谷本、オール1本で“金”/柔道(サンケイスポーツ) - goo ニュース
いやー谷本がやってくれましたね。決勝の相手フランスのドコスは谷本に自信を持っていた様な話でした。
組み手争いはしますが襟袖とっての柔道という形に見えました。1分を僅かに過ぎた所でドコスが大内刈りに出るところを引きながら右の内股。一本が決まりました。ビデオで見ると左足が見事に場内に残っていましたね。
準決勝でも変則気味のキューバのベテランは寝技で仕留めました。
でも内輪の話を聞いてみると昨年11月には「脊椎分離症」に罹り這って歩く様な状態だったようです。
一般人でも腰痛は辛いけど「スポーツマン」それも格闘技系の選手の腰痛は命取りになりかねません。
如何治療したのでしょうか? 再発の心配はないのでしょうかね。心配です。
一夜明けて谷本選手がTV局のインタビューに顔を出しています。
インタビュアーは「ロンドン大会で三連覇」とか水を向けていましたが上手に交していました。
谷本も体重別の選考会では勝ち上がらなかったのですが「勝負強い」との事で代表に選ばれたとか。
本人もほっとして嬉しいでしょうが選んだ方たちも一安心でしたね。
我々も谷本選手が金メダルそれもアテネの続いて二連勝のお陰ですっかり嬉しい気分になりました。
谷本選手は周りの雑音に惑わされず現役引退もよし(直ぐには無いと思うけど)ロンドン大会を目指すも良し悠々と歩んで欲しいものです。
男子体操が団体で銀メダルだそうです。
これもお見事お見事
サンスポ:
北京五輪5日(12日)これが歩実の柔道よ!! 女子63キロ級の谷本歩実(27)=コマツ=が、決勝で05年世界女王リュシ・ドコス(27)=フランス=を1分26秒、内またで破り、「オール一本勝ち」の快進撃で、日本の柔道史上5人目の五輪2連覇を果たした。昨年11月、腰椎(ようつい)分離症になり歩行不可能の状態にまで陥ったが、懸命のリハビリで復活。黄金のメダルを握る手が、感謝の涙でぬれた。
相手の体が宙に浮き上がった。文句なしの完全決着。谷本が、決勝で宿敵ドコスを豪快な内またで投げ飛ばし、両腕を突き上げた。
アテネで5試合すべて一本勝ちし、金メダルを獲ってから4年。谷本が再び、北京五輪の大舞台で「オール一本勝ち」で勝ち上がり。「平成の女三四郎」が、2大会連続優勝の快挙を成し遂げた。
「うれしいの言葉に尽きる。今までたくさんの人に支えてもらった。ここまで来られたのも、わたし1人の力じゃない。一本を取る柔道をわたしは教えてもらったので、それを貫いた。(連覇は)ビックリです」
ドコスとは、高校時代から国際大会で何度も対戦してきた好敵手。同い年で誕生日は2日違い。過去の対戦成績はドコスが上だが、「真正面から直球を投げ込みたい」と感じるライバルに打ち勝った。
昨年11月、腰に電流が突き抜けた。骨がズレ、神経を圧迫する腰椎分離症。歩行さえままならず、引きこもって泣き明かした。1週間に5つの病院をかけもち。1回の治療は3時間にも及んだ。テレビで麻酔の権威の存在を知ると、メモを取って訪ねた。一時は歩くこともできず、競技復帰さえ危ぶまれた。2月に練習を再開したが、背負い投げや内または腰に負担がかかかる。そこで、寝技の強化に取り組んだ。腰は完治していないが、準々決勝まで、2試合続けて腹ばいの相手を腕力でひっくり返し、抑え込み。腰痛防止を狙った腹筋と背筋強化で、4年前以上にパワフルな戦いをみせた。
「自ら歩んで実をつかめ」-。名前に込めた思いの通り、父英治さん(58)と母洋子さん(49)は娘が自力で立ち上がるのを静かに見守った。昨年7月、家族で携帯電話のブログを始めた。参加者は両親、きょうだい、祖父母の計9人。日常のささいな出来事を書き込むと、家族みんなが温かい言葉で返信してくれた。自分の支えは誰なのか、谷本は気付いた。
(以下省略)
表彰台に立つ姿を、見せたい人がいた。05年世界選手権を最後に、アテネ五輪でコンビを組んだ全日本の古賀稔彦コーチが退任。一本勝ちへのこだわりを指導してくれた同コーチが退任を公表する直前、1枚の色紙が届いた。
「歩実はこれから一人でやっていける。もうひと花咲かせよう。磨け」
達筆な字は、間違いなく、古賀さんのもの。“磨け”の大きさは、他の字の3倍もあった。北京へ、立ち止まってはいけない。部屋の壁に飾った色紙が、リハビリへの背中を強く押してくれた。
北京の選手村で相部屋だった谷亮子(32)=トヨタ自動車=とは「ヤワラちゃん」「歩実ちゃん」と呼び合う仲。「歩実ちゃんは迷わず自分の柔道をしてほしい」。銅メダルに終わった谷の言葉を胸に刻み、勝ち獲った栄冠。12年ロンドン五輪では、その谷が果たせなかった五輪3連覇の期待もかかる。女王の“あゆみ”は、止まらない。
