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海保・楠見監修「朝倉心理学総合事典
3章 心理学の技法 **************************************
3.1 実験法 20枚 海保博之
3.1.1 実験法の基本的な考え方
3.1.2 心理実験法の特徴
3.1.3 心理実験法の具体的手順
3.1.4 心理実験の限界とその克服
コラム「痩身法の効果を実験的に検証する」
** 読書案内
引用文献 *
************************************** --------------------------------- 3.1.1 実験法の基本的な考え方
実験法とは、仮説から想定される因果関係を人為的に検証することである(図1)。これは、心理実験でも基本的には同じである。 ****図1 研究者と現実と実験 そこで、この定義に含まれる鍵概念「仮説」「因果関係」「人為的に検証」を解きほぐすことで、さらに、実験法の基本的な考え方を明かにしていくことにする。
●「仮説」 実験はやみくもにおこなわれるわけではない。実験をする必然性があっておこなわれる。 その必然性の源は、理論、モデル、事実に関する陳述など科学的な知識に基づいた仮説である。「もしこの仮説が正しいとするなら、こうするとこうなるはずである」という形で提出される仮説が実験で検討されることになる。 そして、仮説の理論的な完成度に応じて、確認実験、探索実験などと呼ばれる実験が行なわれる。
●「因果関係」 因果関係は、次の3つの要件を満たす必要がある。 一つは、影響力である。原因(独立変数)が結果(従属変数)を引き起こす力がなければらない。 2つは、時間的順序性である。原因が結果より時間的に先行しなければならない。 3つは、十分条件である。原因があれば結果が起こらなければならない。 実験法では、こうした要件を満たす因果関係を人為的に確認することになる。
●「人為的に検証」 「人為的に検証」とは、自然の中で起こっている因果関係を、実験室、まれには、自然の中で、実験者が原因を操作することによって結果が発生するかを確認することである。 その際に、仮定される因果関係だけを浮き彫りにできるような、厳しい条件統制が求められる。
3.1.2 心理実験の特徴
基本的な要件は共有していても、心理実験には、自然科学における実験とは異なった特徴と限界がある。それを前述した3つの鍵概念ごとにみていくことにする。 なお、本節では以下、人を被験者とした実験のみを想定する。
●「仮説」 仮説のもとになる心理学の知識については、他の科学の知識とその特性も機能も変わらない。違いは、仮説を発想するときに、心理学の研究対象が、研究者と同じ人であるだけに、研究者と研究対象との分離ができにくいということがある。 これは、仮説構築にとって有利にも不利にも働く。仮説の真実性、妥当性についての主観的な見通しがつく点では、有利であるが、一方、主観が知識の活用も観察の目も「恣意的に」左右してしまう危うさがある。
●「因果関係」 前述した因果関係の3つの要件ごとにみていく。 まず、一つ目の要件である、原因のもつ影響力である。 心理実験の中に持ち込める影響力の範囲には厳しい限界があるため、心理現象の多くの因果関係が「実験的には」検証できないままになっている。 最も厳しい限界は、時間的な限界である。実験室実験になれば、1時間程度、何回かの実験をするにしても、せいぜいが1月くらいまででの影響力しか検出できない。たとえば、幼児期のトラウマが青年期の神経症の発症をもたらすとする(精神分析的な)仮説を「実験的に」検証することは不可能である。 倫理的な限界もある。ネガティブな影響力が想定されることを、人を被験者にして実験するわけにはいかない。 次は、2つ目の要件である、時間的順序性である。 心は予測することができる。あるいは、行為の意図を形成することができる。予測、意図が原因になって行為が結果するというやっかいな問題が時折、発生する。これは、実験者が想定した原因と結果との時間的な順序性を乱す(逆転させる)ことになるし、想定した因果関係とは別の因果によって心理現象が起こっていることになる。実験者が期待するように被験者が反応してしまう、実験意図の察知問題も、この例として考えることができる。 最後は、3つ目の要件、十分条件である。 心理実験では、多数かつ多彩な過去の原因の結果として存在している人や生き物を被験体とする。 したがって、結果として出現する現象にかかわる原因がただ一つだけということは希である。その原因を取り去れば結果も起こらない、ということにはならないことが普通である。つまり、必要十分条件の形で因果関係を確認できない。 また、実験で原因として操作できる変数(独立変数)の数には限界がある。多数の変数群が全体として(ゲシュタルト的に)ある現象(従属変数)を規定している様子を実験で明らかにするには限界がある。
