語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『介護保険 何がどう変わるか』

2010年05月25日 | 医療・保健・福祉・介護
 著者は、1954年生まれ。24歳で宅地建物取引業「春山商事」を開業した直後、進行性筋萎縮症が発病した。病が進行した29歳の時、医療・福祉の世界へ転身する。全国初の福祉のデパート開業を経て、1991年に総合ヘルスケア業「ハンディネットワーク インターナショナル」(HNI)を設立した1999年度は、スタッフ20名で売り上げ8億円強となった。各種企業、行政、医療機関と連携してバリアフリー商品を開発し、併せて福祉に係るコンサルティングをおこなう。
 著者は、34歳で握力ゼロ、37歳で自力では寝返りがうてなくなった。いわば要介護状態の老いがひとより速くやってきたのだ。だが、「体が不自由になっても、ささやかでも人間の尊厳を保ち続けたい」と著者はいう。

 利用者には、次の5点を助言している。
 第一に、利用者が医療・福祉を選ぶこと。要介護認定はもとよりケアプラン作成において、利用者がしっかりとイニシアティブをとる。業者の利益優先の論理を打破するために。
 第二に、住む地域も利用者が選ぶこと。保険料に見あったサービスを提供しない故郷は捨て去るくらいの心がまえを持て。
 第三に、医療・福祉の業者を見極めること。出会いの15秒間、別れの15秒間に相手の姿勢がもろに出てくるから、ここで見分ける。
 第四に、意にそわないことは笑顔ではっきりと「ノー」と言うこと。納得できないケアプランは修正を求め、場合によってはケアマネージャーをとり替えてもさしつかえない。たとえば車いす作成において、利用者のニーズを汲みあげずに発注者をあっせんしてくれる病院や施設にばかり顔を向けている業者に対しては、「消費者の最低の権利は、拒否権だ」と突きはなす。
 第五に、医療を主体とする総合的サービスを選ぶこと。高齢者の体の状態を把握する医療が介護の中心である。日々変化する本人の状態や家族環境などの情報が一元化されて総合的なプロフェッショナル・サービスを提供できる業者が望ましい。サービスは特定の業者に偏るべからず、とする厚生省の、お役所的な公平の論理の犠牲にならないように。

 受け皿がないに等しい第五点はさておき、利用者の立場をまもる実践的な知恵である。
 こうした知恵は、介護の現状に対する批判が背景にある。たとえば、人生の大先輩を「ちゃん」づけで呼ぶ特別養護老人ホームの若手職員など。事は呼び方にかぎらない。

 自動車損害賠償保険と介護保険のアナロジーは、興味深い。
 1960年代に交通事故が多発して、自賠責保険が生まれた。これを契機に、任意保険への加入が急増した。交通戦争に対する危機管理意識が国民に浸透したのである。「介護保険は人生という車輌の自賠責保険だ」と著者は指摘し、ほぼ次のように預言する。「介護保険は必要最低限の介護を保障するものにすぎないから、老いに対する危機管理意識が高まれば、二階部分をどうするかの議論がいずれ出てくるであろう」
 公的保険たる介護保険が対応しない介護については、任意保険が受けもつ、というのも議論のひとつだろう。

 本書は、小冊子だが、サービス利用者の自己決定尊重という点で一貫し、かつ、利用者に実践的な知恵を提供し、しかもサービスを提供する事業者への示唆も富む点で、本書は類書と一線を画する。開拓者の闘志が伝わってくる好著である。介護保険の施行(2000年4月1日)前に刊行されているが、いま読みかえしても新鮮だ。

□春山 満『介護保険 何がどう変わるか』(講談社新書、1999)
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書評:『北欧からの花束 -絵本画家のピクチュアーエッセイ・カラー版-』

2010年05月25日 | □スウェーデン
 著者は、外交官の妻として、スウェーデンとデンマークにそれぞれ5年間ずつ、計10年間北欧で暮らした。
 外交官の名は明記されていないが、北欧の政治や外交について多数報告している武田龍夫か。だとすると、氏の著書がふれていないものを令室が補完しているわけだ。
 つまり、「北欧の国々に住む人々の人生や日常の生活、自然や四季のうつろい」である。

 量的に多く、しかも文章が躍動する主題は、自然である。北欧にだけ咲く花、ブローシッパにふれて、「青い花には空や湖や宇宙を思わせる神秘が宿っている」と書く。
 あるいは、6月、北欧の輝く季節には、木々はわずか1週間で芽吹き、「ライラックは六月の喜びの女王」である。長く重苦しい冬でさえ浄福の世界に出会う。一冬のうちに数回しかめぐり会えないが、馬に乗って入りこんだ森の霧氷にたまたま陽が射すと、木々は白い彫刻かとまがう輝きを帯びる。

 「この雪と氷が創り出す自然の美を永遠にとどめようとした」から、世界に名立たるスウェーデンのガラス工芸が発達した、と著者はいう。
 こうなると文明批評の域に達する。
 世界でも独特の制度、「1%ルール」にも当然言及される。公共建造物の建築費の1%分は芸術に支払われなければならない、という制度である。1930年代にはじまった。学校、病院、保育園、老人ホームが建築されるときには、絵画、彫刻、美術品などが同時に配慮されなければならないのだ。古来スウェーデン人は、環境を大切にしてきた。
 また、ストックホルムの公園の野生の雀は、人の掌からパン屑をついばむ、と著者は感動する。それは、「根底に人々の弱いものへのいたわりや優しさがあるから」だと。

 こうしたスウェーデンが第一部で、デンマークは第二部で、ノルウェー及びフィンランドは第三部で回想される。
 回想のうちに甦る自然や芸術、そして人々は限りなくやさしい。
 遠い過去の話であるにもかかわらず、記憶はじつにみずみずしい。それは、著者が画家という創造する人でもあるからだろう。
 著者自身による絵が本書に多数挿入されている。概して青や白を基調とする淡いタッチで、花や小動物といった自然はもとより、人造の食卓やガラス細工を描いても繊細な命を感じさせる。自己主張しない慎ましい画風で、それが何ともいえぬ懐かしさを呼ぶ。魂にこだまする北欧がここにある。
 文庫オリジナル作品。

□武田和子(文・絵)『北欧からの花束 -絵本画家のピクチュアーエッセイ・カラー版』(中公文庫、1998)
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