氏子は近在の五地区にまたがる。その中で東畑崎地区は数年前まで、秋祭りにおける神殿奉納の行事に参加は一切できなかった。龍悟がまだ清土にいた頃も同様だった。
しかし時代は大きく変わった。東畑崎地区の秋祭りに参加が認められたのである。東畑崎地区は神輿を新調した。当時まで西畑崎地区は他の地区と同じ布団屋台を練り回し、神社に奉納していた。それが、東畑崎地区と公平を期すという名目で、やはり神輿に替えた。誰の差配でそうなったかは定かにされなかったが、『』が行政で、もはや無視出来なくなった時代の到来だった。東畑崎地区の住民らは、秋祭りをようやく手にしたのである。
「トントントン、トントントン」
西畑崎と違って、大人の練り子は格段に少なかった。戸数が西畑崎の半分に満たないのだから、仕方がない。村中を寝る時は子ども中心で回った、神社奉納になると、やはりそうはいかない。本殿前の差し上げでは、ややもすれば危険が伴う。それでも大人だけになると頭数があまりに少なくなってしまう。
(…あれで、神輿挙げられるやろか?
龍悟は妙な不安に駆られた。
胸にリボンをつけた地区の役員が勤める周旋役の、見た目には高齢だが、確かな動きで神輿を拍子木と掛け声で誘導している。境内を練りながらひと回りして、いよいよ本でに奉納の神輿の差し上げの時が来た。周旋の男が合図の拍子木を打ち鳴らした。太鼓の打ち手が練りの連打を始める。
「カチカチカチカチカチ……!」
「よーいやせ」「トントントン」「やーっしょい!」「トントントン」「やーっしょい!」「トントントン」「カチカチカチカチカチカチ!」「そら、よーいーやーせー!」
男衆に力が漲る。一挙に神輿は差し上がった!いや?バランスが少しくるっている。頭数の少ない練り棒の側の差し上げがうまくいかないのだ。神輿は斜めになった。
「カチカチカチカチ!」
「トントントン!」
「おい!我慢せいやー!頑張れやー!」
周旋が拍子木を狂ったように打ち、練り子の男衆に叱咤激励の声を上げる。怒号が飛び交った。
(続く)
(のじぎく人権文芸賞平成十年度入選作)
芋の子を洗うように練り棒に群がった担ぎ手の男衆の中に龍悟の見知った顔がかなりある。年の誓い遊び仲間だった連中もかなり健在である。彼らは龍悟の懊悩など知った事じゃない、平々凡々の人生を送ってきたはずだった。
清土地区屋台の宮入は、さすがに堂々たる練を見せた。奉納挙げも見事に決まった。続く原田地区や白羽地区も無難に宮入をこなした。近年若者の激減や力の無さが憂えられているが、今日の本祭りには差ほど影響は見られない。
「トントントン、トントントン」
今度は神輿の宮入だった。西畑崎と墨で書かれた白むくの板が神輿の柱に荒縄で括りつけられてある。大人たちが紅白の太い布紐を引っ張って、しずしずと境内に姿を見せた。入り口で布紐を外すと、台車から神輿を担ぎあげた。屋台と同じ段取りで宮入奉納の練りに突入した。
布団屋台が豪華さを競った舞いを見せつけた後だけに、どうしても貧弱で見劣りは否めない。それでも西畑崎のの氏子連は気合を込めて神輿を練った。本殿を前に奉納神輿を一斉に差し上げると、蹴台に拍手がパラパラと起こった。
「宮入りしんがりを務めるのは、東畑崎の神輿の奉納です!」
境内に、祭りのため臨時に設けられたスピーカーが、ガーピーと雑音を交えて告げた。
龍悟は緊張を覚えた。彼の目はどこか遠くへ漂っているように傍目には見えるが、彼の意識はしっかりと東畑崎の神輿へ向いていた。
神社の氏子は近在の五地区にまたがる。その中で東畑崎地区は数年前まで、秋祭りにおける神殿奉納の行事に参加は一切できなかった。龍悟がまだ清土にいた頃も同様だった。
しかし時代は大きく変わった。東畑崎地区の秋祭りに参加が認められたのである。東畑崎地区は神輿を新調した。当時まで西畑崎地区は他の地区と同じ布団屋台を練り回し、神社に奉納していた。それが、東畑崎地区と公平を期すという名目で、やはり神輿に替えた。誰の差配でそうなったかは定かにされなかったが、『』が行政で、もはや無視出来なくなった時代の到来だった。東畑崎地区の住民らは、秋祭りをようやく手にしたのである。
「トントントン、トントントン」
西畑崎と違って、大人の練り子は格段に少なかった。戸数が西畑崎の半分に満たないのだから、仕方がない。村中を寝る時は子ども中心で回った、神社奉納になると、やはりそうはいかない。本殿前の差し上げでは、ややもすれば危険が伴う。それでも大人だけになると頭数があまりに少なくなってしまう。
(…あれで、神輿挙げられるやろか?
龍悟は妙な不安に駆られた。
胸にリボンをつけた地区の役員が勤める周旋役の、見た目には高齢だが、確かな動きで神輿を拍子木と掛け声で誘導している。境内を練りながらひと回りして、いよいよ本でに奉納の神輿の差し上げの時が来た。周旋の男が合図の拍子木を打ち鳴らした。太鼓の打ち手が練りの連打を始める。
「カチカチカチカチカチ……!」
「よーいやせ」「トントントン」「やーっしょい!」「トントントン」「やーっしょい!」「トントントン」「カチカチカチカチカチカチ!」「そら、よーいーやーせー!」
男衆に力が漲る。一挙に神輿は差し上がった!いや?バランスが少しくるっている。頭数の少ない練り棒の側の差し上げがうまくいかないのだ。神輿は斜めになった。
「カチカチカチカチ!」
「トントントン!」
「おい!我慢せいやー!頑張れやー!」
周旋が拍子木を狂ったように打ち、練り子の男衆に叱咤激励の声を上げる。怒号が飛び交った。
(続く)
(のじぎく人権文芸賞平成十年度入選作)