●「人為的な検証」 心理実験では、しばしば、その生態学的な妥当性が問題にされる。 実験室における過度の人為的な条件統制による現象の発生が、日常の中で起こる心理現象を再現していないのではないかという問題である。 ゲシュタルト的な影響のもとにある現象では、この問題を克服することは難しいが、一方では、局所的、分析的に因果関係を着実に明らかにしていけば、全体がわかってくる(synthesis by analysisi)という楽観 もある。
3.1.3 心理実験法の具体的手順
●実験を計画する 自然科学では、たとえば、真空状態を作って、唯一の独立変数を操作して、その時に起こる現象を観察するといったような、理想条件下での単一要因実験が可能である。 しかし、ほとんどの心理実験は、検証にふさわしい理想的な実験環境を設定することは不可能である。被験者として人を使うことにかかわる倫理的制約(たとえば、アメリカ心理学編、1982)および人権上の配慮が必要だからである。 これに加えて、被験者自身(の心)が、一人ひとり異なる多彩な因果関係の網の目に組み込まれているために、実験上は排除したい要因が、個人差および個人内変動として、不可避的に実験状況の中に混入してしまう。これらは、交絡変数と呼ばれ、これが検証したい因果関係の検出を妨害しないように、実験計画を組むことになる。 実験計画法では、個人差も個人内変動も確率的な誤差と見なした上で、次の4つの基本方針のもとで、因果関係を統計的に明らかにしようとする。
1)独立変数化 実験で検証したい変数ではないが、性差や年齢差などのように、 それが独立変数と交互作用していることが想定されるときには、あえて変数として取り上げておく。
2)恒常化 交絡変数の影響を一定に保つことにより、従属変数への影響を実質上なしとするもの。一定水準の知能の被験者だけを使うような例である。
3)均衡化(無作為化) 誤差が等分に混在するように、被験者を無作為に割り付ける。
4)相殺化 一定方向への影響が想定されるとき、逆方向の影響も実施して、結果として、誤差を相殺してしまう。
以上のような配慮のもとで、実験を計画することになる。表1には、その典型例として「処理x処理x被験者」実験デザインと呼ばれているものを示した。ここで、処理とは、独立変数の操作を意味している。また、要因Aが独立要因、要因Bが同じ被験者を使った繰り返し要因になっているところから、混合法とも呼ばれている。 *
**** 表1 「処理x処理x被験者」デザインの例(弓野、1985)
●実験を実施する 心理実験は、実験室でおこなう実験と、現象の発生している現場でおこなう実験とがある。 言うまでなく、実験室実験のほうが、条件統制がしやすいので、想定した仮説の検証がしやすい。しかし、実験室でできる実験の範囲は極端に狭い。多くは、条件統制の緩い自然条件下での実験をおこなわざるをえない。 たとえば、教授法の効果査定をしたいとする。どのように工夫しても、実験室的な実験にはならない。こうした研究でもっとも一般的な実験方法は、2つの既存のクラスの一方を統制群、もう一つのクラスを実験群として、実験群にのみその教授法を実施して、統制群と効果の比較をすることになる。
●結果を処理する 表1に示したような実験計画のもとで実験をおこなうと、2つの独立変数の効果が加算された形で、従属変数の値が計測される。これは、通常は、分散分析にかけられて、ランダム誤差による変動よりも有意に大きい変動があったかどうかが吟味される(表1の分散分析表を参照)。 3.1.3 心理実験の限界とその克服