いやー谷本がやってくれましたね。決勝の相手フランスのドコスは谷本に自信を持っていた様な話でした。
組み手争いはしますが襟袖とっての柔道という形に見えました。1分を僅かに過ぎた所でドコスが大内刈りに出るところを引きながら右の内股。一本が決まりました。ビデオで見ると左足が見事に場内に残っていましたね。
準決勝でも変則気味のキューバのベテランは寝技で仕留めました。
でも内輪の話を聞いてみると昨年11月には「脊椎分離症」に罹り這って歩く様な状態だったようです。
一般人でも腰痛は辛いけど「スポーツマン」それも格闘技系の選手の腰痛は命取りになりかねません。
如何治療したのでしょうか? 再発の心配はないのでしょうかね。心配です。
一夜明けて谷本選手がTV局のインタビューに顔を出しています。
インタビュアーは「ロンドン大会で三連覇」とか水を向けていましたが上手に交していました。
谷本も体重別の選考会では勝ち上がらなかったのですが「勝負強い」との事で代表に選ばれたとか。
本人もほっとして嬉しいでしょうが選んだ方たちも一安心でしたね。
我々も谷本選手が金メダルそれもアテネの続いて二連勝のお陰ですっかり嬉しい気分になりました。
谷本選手は周りの雑音に惑わされず現役引退もよし(直ぐには無いと思うけど)ロンドン大会を目指すも良し悠々と歩んで欲しいものです。
男子体操が団体で銀メダルだそうです。
これもお見事お見事
サンスポ:
北京五輪5日(12日)これが歩実の柔道よ!! 女子63キロ級の谷本歩実(27)=コマツ=が、決勝で05年世界女王リュシ・ドコス(27)=フランス=を1分26秒、内またで破り、「オール一本勝ち」の快進撃で、日本の柔道史上5人目の五輪2連覇を果たした。昨年11月、腰椎(ようつい)分離症になり歩行不可能の状態にまで陥ったが、懸命のリハビリで復活。黄金のメダルを握る手が、感謝の涙でぬれた。
相手の体が宙に浮き上がった。文句なしの完全決着。谷本が、決勝で宿敵ドコスを豪快な内またで投げ飛ばし、両腕を突き上げた。
アテネで5試合すべて一本勝ちし、金メダルを獲ってから4年。谷本が再び、北京五輪の大舞台で「オール一本勝ち」で勝ち上がり。「平成の女三四郎」が、2大会連続優勝の快挙を成し遂げた。
「うれしいの言葉に尽きる。今までたくさんの人に支えてもらった。ここまで来られたのも、わたし1人の力じゃない。一本を取る柔道をわたしは教えてもらったので、それを貫いた。(連覇は)ビックリです」
ドコスとは、高校時代から国際大会で何度も対戦してきた好敵手。同い年で誕生日は2日違い。過去の対戦成績はドコスが上だが、「真正面から直球を投げ込みたい」と感じるライバルに打ち勝った。
昨年11月、腰に電流が突き抜けた。骨がズレ、神経を圧迫する腰椎分離症。歩行さえままならず、引きこもって泣き明かした。1週間に5つの病院をかけもち。1回の治療は3時間にも及んだ。テレビで麻酔の権威の存在を知ると、メモを取って訪ねた。一時は歩くこともできず、競技復帰さえ危ぶまれた。2月に練習を再開したが、背負い投げや内または腰に負担がかかかる。そこで、寝技の強化に取り組んだ。腰は完治していないが、準々決勝まで、2試合続けて腹ばいの相手を腕力でひっくり返し、抑え込み。腰痛防止を狙った腹筋と背筋強化で、4年前以上にパワフルな戦いをみせた。
「自ら歩んで実をつかめ」-。名前に込めた思いの通り、父英治さん(58)と母洋子さん(49)は娘が自力で立ち上がるのを静かに見守った。昨年7月、家族で携帯電話のブログを始めた。参加者は両親、きょうだい、祖父母の計9人。日常のささいな出来事を書き込むと、家族みんなが温かい言葉で返信してくれた。自分の支えは誰なのか、谷本は気付いた。
(以下省略)
表彰台に立つ姿を、見せたい人がいた。05年世界選手権を最後に、アテネ五輪でコンビを組んだ全日本の古賀稔彦コーチが退任。一本勝ちへのこだわりを指導してくれた同コーチが退任を公表する直前、1枚の色紙が届いた。
「歩実はこれから一人でやっていける。もうひと花咲かせよう。磨け」
達筆な字は、間違いなく、古賀さんのもの。“磨け”の大きさは、他の字の3倍もあった。北京へ、立ち止まってはいけない。部屋の壁に飾った色紙が、リハビリへの背中を強く押してくれた。
北京の選手村で相部屋だった谷亮子(32)=トヨタ自動車=とは「ヤワラちゃん」「歩実ちゃん」と呼び合う仲。「歩実ちゃんは迷わず自分の柔道をしてほしい」。銅メダルに終わった谷の言葉を胸に刻み、勝ち獲った栄冠。12年ロンドン五輪では、その谷が果たせなかった五輪3連覇の期待もかかる。女王の“あゆみ”は、止まらない。