ミステリーは、思考実験的ゲームである。プレイヤーの一方が探偵、他方が犯人、というのが対戦の古典的な構図だ。
『サンディエゴの十二時間』は、ゲーム好きな探偵と、おなじくゲーム好きな犯人が登場するミステリーである。探偵は米国国務省の捜査官ジョン・グレーブス、犯人は政治的意見の相違から大統領の暗殺をはかる大富豪ジョン・ライト。掛け金は高い。大統領の命とサンディエゴの100万人の命である。
孫子いわく、敵を知り己を知らば百戦危うからず。
テロリストと化したライトは、金にあかせて張りめぐらした情報網を通じて、自分を追う捜査官の存在をはやくから察知し、敵の情報を収集していた。グレーブスの心理テストの結果を手に入れ、ライトはほくそ笑む。犯罪が成就するには、グレーブスがカギになる、と。
グレーブスは、ライトがのこした謎の言葉を知る。
自分のことは自分がよく知っている(つもりだ)が、他人が自分をどう見ているかはわからない。そこで、自分の心理テストの結果を入手した。
いわく、頭脳明晰、想像力豊富、保守的道徳観、強い競争意欲をもち、賭博やポーカーにすぐれた腕前を発揮する。他方、衝動的、スピードへの欲求が逆に弱点にもなり得る、なぜなら課題が半分ないし3分の2しか片づいていないのに解決したと思いこむことがあるから・・・・。
「なんだ、こりゃ」とグレーブスは独り言ちた。
だが、たしかにライトは敵を知ったうえで罠を二重三重にかけたのだ。
著者マイクル・クライトンは、恐竜もので例外をつくったが、一作ごとにちがう素材に挑戦する作家だった(過去形で語らねばならないのは淋しい)。本書でも、毒ガスにうんちくをかたむけ、心理テスト、すなわちロールシャッハ、TAT、略式WAIS知能検査、クロングバーグ性格診断アンケートをいかにもそれらしく克明に記述している。
サスペンスを楽しみ、併せて深層心理学ないし性格心理学をすこしかじりたい欲ばり向けの本だ。
□マイクル・クライトン(浅倉久志訳)『サンディエゴの十二時間』(ハヤカワ文庫、1993)
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