あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

西と東の交わり 1

2013-05-12 | 
僕がニュージーランドで一番好きな場所は南島の西海岸である。
初めてここを訪れたのは91年だから、もう20年も前になるか。
当時つきあっていたガールフレンドとロードトリップをした。
当時は国道がまだ全部舗装されていなくて、調子に乗って飛ばしていると突然砂利道になっってびびった思い出がある。
20年前の西海岸は今よりはるかに辺鄙で人や通る車も少なく、すれ違う車全てに指で挨拶をする、そんな場所だった。
西海岸の虜になったのは娘が生まれる前、友達のJCとホワイトベイト取りまくり山歩きしまくりというトリップをしてからだ。
自分が知っていたと思っていたこの国のことを実は何も知らなかった、という事に気が付いた。
まあこの国の自然にやっつけられてしまったわけで、そこからはひたすらこの国の自然の奥の深さへの旅である。
トレッキングガイドを始めてからも何かしら理由をつけ毎年のように訪れた。もちろん仕事でも何回も来ている。
今回は仕事のインスペクション・トリップ、12月にハイキングのツアーがあるのでそのコースの下見である。
「ちょっと西海岸へ仕事の下見へ」と称すれば「そう、ガイドさんも大変ねえ」とか「えらいなあ、ちゃんとそうやって下見をして」と人々は誉めてくれる。
たとえ気持ちの半分以上は遊びで、ウキウキワクワクしながら出かけたとしてもだ。下見は偉大である。
行く先はフランツジョセフ氷河。友達のタイの所に泊まりこんで、その辺りの山をほっつき歩く。
庭から大根、シルバービート、ズッキーニ、ネギ、そして卵をどっさりお土産にして雨のクライストチャーチを後にした。

国道73号線を西へ。アーサーズパスを抜ける頃には青空も見えてきた。予報どおりである。
峠を下っていくと植生も変わる。それまでは見られなかったパンガ(背の高いシダ)そしてリムが出てくる。
僕がこの国で一番好きなのがリムの木である。
固い木で古くから建築の材木としても使われてきたが乱伐がたたり数が減って今では伐採は禁止である。
だがブラックマーケットで高値で取引される為、密猟ならぬ密伐の話も聞く。
木の質は良く、建築廃材を加工しなおして家具なども作る。
西海岸を車で走ると牧場の中にポツリポツリとリムそしてカヒカテアといったポトカーフ(NZ固有の針葉樹)の木が立っているのが見える。
僕はこの景色も好きだ。
そんなドライブを数時間、夕方に目的地へ着くとタイが出迎えてくれた。
タイとの出会いは9年前になるか。
僕の所にヤツが弟子入りを申し込んできたのだが、当時の僕は自分のことで一杯一杯で弟子どころの騒ぎではなく、友達のJCにヤツを押し付けたのだ。
今やその弟子志望の男は立派な氷河ガイドとなり、山の技術や経験では僕より数段上へ行ってしまった。
そしていつかは西海岸でリムの森に住むという僕の夢をいとも簡単に実践してしまい、僕が羨ましいと思う数少ない人間の一人である。
以前はヤツから事あるごとにいろいろと相談を受けたが、その度に僕が言う言葉はただ一つ、「どんどん、やりなさい」だけである。
山の技術では僕より数段上だが、どちらが偉いというものではないので今では信頼できる良き友としてつき合っている。
心の奥で繋がっている人は性別とか年齢とか社会的地位は関係ない。
自分も相手もワンネスの中のものとしてつきあえるので楽なのだ。
久しぶりの再会に話は弾む。
ヤツは最近、ハンティングを始めたようで、その晩はヤツが撃ったシャモアをご馳走してくれた。
シャモアは分類上はヤギの仲間で、山に住む50kgぐらいの大きさの動物である。英語の読みはシャミー。
これのたたきをわさび醤油で食らう。
山に住むヤギの肉と聞けば臭いというイメージが湧くが、ところがどっこいこのシャモア、くせはなく肉は美味である。
その晩は我が家の野菜の味噌汁、そして僕が作ったシメサバ、サザンアルプスのシャモアのたたき、オアマルのブルーチーズ、ワインはピノグリからピノノアールへというニュージーランド美味い所取りの晩飯となった。



「タイよ、この肉は全くくせが無いじゃないか。美味いなあ」
「いけるでしょ?この肉のサラミも頼んで作ってもらってるんですよ。ハンターでもいろいろあって、トロフィーと言って撃った動物の頭だけ取って肉は取らない人もいるんです。」
「うーん、まあ色々いるだろうな。色々いていいんだろうけど、そういうトロフィーを狙う人は友達にはなれないな」
「全くです。俺は頭とか興味なくて肉しか持ってこないんですけどね。でもね撃った後の肉の処理とか大変なんですよ。毛を取ったり、ばらしたり」
「そうだろうなあ」
「スーパーで肉のパックとか買ったほうがはるかに楽ですからね」
「そりゃそうだ。卵にしても野菜にしても買うほうが楽だしな。よく人に言われるんだけど『そうやって自分でやってればお金がかからないでしょ』ってね。こういう食べ物をお金という物差しでしか見られない人のなんと多いことか」
「分かります。分かります」
タイの家では野菜も育てているし、以前はニワトリも飼っていた。魚も取るしウナギを捕まえて我が家の七輪で蒲焼をしたこともあった。
自給自足という方向に向かっている人との話は尽きない。
そうしているうちにタイのパートナーのキミが帰ってきた。
彼女は用事でグレイマウスへ行っていたそうな。
彼女がグレイマウスの魚屋で買ってきた物をみてびっくり。
カツオである。
「おおお、カツオじゃないか。昔、スーパーで並んでいるのを見てな、『この国でもカツオが取れるんだ』って思ったんだよ。それ以来二度と見なかったんだけどなあ」
キミが言う。「けっこう大きいし、買おうかどうしようか迷ったんだけど買ってきちゃった」
「でかした。キミ。よくやった」
「じゃあ明日はカツオの刺身ですね」
「いいねえ~」
ご馳走をつまみながら西海岸の夜はふけていくのであった。




続く
コメント (1)
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