語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『ポーラー・スター』 ~続『ゴーリキー・パーク』~

2010年05月23日 | ミステリー・SF


 アルカージ・レンコ・シリーズ第2作。
 前作で正当防衛ながらも検事局長を殺害したレンコは、免職、党籍剥奪のうきめにあった。
 検事局長の有力な友人たちが執拗に彼を追求する。
 前作で友人となったプルブルーダ少佐(本書では大佐に進級している)は、精神病院における苛酷な尋問では生命すら危うくなったレンコを救いだし、2、3年シベリアでほとぼりを冷ませ、と忠告した。
 かくてシベリアの労働キャンプや北極海のトロール船を転々とし、今や「ポーラー・スター」号の加工場で2級船員として働いている。

 といった事情は全体の4分の1ほどページを繰ったあたりの回想でわかるのであって、本書の幕はトロール船の同僚ジーナ・パチアシュヴィーリの死で開く。
 レンコの前歴を知る船長は、彼に捜査を命じた。
 殺人事件ならば、船員たちの唯一の慰安、寄港地での上陸を許可できない。船長は、犯人発見もさりながら、船員の不満を爆発させたくはなかった。

 レンコは事情を聞いてまわるうちに、女性たちとの交情、上級船員の一部との共感が生じる。
 他方、政治士官や正体不明の敵の敵意が募っていき、再三生命を狙われる。
 調査するうちに、故人とその一味が従事していた副業、加工船「ポーラー・スター」号に課された別の使命がだんだんと炙りだされてくる。

 ロシア庶民の根っからのひとのよさ、官僚の詐術的冷酷さ、ソ連に(現ロシアではいっそう)はびこるブラック・マーケット、裏稼業に従事する者の冷血ぶり、当時の酷薄な諜報戦が重層的に描かれて厚みのある作品となっている。
 ペレストロイカの頃のソ連の雰囲気(「新思考」)、当時の米ソの関係(合弁事業)にも言及されている。ミステリーも時代の子なのだ。
 ちなみに原著は1989年に刊行された。

□マーティン・クルーズ・スミス(中野圭二訳)『ポーラー・スター』(新潮文庫、1992)
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【言葉】手帳 ~『カティンの森』~

2010年05月23日 | 小説・戯曲
 「不思議なことですが、人間には、何かしら痕跡を残したいという要求があるのです。自分が誰からも頼りにされていない、という状態が最も耐えられないのです。将校だったわたしたちが、一群の家畜になり、見張りが毎日、頭数を数えている・・・・」
 そのとき、あの手帳のことを聞かされたのだ。
 「少佐殿は、毎日手帳にメモをとっておられました。重要な出来事はすべて。いつチフスの予防注射が実施されたか。クリスマス・イブ直前に従軍司祭が全員連行されたときのこと。少佐殿が尋問された日のこと。この手帳は少佐殿が心を打ち明ける友でした。寝床で背を丸め、壁で鉛筆の切れ端の芯を尖らせているご様子が目に浮かびます・・・・」
 今度は、アンナが彼の姿を思い描く番だ。教会の薄闇のなか、寝床の上。毛布に身を包んだ鬚面の夫の姿。あの1939年の手帳は、クリスマス・イブをフィリピンスキ教授宅ですごしたときに、わたしがクラクフで買ったのだ。今わたしは聞いている--彼がそこにメモを記していたことを、本当ならば直接手紙でわたしに伝えたいと望んだことばを・・・・。

【出典】アンジェイ・ムラルチク(工藤幸雄訳)『カティンの森』(集英社文庫、2009)
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【言葉】幸福の敵

2010年05月23日 | ●スタンダール
 私はなんとかして誇張を避けようと努力している。すべてにおいて虚偽を幸福の敵として嫌っている。

   ※スタンダール 『日記』(ミラノ、1811年9月8日)。

【出典】クロード・ロワ(生島遼一訳)『スタンダール』(人文書院、1957)

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