●心理実験の限界 長谷川(1998)は、心理実験の特徴として、次の7つを指摘している。 1)刺激の意味が文脈によって変わる 2)多数の要因が同時に関与している 3)構成概念の定義、したがって、それに対応する刺激や行動があいまい 4)実験事態が極度に単純化され、人工化されている 5)標本抽出の無作為化ができない 6)ランダムな割付が不充分 7)個体内比較に際して、個体自信が変化してしまう これらは、心理実験の特徴というよりむしろ、心理実験に内在する構造的な限界というにふさわしい。 こうした限界を深刻なものと受け止めて、心理実験から離れて別途の方法論、たとえば、自然観察や質的方法や調査法などを採用しようとする動きがある。しかし、一方では、こうした限界を実験法のパラダイムの中であくまで解決しようとする試みある。その一つである準実験を取り上げおく。
●準実験パラダイムの導入 人相手では、実験法のパラダイムに忠実に従った実験はできないことが多い。とりわけ、前述した長谷川の指摘6)にかかわるが、被験者のランダマイゼーションには現実には制約が多い。そんなときには、調査法を使ってデータ解析的に因果関係を推定することもあるが、実験法の枠内で工夫することもある。それらは、実験に準ずるということで、準実験と呼ばれている。 準実験にはいくつかあるが、図2にその一つを示す。この実験では、時間に伴う自然の変化以上の変化がみられれば、それは、独立変数の効果と考えようというものである。この図式に従った研究例としては、行動変容手法の効果判定などでおこなわれる、N=1実験、すなわち、一人の被験者に対して、何回かの独立変数の操作を繰り返す実験がある。
***図2 縦断的研究における準実験のパラダイム(池田、1971)
コラム「痩身法の効果を実験的に検証する」********
暖衣飽食状態の日本においては、老若男女、しかも年齢を問わず、やせたい(痩身)願望は強い。かくして、さまざまな痩身法が工夫さ、ビジネスとして喧伝されている。 それらを大別すると、食物によるもの、サプリメント(栄養補助剤)によるもの、身体トレーニングによるものになる。 それらの効果を実験的に検証するとすると、どうなるであろうか。 ごくオーソドックスな実験としては次のようになる。
1)被験者40名を確保して、20名ずつにランダムに分けて、一方を統制群、他方を実験群とする。この時点で、体重計測をしておく(事前テスト)。
2)実験群には、痩身用サプリメントであると告げて錠剤を飲んでもらう。統制群には、痩身用サプリメントと称して、実際には痩身には効果のない小麦粉の錠剤を飲んでもらう。錠剤の量、服用時間は一定。日常生活はいつも通り。
3)毎日、定時に体重を計測・記録してもらう。これを1か月間おこなう(事後テスト)。 4)両群の体重減少の変化を統計的に比較する。
分、サプリメント効果が強力なら、これで、その効果は実証できるかもしれない。ただ、次のような点が問題となる。 1)実験目的を被験者に伝えることの効果は 実験の被験者に「選ばれた」との意識が、モラール(志気)を高めてしまい、実験者の検証しようとした独立変数の効果を凌いでしまうことを、ホーソン(Hawthorne)効果と呼ぶ。両群ともに体重減少がみられ、かつその間に差がないとすると、ホーソン効果が疑われる。だからといって、偽の実験目的を告げることが許されるかどうかは、なんとも言えない。 2)痩身に対する被験者の考え方と日常的な実践 実験群と統制群とは、ランダムに割り付けられているので、交絡変数の影響は均等に混入していると想定してさしつかえないが、最初の40名をどのような母集団からのサンプルであるかによって、そこのところも問題になることがある。たとえば、痩身クリニックに来院した一定体重範囲内の40名ならあまり問題ないが、ランダムに選ばれた家庭の主婦40名なら、痩身についての考え方、日常的な食習慣などのバラエティが大きい。群間の等質性の保証が危うくなる。事前チェックによって、変動幅を狭めておく必要がある。 **************************************
●引用文献 American Psychological Association 1982 Ethical principles in the conduct of research with human participants. Washington,D.C. American Psychological Association 長谷川芳典 1998 「心理学研究における実験的方法の意義と 限界(1)」 岡山大学紀要、29、61ー72 池田央 1971 「行動科学の方法」東京大学出版会 弓野憲一、1985「平均差を分散で吟味する」 海保博之編著「心理・教育データ解析法10講」(福村出版)所収 ***270
