本好きな子供だった。
母がそうだったから、
影響を受けたのかも知れない。
といっても当時の本は贅沢品。
家にある本といえば、
綴じた和紙の講談本が数冊と
毎月届けられた『家の光』という家庭雑誌だけ。
母をまねて大人の本や雑誌のページを開いていると、
周囲の大人たちは注意するどころか、
口々に褒めてくれた。
実は読んでいたわけじゃなく
眺めていただけなのに。
褒められたら気分がいい。
もっと褒められたいという単純な子供心で
本にむしゃぶりついた。
不思議なもので、
眺めていた本がいつの間にか読めだした。
ルビつきの講談本は、
ひらがなを覚えると簡単だ。
雑誌の小説は挿絵で想像を膨らませた。
裸の男女が描かれた挿絵すら
理解できるませぶりだったと思う。
最近はいつでも本が手に入る時代だ。
次々と本を読むが、
子供のころみたいな想像が
膨らむことはめったにない。
読書に想像力が働かなくなれば、
面白みは半減するとわかった。
母がそうだったから、
影響を受けたのかも知れない。
といっても当時の本は贅沢品。
家にある本といえば、
綴じた和紙の講談本が数冊と
毎月届けられた『家の光』という家庭雑誌だけ。
母をまねて大人の本や雑誌のページを開いていると、
周囲の大人たちは注意するどころか、
口々に褒めてくれた。
実は読んでいたわけじゃなく
眺めていただけなのに。
褒められたら気分がいい。
もっと褒められたいという単純な子供心で
本にむしゃぶりついた。
不思議なもので、
眺めていた本がいつの間にか読めだした。
ルビつきの講談本は、
ひらがなを覚えると簡単だ。
雑誌の小説は挿絵で想像を膨らませた。
裸の男女が描かれた挿絵すら
理解できるませぶりだったと思う。
最近はいつでも本が手に入る時代だ。
次々と本を読むが、
子供のころみたいな想像が
膨らむことはめったにない。
読書に想像力が働かなくなれば、
面白みは半減するとわかった。