3章 心理学の技法 **************************************
3.1 実験法 20枚 海保博之
3.1.1 実験法の基本的な考え方
3.1.2 心理実験法の特徴
3.1.3 心理実験法の具体的手順
3.1.4 心理実験の限界とその克服
コラム「痩身法の効果を実験的に検証する」
** 読書案内
引用文献 *
************************************** --------------------------------- 3.1.1 実験法の基本的な考え方
実験法とは、仮説から想定される因果関係を人為的に検証することである(図1)。これは、心理実験でも基本的には同じである。 ****図1 研究者と現実と実験 そこで、この定義に含まれる鍵概念「仮説」「因果関係」「人為的に検証」を解きほぐすことで、さらに、実験法の基本的な考え方を明かにしていくことにする。
●「仮説」 実験はやみくもにおこなわれるわけではない。実験をする必然性があっておこなわれる。 その必然性の源は、理論、モデル、事実に関する陳述など科学的な知識に基づいた仮説である。「もしこの仮説が正しいとするなら、こうするとこうなるはずである」という形で提出される仮説が実験で検討されることになる。 そして、仮説の理論的な完成度に応じて、確認実験、探索実験などと呼ばれる実験が行なわれる。
●「因果関係」 因果関係は、次の3つの要件を満たす必要がある。 一つは、影響力である。原因(独立変数)が結果(従属変数)を引き起こす力がなければらない。 2つは、時間的順序性である。原因が結果より時間的に先行しなければならない。 3つは、十分条件である。原因があれば結果が起こらなければならない。 実験法では、こうした要件を満たす因果関係を人為的に確認することになる。
●「人為的に検証」 「人為的に検証」とは、自然の中で起こっている因果関係を、実験室、まれには、自然の中で、実験者が原因を操作することによって結果が発生するかを確認することである。 その際に、仮定される因果関係だけを浮き彫りにできるような、厳しい条件統制が求められる。
3.1.2 心理実験の特徴
基本的な要件は共有していても、心理実験には、自然科学における実験とは異なった特徴と限界がある。それを前述した3つの鍵概念ごとにみていくことにする。 なお、本節では以下、人を被験者とした実験のみを想定する。
●「仮説」 仮説のもとになる心理学の知識については、他の科学の知識とその特性も機能も変わらない。違いは、仮説を発想するときに、心理学の研究対象が、研究者と同じ人であるだけに、研究者と研究対象との分離ができにくいということがある。 これは、仮説構築にとって有利にも不利にも働く。仮説の真実性、妥当性についての主観的な見通しがつく点では、有利であるが、一方、主観が知識の活用も観察の目も「恣意的に」左右してしまう危うさがある。
●「因果関係」 前述した因果関係の3つの要件ごとにみていく。 まず、一つ目の要件である、原因のもつ影響力である。 心理実験の中に持ち込める影響力の範囲には厳しい限界があるため、心理現象の多くの因果関係が「実験的には」検証できないままになっている。 最も厳しい限界は、時間的な限界である。実験室実験になれば、1時間程度、何回かの実験をするにしても、せいぜいが1月くらいまででの影響力しか検出できない。たとえば、幼児期のトラウマが青年期の神経症の発症をもたらすとする(精神分析的な)仮説を「実験的に」検証することは不可能である。 倫理的な限界もある。ネガティブな影響力が想定されることを、人を被験者にして実験するわけにはいかない。 次は、2つ目の要件である、時間的順序性である。 心は予測することができる。あるいは、行為の意図を形成することができる。予測、意図が原因になって行為が結果するというやっかいな問題が時折、発生する。これは、実験者が想定した原因と結果との時間的な順序性を乱す(逆転させる)ことになるし、想定した因果関係とは別の因果によって心理現象が起こっていることになる。実験者が期待するように被験者が反応してしまう、実験意図の察知問題も、この例として考えることができる。 最後は、3つ目の要件、十分条件である。 心理実験では、多数かつ多彩な過去の原因の結果として存在している人や生き物を被験体とする。 したがって、結果として出現する現象にかかわる原因がただ一つだけということは希である。その原因を取り去れば結果も起こらない、ということにはならないことが普通である。つまり、必要十分条件の形で因果関係を確認できない。 また、実験で原因として操作できる変数(独立変数)の数には限界がある。多数の変数群が全体として(ゲシュタルト的に)ある現象(従属変数)を規定している様子を実験で明らかにするには限界がある。
●「人為的な検証」 心理実験では、しばしば、その生態学的な妥当性が問題にされる。 実験室における過度の人為的な条件統制による現象の発生が、日常の中で起こる心理現象を再現していないのではないかという問題である。 ゲシュタルト的な影響のもとにある現象では、この問題を克服することは難しいが、一方では、局所的、分析的に因果関係を着実に明らかにしていけば、全体がわかってくる(synthesis by analysisi)という楽観 もある。
3.1.3 心理実験法の具体的手順
●実験を計画する 自然科学では、たとえば、真空状態を作って、唯一の独立変数を操作して、その時に起こる現象を観察するといったような、理想条件下での単一要因実験が可能である。 しかし、ほとんどの心理実験は、検証にふさわしい理想的な実験環境を設定することは不可能である。被験者として人を使うことにかかわる倫理的制約(たとえば、アメリカ心理学編、1982)および人権上の配慮が必要だからである。 これに加えて、被験者自身(の心)が、一人ひとり異なる多彩な因果関係の網の目に組み込まれているために、実験上は排除したい要因が、個人差および個人内変動として、不可避的に実験状況の中に混入してしまう。これらは、交絡変数と呼ばれ、これが検証したい因果関係の検出を妨害しないように、実験計画を組むことになる。 実験計画法では、個人差も個人内変動も確率的な誤差と見なした上で、次の4つの基本方針のもとで、因果関係を統計的に明らかにしようとする。
1)独立変数化 実験で検証したい変数ではないが、性差や年齢差などのように、 それが独立変数と交互作用していることが想定されるときには、あえて変数として取り上げておく。
2)恒常化 交絡変数の影響を一定に保つことにより、従属変数への影響を実質上なしとするもの。一定水準の知能の被験者だけを使うような例である。
3)均衡化(無作為化) 誤差が等分に混在するように、被験者を無作為に割り付ける。
4)相殺化 一定方向への影響が想定されるとき、逆方向の影響も実施して、結果として、誤差を相殺してしまう。
以上のような配慮のもとで、実験を計画することになる。表1には、その典型例として「処理x処理x被験者」実験デザインと呼ばれているものを示した。ここで、処理とは、独立変数の操作を意味している。また、要因Aが独立要因、要因Bが同じ被験者を使った繰り返し要因になっているところから、混合法とも呼ばれている。 *
**** 表1 「処理x処理x被験者」デザインの例(弓野、1985)
●実験を実施する 心理実験は、実験室でおこなう実験と、現象の発生している現場でおこなう実験とがある。 言うまでなく、実験室実験のほうが、条件統制がしやすいので、想定した仮説の検証がしやすい。しかし、実験室でできる実験の範囲は極端に狭い。多くは、条件統制の緩い自然条件下での実験をおこなわざるをえない。 たとえば、教授法の効果査定をしたいとする。どのように工夫しても、実験室的な実験にはならない。こうした研究でもっとも一般的な実験方法は、2つの既存のクラスの一方を統制群、もう一つのクラスを実験群として、実験群にのみその教授法を実施して、統制群と効果の比較をすることになる。
●結果を処理する 表1に示したような実験計画のもとで実験をおこなうと、2つの独立変数の効果が加算された形で、従属変数の値が計測される。これは、通常は、分散分析にかけられて、ランダム誤差による変動よりも有意に大きい変動があったかどうかが吟味される(表1の分散分析表を参照)。 3.1.3 心理実験の限界とその克服
●心理実験の限界 長谷川(1998)は、心理実験の特徴として、次の7つを指摘している。 1)刺激の意味が文脈によって変わる 2)多数の要因が同時に関与している 3)構成概念の定義、したがって、それに対応する刺激や行動があいまい 4)実験事態が極度に単純化され、人工化されている 5)標本抽出の無作為化ができない 6)ランダムな割付が不充分 7)個体内比較に際して、個体自信が変化してしまう これらは、心理実験の特徴というよりむしろ、心理実験に内在する構造的な限界というにふさわしい。 こうした限界を深刻なものと受け止めて、心理実験から離れて別途の方法論、たとえば、自然観察や質的方法や調査法などを採用しようとする動きがある。しかし、一方では、こうした限界を実験法のパラダイムの中であくまで解決しようとする試みある。その一つである準実験を取り上げおく。
●準実験パラダイムの導入 人相手では、実験法のパラダイムに忠実に従った実験はできないことが多い。とりわけ、前述した長谷川の指摘6)にかかわるが、被験者のランダマイゼーションには現実には制約が多い。そんなときには、調査法を使ってデータ解析的に因果関係を推定することもあるが、実験法の枠内で工夫することもある。それらは、実験に準ずるということで、準実験と呼ばれている。 準実験にはいくつかあるが、図2にその一つを示す。この実験では、時間に伴う自然の変化以上の変化がみられれば、それは、独立変数の効果と考えようというものである。この図式に従った研究例としては、行動変容手法の効果判定などでおこなわれる、N=1実験、すなわち、一人の被験者に対して、何回かの独立変数の操作を繰り返す実験がある。
***図2 縦断的研究における準実験のパラダイム(池田、1971)
コラム「痩身法の効果を実験的に検証する」********
暖衣飽食状態の日本においては、老若男女、しかも年齢を問わず、やせたい(痩身)願望は強い。かくして、さまざまな痩身法が工夫さ、ビジネスとして喧伝されている。 それらを大別すると、食物によるもの、サプリメント(栄養補助剤)によるもの、身体トレーニングによるものになる。 それらの効果を実験的に検証するとすると、どうなるであろうか。 ごくオーソドックスな実験としては次のようになる。
1)被験者40名を確保して、20名ずつにランダムに分けて、一方を統制群、他方を実験群とする。この時点で、体重計測をしておく(事前テスト)。
2)実験群には、痩身用サプリメントであると告げて錠剤を飲んでもらう。統制群には、痩身用サプリメントと称して、実際には痩身には効果のない小麦粉の錠剤を飲んでもらう。錠剤の量、服用時間は一定。日常生活はいつも通り。
3)毎日、定時に体重を計測・記録してもらう。これを1か月間おこなう(事後テスト)。 4)両群の体重減少の変化を統計的に比較する。
分、サプリメント効果が強力なら、これで、その効果は実証できるかもしれない。ただ、次のような点が問題となる。 1)実験目的を被験者に伝えることの効果は 実験の被験者に「選ばれた」との意識が、モラール(志気)を高めてしまい、実験者の検証しようとした独立変数の効果を凌いでしまうことを、ホーソン(Hawthorne)効果と呼ぶ。両群ともに体重減少がみられ、かつその間に差がないとすると、ホーソン効果が疑われる。だからといって、偽の実験目的を告げることが許されるかどうかは、なんとも言えない。 2)痩身に対する被験者の考え方と日常的な実践 実験群と統制群とは、ランダムに割り付けられているので、交絡変数の影響は均等に混入していると想定してさしつかえないが、最初の40名をどのような母集団からのサンプルであるかによって、そこのところも問題になることがある。たとえば、痩身クリニックに来院した一定体重範囲内の40名ならあまり問題ないが、ランダムに選ばれた家庭の主婦40名なら、痩身についての考え方、日常的な食習慣などのバラエティが大きい。群間の等質性の保証が危うくなる。事前チェックによって、変動幅を狭めておく必要がある。 **************************************
●引用文献 American Psychological Association 1982 Ethical principles in the conduct of research with human participants. Washington,D.C. American Psychological Association 長谷川芳典 1998 「心理学研究における実験的方法の意義と 限界(1)」 岡山大学紀要、29、61ー72 池田央 1971 「行動科学の方法」東京大学出版会 弓野憲一、1985「平均差を分散で吟味する」 海保博之編著「心理・教育データ解析法10講」(福村出版)所収 ***270
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